第3話 北の動き
第一次遣欧艦隊編成(日本出発時)
空母・・・第一航空戦隊(蒼龍、飛龍)、第一航空護衛戦隊(瑞鳳、祥鳳)。
戦艦・・・第2戦隊(加賀、土佐)。
巡洋艦・・・第一巡洋戦隊(利根、筑摩)。
駆逐艦・・・24隻(内、16隻が松型)
他輸送船10隻
・備考
第2航空戦隊(紅龍、洋龍)が居ないのは本土を空にする訳にはいかない為という理由もあるが、それ以上に母艦パイロットの教官が不足した為、2隻のパイロットを動員して母艦パイロットを養成する事になり、第2航空戦隊の航空兵力が殆ど無くなっていた為というのが本筋の理由である。また最新鋭駆逐艦として秋月型が2隻竣工(第一次遣欧艦隊の日本出発時)していたが、完熟訓練が終わっていないとの理由で第一次遣欧艦隊に加える事は見合わせていた。西暦1938年7月の時点で合計3隻が竣工している。
西暦1938年 4月2日 ドイツ ベルリン
「まだイギリスは落ちないのかね!?」
ドイツの総統、ヒトラーはゲーリングに向かって怒鳴った。
バトル・オブ・プリデンの開始から既に3ヶ月。
あれからもドイツの猛攻は続いていたが、イギリス空軍の粘りによってイギリスはまだ屈しなかった。
イギリス空軍はノルウェー侵攻によってノルウェー方面から来襲する航空機を気にしなくてもよくなった為、殆どの航空兵力をイギリス南岸に集中し、ドイツ軍機を次々と落としていた。
加えて、イギリス軍のノルウェー侵攻によって少なくないドイツ軍航空隊がノルウェー方面に割かれてしまったというのも痛かった。
また、イギリスでは工場の疎開も徐々に始めていて、ドイツ空軍の攻撃の効果に陰りが見え始めていた。
イギリスは徐々に息を吹き返し始めていたのだ。
「は、はい!申し訳ございません!!」
ゲーリングは冷や汗を掻きながらヒトラーに謝罪していた。
ここで下手な事を言えば、自分の首が物理的に飛ぶからだ。
だが、ヒトラーが苛ついているのはなにもイギリスやノルウェーの事だけではない。
イタリアの事もだ。
史実通り、イタリアはエジプトに侵攻したが、瞬く間に返り討ちに遭ってしまい、逆にリビアに侵攻されるという事態になっていた。
ムッソリーニはその事でドイツに救援を求めてきていた。
(ムッソリーニの要求を断れば、やがてイタリアは落とされ、地中海側からドイツ本土が脅かされてしまう。くそッ、あの役立たつが!!)
ヒトラーは心の中でそう激怒しながら必死でそれを口に出さないように留め、ゲーリングに言った。
「ゲーリング君、君にあと1ヶ月の猶予を挙げよう。その間にイギリスを屈服させたまえ。・・・それが出来なかった場合、イギリス本土空襲は取り止め、ノルウェー方面に投入したまえ」
「わ、分かりました!!ハイル・ヒトラー!!」
そう言ってゲーリングは部屋を出ていった。
そして、1人になった部屋でヒトラーは呟く。
「・・・場合によっては“あれ”を行わなくてはならんかもしれぬな」
かくして、イギリス本土はノルウェー侵攻によって窮地を脱する事となる。
だが、ヒトラーの言った企みが何なのか?
