第1話 大戦の始まり
西暦1937年 8月5日 大日本帝国 帝都
帝都東京で転移メンバーによる緊急の会合が開かれていた。
この会合は転移メンバーだけで開かれている話し合いで、彼らの政治的発言権はこれまでの功績から非常に強い為、事実上、日本の最高意思決定機関となっている。
「まさかこんな事になるとは・・・早すぎるぞ!!」
春川が声を荒げながらそう言った。
だが、他のメンバーは誰もがそれを聞きながら俯いていた。
無理もなかった。
みんな同じ気持ちだったのだから。
そもそも転移メンバーの予想では、ドイツのポーランドへの侵攻は史実と同じか、その前後辺りだと考えていたのだ。
つまり、どう早まるにしても1939年代だと考えていた。
それが2年以上早くなり、転移メンバーも困惑していた。
そして、彼らは知らない事だったが、実はこのドイツの早い行動は日本のせいである。
実は日本の五ヵ年計画の過程で日本は各国から大量の機材を仕入れていたのだが、その際にドイツからも大量の機材を買っていたのだ。
そのお蔭か、史実より経済の建て直しが出来、ナチスが政権を握った時は経済基盤はそれなりに復活してきているところだったのである。
余った力の影響は史実よりもナチスドイツの早い行動を呼び、結果、このようなドイツの早い行動を読んでしまったのである。
「まあ、起きてしまったものは仕方がない。取り敢えず、ポーランドがどうなっているか知りたい」
有村の言葉に夕季が答える。
「ポーランドは態勢が整っていない。この分だと、史実通り1ヶ月で消える」
それがポーランドの実情だった。
ポーランドはまさかドイツが再軍備をしてから僅か2年で自分の国に侵攻してくるとは思わず、全く戦争の態勢が整っていなかった。
情報局の分析によると、ドイツも早すぎる行動の為か、史実より態勢は整っていないようだが、それでもポーランドや宣戦布告したフランス、イギリスよりはだいぶ整っているらしい。
おまけに史実通り独ソ不可侵条約が存在するという事は、あの秘密協定も存在する可能性が高い。
つまり、このままではポーランドはソ連の侵攻によって史実通り1ヶ月で消える見込みだった。
「・・・となると、次に目を向けるのは史実通り北か?」
「まあ、普通に考えるならばそうだろうが、もしかしたら、西に行くかもしれない」
既にイギリスとフランスはドイツに宣戦布告をしている。
対してドイツは史実より侵攻が早い為か、戦争の準備は(史実に比べれば)整っていないので、この分だと北(デンマーク、ノルウェー)より先にそのままフランスに直行するかもしれない。
何処かぶっ飛んだ発想だったが、もはや、史実の知識はヨーロッパの戦線には役に立たない。
様々な予測を立てる必要があった。
「我が国は態度を保留していますが、イタリアが宣戦布告したらほぼ強制的に枢軸側へ宣戦布告しないと行けませんね」
岡部がそう言った。
日英同盟の条項は締結当時と変わっておらず、2ヶ国以上が宣戦布告しないと参戦義務が生じない。
現在、日本はこれを利用して対独戦への参加の態度を保留しているが、いずれは参戦しなければならないだろう。
「まあ、アメリカ相手じゃないだけマシか。軍備計画はどうなっているんです?」
「海軍では現在は戦時量産艦と翔鶴型、隼鷹型の建造を考えています」
青木の言葉に夕季が答える。
実は第二次世界大戦を想定して、海軍内では空母、駆逐艦、潜水艦に絞った建造が計画されていた。
これらは量産性を重視した設計となっており、現在の日本の国力と生産体制ならば、その気になれば合計で1年で100隻は揃えられる。
もっとも、その乗員とパイロットを確保するという問題が残っているが、一応、この問題に関しては募集を幅広く行う事で補うつもりでいる。
それでも駄目ならば、選抜徴兵制を行うつもりであった。
更にこれに加えて翔鶴型空母(基準排水量5万2000トン。史実ミッドウェー級の拡大版)2隻、隼鷹型空母(基準排水量2万7000トン。史実翔鶴型の拡大版)2隻が建造される。
前者は言うまでもなく、ジェット機運用を見据えて建造される空母で、後者は前者に搭載する装備の実験運用艦である。
その為、両方ともアングルドデッキを備えた設計となっている。
夕季としては翔鶴型や隼鷹型のエレベーターも米空母のようにサイドエレベーターにしたかったのだが、それは春川が待ったをかけた。
実を言うとサイドエレベーター方式は日本近海の航行には向いていないのだ。
何故なら、日本は台風などの気象がよく有り、サイドエレベーターを採用してしまうと、エレベーターが強風によって壊れて艦載機が波にさらわれてしまう可能性が有るのだ。
実際、史実の昭和19年に台湾沖を航行していた米第3艦隊に台風が直撃した時、艦載機100機近くが波にさらわれるという事象を起こしている。
その為、サイドエレベーターは却下したのだ。
だが、史実の日本空母のように密閉式にすると、これまたダメージコントロールが大変になってしまうし、史実の大鳳のように“ガス溜め”によって沈没してしまう可能性がある。
そこで考えに考えた結果、エレベーターを従来の中央エレベーター(ただし、翔鶴型はジェット機運用の為に大型化する)にし、艦舷上部に開閉式の通風口を用意するという案が出された。
この案はダメージコントロールの面で言えば焼け石に水だろうが、少なくとも大鳳で起きた“ガス溜め”は防げるだろう。