それを世界中の人間が知るのは数年後の事となる。
◇西暦1938年 5月24日 イギリス 第一次遣欧艦隊 旗艦『加賀』
日本出発から約2ヶ月半。
第一次遣欧艦隊という援軍をドイツが黙ってみている筈もなく、Uボートを用いての攻撃が度々行われたが、当の遣欧艦隊の護衛駆逐艦や哨戒機によって、次々と排除された。
元々、遣欧艦隊は対潜を重視した編成となっている上に、転移メンバー達が開発したソナーや対潜兵器によって対潜戦闘は(この時代の基準では)ほぼ完璧と呼べる程までになっていた。
その為、ドイツの潜水艦は大半が攻撃体制に入ることさえ出来ず、次々と撃沈された。
ちなみにイギリスに着くまでに撃沈した潜水艦の数は17隻である。
日本艦隊を狙っていたUボートが合計で20隻だった事を考えれば、85パーセントの撃沈率という事になる。
驚くべき数字である。
ただ、遣欧艦隊側も対潜戦闘の過程で駆逐艦が数隻程沈んでしまっていたが。
「漸く到着か。意外に長いように感じたな」
第一次遣欧艦隊司令官山本五十六中将はそう言って艦隊から見えてきたイギリスの街並みを見ていた。
所々で空襲の跡が見られていて、如何にドイツの空襲が激しかったのかが分かる。
「半月程前から空襲が激減したそうです。その分、ノルウェー方面の戦況が危うくなっているそうですが」
1人の参謀が山本に説明する。
ヒトラーがゲーリングに課した期限が過ぎ、バトル・オブ・プリデンは史実通り縮小され、現在、ノルウェー侵攻に全力を挙げていた。
が、連合軍の海上封鎖も厳しい為か、遅々として進んでいなかった。
しかし、海上封鎖を行う連合軍も大損害を受けていた。
Uボートによって史実より就役が早められていた空母アーク・ロイヤルが沈没し、戦艦フッドが同じくUボートにより大破させられていた。
他にも巡洋艦が4隻と駆逐艦9隻が沈められていた。
しかし、ドイツ軍もただでは済まなかった。
4月半ばにイギリス軍が行ったヴェルヘルムスハーフェン、キール両軍港への奇襲作戦によってドイツ軍はビスマルク級が無かった為か、史実より就役が早まっていたシャルンホルストと史実通り就役が間近だったグナイゼウが双方共にドッグもろとも破壊される事態となっていた。
他にも港に停泊していた巡洋艦や駆逐艦の殆どが沈むか、大破されていたし、Uボートや艦艇建造ドッグや修理ドッグは多大な被害を受けていた。
これにより、ドイツ海軍の水上艦隊は事実上壊滅し、以後、ドイツは水上艦を諦め、潜水艦に生産を絞る事となる。
だが、イギリス海軍もその作戦の際に沿岸砲台、航空機、待ち伏せしていたUボートのトリプルパンチによって戦艦レナウンが沈没し、空母もイーグルが沈没、フォーリアスが大破していた。
他にも巡洋艦3隻、駆逐艦6隻が沈没する事となった。
しかし、この作戦の影響はかなり大きかった。
なんせ、イギリス本土上陸はほぼ100パーセントの確率で不可能になり、それどころかノルウェー侵攻も殆ど不可能になったのだから。
だが、以前として海上封鎖は続けられていて、それを行う艦艇に被害が続出し始めていた。
「そこで我々の出番という訳か」
山本はそう理解していた。
第一次遣欧艦隊は空母は数だけを見れば4隻も居る。
自分がイギリス軍の司令官ならば、これを活用しない手は無いと考えるだろう。
となると、第一次遣欧艦隊はイギリスと共に海上封鎖を行うという可能性が高い。
ただ、山本には1つの心配事があった。
それはパイロットの練度と機体である。
まず前者だが、古参の第一航空戦隊(蒼龍、飛龍)は兎も角、新設された第一航空護衛戦隊(瑞鳳、祥鳳)はパイロットの練度がまだ足りていない。
母艦に着艦する訓練を重視した為、本来の空戦、爆撃、雷撃訓練は殆ど実施されていないのだ。
一応、ここに来るまでにUボート相手の実戦は経験したものの、それは殆ど一方的ななぶり殺しであり、本気の殺し合いではなかった。
しかし、それ以上に深刻なのは機体だった。
空母4隻は合計で約240機を積んでいたが、その内、瑞鳳と祥鳳に積まれている機体は攻撃機が複葉機である86式艦攻、爆撃機が同じく複葉機である89式艦爆だった。
戦闘機は流石に複葉機は居なかったし、蒼龍と飛龍に積まれている機体は攻撃機を含めて全て新鋭機で固められていたが、瑞鳳と祥鳳に積まれている機体の内、一部は96式艦戦の増産が間に合わず、旧式の90式艦戦を使っている始末だった。
戦闘機は兎も角、攻撃機の編成は対潜戦闘を重視した結果であったが、ドイツ軍とまともに戦闘を行うにはちと心もとない編成だった。
そんな訳で、今の状態でドイツ軍とまともにぶつかり合えば返り討ちに遭うだろう事は山本には簡単に想像できていた為、はっきり言えば最前線にはあまり行きたくなかった。
軍人としてはあるまじき考えだったが、確かに遥々極東から欧州まで来てやられにいくというのはそれはそれで不味い。
(さて、イギリス政府はどう要請してくるかな?)
そんな事を考えながら、山本は加賀の艦橋から見える広い海を見つめていた。
◇西暦1938年 7月2日 大日本帝国 帝都
第二次世界大戦からもう少しで1年。
転移メンバーは会合を開き、現状の確認と今後の対策について話し合っていた。
「現状、ノルウェーはイギリスと遣欧艦隊の海上封鎖もあり、落ちる気配は有りませんが、スペイン内戦は史実より早く終息しましたね」
青木が世界情勢について語ると、転移メンバー達は頷いた。
遣欧艦隊の一部はイギリスと共にノルウェー近海の海上封鎖を行っており、残りはイギリス向けの船団への護衛任務に着いていた。
その結果、ドイツのノルウェー侵攻やイギリス輸送船団へのUボート襲撃は益々難しくなり、ノルウェー侵攻軍やドイツ海軍は悲鳴を挙げていた。
そして、スペイン内戦はフランスを占領したドイツの本格的な介入もあり、史実通り反政府軍が勝利していた。
だが、これでドイツの動きが分かりにくくなった。
このままノルウェー侵攻を続けるのか、それとも史実通りバルバロッサ作戦を発動してソ連に攻め込むのか、はたまた現状、史実通り消極的に介入しているアフリカ戦線に本格的に介入するのか?
それらが全く分からなくなっていた。
「まあ、どれにしても此方から反撃する手段は殆ど無い。なにしろ、ダンケルクで多数の兵力を失ったからな」
春川の言った通り、現状、連合軍が攻勢に出れる可能性は限りなく0だった。
ダンケルクで多数の陸上兵力を失った為、現状の戦線の維持にすら事欠いている。
第一次遣欧艦隊と共に一応の陸上兵力を送ったが、それとて一個旅団(5000人)にすぎない。
全体から見れば、はっきり言って焼け石に水だ。
加えて、ソ連が連合軍として参加していない為か、イギリスの共産勢力の動きも些か不穏だ。
この状況で無理な事をすれば、冗談抜きでイギリスで革命が起きるかもしれない。
それを考えると、ノルウェー侵攻の成功によってイギリスの首はギリギリのところで繋がったと言える。
もしこの作戦が失敗していたら、共産勢力がイギリス政府に不満を持つ勢力と共に蜂起していた可能性が高い。
そうなると、イギリスはその鎮圧の為にドイツとの停戦を余儀なくされただろう。
「ドイツの出方を待つしか無いか。そう言えば、アメリカは?あの国、未だ不気味な程沈黙を保っているが」
夕季の言葉に転移メンバー達はハッとなる。
アメリカ。
その強大な存在を今更ながら忘れていたのだ。
岡部の言う通り、アメリカは不気味な程沈黙を保っている。
武器貸与は史実通り行われているが、それ以外は特に動きは無かった。
「そのアメリカの事ですが、どうやら満州の利権開発と我が国向けの戦略物資の輸出に掛かりきりになっているようです。この分だと、アメリカが第二次世界大戦に参戦しない可能性が」
岡辺の説明に驚愕する転移メンバー達。
アメリカは日本の五ヵ年計画時の対日輸出によって経済はかなり持ち直そうとしていた。
そして、日本から満州の利権を売却されてから既に30年近く経ち、満州の経営に慣れたアメリカは満州を本格的に発展させ、自分達の巨大な経済的植民地にしようと考えていた。
更に最近では日本やイギリス向けの戦略物資輸出でも儲けを出しており、アメリカ政府では第二次世界大戦に参加しなくても良いのでは?という意見すら出されていたのだ。