そして、隼鷹型だが、基本的に翔鶴型の実験艦の為、建造は1隻でも良かったのだが、一応、実戦に出ていく事も想定されているので、2隻の建造が計画されたのだ。
ただ、建造には翔鶴型が4、5年。
隼鷹型が3年は掛かる。
「それと、大和型戦艦の建造も計画されています」
大和型戦艦(基準排水量8万5000トン)建造は海軍の大鑑巨砲主義者からの要望でもあった。
夕季も大和型を造るつもりだったので、これを承認した。
何故ならば、ミサイルの運用を考えると、戦艦が一番実験艦に相応しいからだ。
つまり、夕季は大和型をミサイル戦艦にする予定だったのだ。
まあ、それだけではない。
実を言うと、この大和型戦艦には青木が開発中のイージスシステムを載せる予定もある。
勿論、現代のイージス艦の能力に比べれば足元にも及ばないだろうし、その開発も難航している。
何せ、現代日本ですらイージスシステムはブラックボックスと呼ばれているのだ。
完全な設計やシステムを知っているのは開発の当事国であるアメリカの技術者だけだろう。
そのようなシステムを同じ21世紀出身とは言え、日本人である青木が開発するのだ。
難航するのも無理はなかった。
なので、実のところ大和型の完成までにイージスシステムが出来るかどうか分からず、下手をすればペーパープランとして終わる可能性もあった。
「あと、“例の計画”も計画も滞りなく進んでいます」
例の計画とは、原爆製造計画である。
転移メンバーとしては戦後を見据えて、念のために核兵器保有を考えていた為、今のうちに製造しておこうと考えていた。
無論、戦後だけではない。
最悪の場合、つまり、日本が負けるような事態になりかけた時は迷わずこれを戦場で使わなければならない。
これには転移メンバー全員が賛成していた。
平成日本人(特に左派)が聞いたら卒倒するような結論だったが、転移メンバーとしては核兵器が有るのと無いのとでは話が大幅に違ってくると考えていた為、どうしても核保有だけはやっておきたかったのだ。
勿論、史実のアメリカのように2000発以上というふざけた数を保有するつもりは無かったが、せめて抑止力として数十発から100発程度は持っておきたかった。
「派遣兵力の選定はまだ出来ていませんが、これもすぐに出来るでしょう。・・・問題はどのタイミングで参戦するかです」
そう、タイミングが重要だった。
大日本帝国の仮想敵国は一応、アメリカなのだ。
イギリスが陥落するのも不味いが、仮想敵国を目の前にして本土を丸裸にする訳にもいかない。
だが、この時点でイギリスが陥落する可能性のある要素が1つだけあった。
それはレーダーである。
史実ではバトル・オブ・プリデンにて、イギリスの防空網に多大な貢献をしたレーダー技術だったが、それに使われた八木・宇太アンテナは転移メンバーの働きによって海外に漏れておらず、
イギリスは史実よりレーダー技術が遅れていた。
これは万が一、日英同盟が破棄されてイギリスが敵に回った時の事を考慮したのだが、今回はそれが裏目に出ていた。
その為、ドイツ軍の攻勢に耐えられるかどうか分からず、もしかしたら負けるかもしれなかった。
「イギリスが陥落すれば、欧州でドイツに対する拠点を丸々失ってしまう、か」
岡部が呟くように言ったが、それが現実だった。
だが、一方で陥落しない要素が要素が1つ。
それは海軍力だった。
中央情報局に入ってきた情報によると、ドイツは海軍をほぼ諦めた状態で陸軍を優先的に増強したらしく、海軍はUボートすらまともな数が揃っていなかった。
それどころか、ビスマルクやテイルピッツに至っては存在すらしておらず、通商破壊艦も数隻しか居ないという惨状だった。
つまり、ドイツ海軍は少なくともこの時点では大した脅威にはならないという事だ。
「まあ、ドイツ海軍の数が揃っていない以上、チャーチル首相が暗殺でもされない限りは占領される心配は皆無だろう。それより、青木さん。トランジスタの完成はどれくらい掛かりそうですか?」
トランジスタ。
戦後に開発された画期的な発明だ。
これが有れば、ドイツのエニグマは簡単に解読できるし、航空機開発にもかなりの進歩をする事が出来る。
勿論、原爆開発にも効果を発揮する。
「あと1ヶ月は待ってください。それまでになんとか完成させます」
元々、あと数ヵ月で完成するところまで来てはいたが、何が起こるか分からない国際情勢下、早いに越した話ではなかった。
「早めにお願いします。有るのと無いのとでは大違いですから」
夕季は軍部の代表としてそう言った。
夕季はあれから出世して大佐になっていて、空母『洋龍』の艦長を勤めていた。
実際に部下を率いる関係上、部下を失うリスクを減らす事は彼にとって悲願でもあった。
故に、戦術的、戦略的に多大な貢献をするトランジスタの完成を夕季は望んでいた。
「分かっています。必ず1ヶ月後には結果を出します」
青木もここ12年程の付き合いから夕季の信念を理解しているので、なんとしても結果を出すつもりだった。
無論、青木だけの話ではない。
夕季も春川も岡部も有村も、ここが正念場だと理解しているだけに真剣であった。
それは転移メンバーにしか分からない感情であり、転移メンバー共通の気持ちだった。
故に、彼らに失敗は許されない。
少なくとも、日本が完全に大国として繁栄と平和を謳歌出来るその時まで。
「では、ここが正念場です。皆さんの健闘を祈ります」
こうして転移メンバー達の真の戦いは始まった。