一応、なにもしないのは戦後の関係からも何かと不味いので義勇軍は出すのだろうが、本格的参戦はしない可能性が有るという事に転移メンバー達は閉口せざるを得なかった。
「何でこうなった」
有村が頭を抱えるように言った。
アメリカが居るのと居ないのとでは話が全然違う。
アメリカ無しな場合、日英が独自にドイツに勝たなければならなくなり、第二次世界大戦は史実の日中戦争の如く泥沼な戦いとなってしまうだろう。
それが一番最悪な想定である。
「不味いな。どうにかアメリカを第二次世界大戦の場に連れてこないと」
「しかし、どうします?アメリカにとって第二次世界大戦への参戦は旨味が有りません。確かに国際的な立場は難しくなるでしょうが、アメリカのあの国力ならそれを強引に撥ね付けられるかもしれません」
現在、アメリカの国力は世界一だ。
日本も転移メンバーや様々な人間が頑張っていたが、アメリカにはまだまだ勝てない。
アメリカの国力ならば、もしかしたら岡辺の言った通り、戦後の世界を強引に席巻してしまうかもしれない。
「まあ、今はアメリカの事は良い。・・・それより知っているか?ソ連に不穏な動きが有ることを」
「不穏な動き?」
「ああ、何でもロシアとの国境線に兵力を集中させているらしい」
夕季の説明に転移メンバー達は固まった。
それの意味するところが分かったからだ。
「・・・なるほど、ソ連のロシアへの侵攻、か。確かに十分あり得る話だったな」
春川が納得したようにそう言った。
元々、未だ極東に存在するロシア帝国はソ連にとって目の上のたん瘤であり、出来ることならば潰してしまいたい存在だ。
何せ、ロシア皇族など、ソ連の政治体制そのものを否定するような存在が居るのだから。
「となると、第二次遣欧艦隊は取り止めし、ロシアに援軍を送りますか?」
「いや、俺の考えでは艦隊だけは欧州に送ろうと思っている」
岡辺の質問に夕季はそう答えた。
遣欧艦隊は随伴艦の中に陸上兵力を乗船させた船もあり、陸上兵力も艦隊とセットで送る形になっていたが、夕季は第二次遣欧艦隊の中で陸上兵力をロシア方面に差し向けて艦隊をそのまま欧州に送る案を示した。
「それならなんとかなりそうですね。ただ、どのタイミングでソ連が動くのかが鍵ですが」
そう、その一点が問題だった。
仮に日本軍の増援が行われ始めた事をソ連が察知して、予想より早く攻め込んで来ればかなり不味い事態になる。
「そこら辺はソ連の考える事だからな。俺達は最善の手を打つまでさ」
有村が悟ったように言った。
まあ、実際、彼の言う通りだったが。
「では、この方針で決まりだな」
夕季が締めの言葉を言う。
かくして、日本は北へと目を向ける事となった。
瑞鳳型航空母艦
基準排水量1万4200トン。
搭載機50機。
機関・・・ガスタービン。
最大速力32ノット。
巡航18ノット。
武装・・・10センチ連装高角砲(秋月型に搭載されている高角砲。史実の秋月型に搭載されている高角砲と殆ど性能は同じ)4基8門。40ミリ連装機銃10基20門。
・備考
戦時量産型航空母艦。史実より日本の国力が上昇している為、2ヶ月に1隻のペースで造れる。