第38話 参戦決定
80式小銃
ほぼ史実89式小銃。しかし、口径が6、5ミリ弾仕様となっている為、史実の89式より威力は勝るが、命中率は落ちる。
転移歴2年(西暦2002年) 1月15日 レンティス共和国 首都ラストア 首相執務室
「遂に反撃か・・・些か手間取りすぎたな」
そう言ってアルトアは苦い顔をした。
レンティス共和国軍の反撃によって、エリストア帝国軍は押され始めている。
先の会戦の敗退によって、主力の軍団が敗走した影響で、エリストア帝国軍の戦線はガタガタとなった為、エリストア帝国陸軍の戦線の後退は余儀なくされていて、現在は初期に上陸した場所から数十キロというところまで、追い詰められていた。
だが、犠牲は多かった。
既に数十万人の民間人が死傷している。
勿論、全てが全て、エリストア帝国軍の仕業ではない。
震災による死傷者も多い。
「海軍の方も弾薬消費が凄すぎる。これは戦争が終わっても、再建にはかなりの時間が掛かるぞ」
言うまでもなく、海軍は陸海空の中でも、一番金が掛かる部署である。
その理由は船という大きなものを扱うからだ。
しかし、今回の戦いで、レンティス共和国海軍の中で沈んだ艦艇はごく僅か。
それなのに、何故問題になっているかというと、弾薬消費があまりに凄すぎたからだ。
転移メンバーの予想通り、対艦ミサイルと戦艦はかなり相性が悪かった。
故に、1隻の戦艦を潰すのに、数十発の対艦ミサイルを必要としたのだ。
途中から潜水艦での攻撃に切り換えたりはしていたが、どちらにせよ高価な弾薬を使うという意味では同じである。
まあ、これは海軍に限った話ではない。
空軍も似たり寄ったりだった。
が、海軍の方が圧倒的に敵と戦う機会が多かった為、当然の事ながら海軍の方が弾薬を多く消費していた。
「そして、問題は戦争が終わるかだな」
アルトアはそれも問題視していた。
今回の戦争では、レンティス共和国の方は未だ戦争の落としどころを見つけられていない。
と言うのも、レンティス共和国領土に上陸しているエリストア帝国軍を追い落とした後の事を決めかねていたのだ。
閣僚達の中には、強硬派と慎重派が存在する。
前者は『追い落とした後にエリストア帝国本土に上陸するべきだ!』と主張する者。
後者は『国内の被害が大きいので、追い落とした後は一旦講和に持ち込むべきだ』と主張する者。
どちらもエリストア帝国軍を追い落とすという意味では一致していたのだが、その後の対応がまるで違っていた。
とは言うものの、慎重派の方もエリストア帝国の方に攻め込むのを完全に諦めた、という訳ではない。
それは今だけであって、将来的に回復すれば復讐戦を挑もうと考えている者が大半だった。
これはどちらも一長一短の意見だ。
前者を取れば、攻める代償としてレンティス共和国の復興が先送りになるし、後者は成功したとしても、敵に回復の時間を与える事になる。
「幸いなのは、前者を取る場合、各国の軍事援助が受けられる事か」
レンティス共和国にエリストア帝国が上陸した後も、半ば静観を決め込み、自分達の軍備を整えていたレンティス共和国以外のラトヴィア大陸各国であったが、この期に及んでようやく動き出した。
そして、『エリストア帝国本土に攻め込むなら協力する』と、先日打診があったのだ。
「まあ、まずはエリストア帝国軍をレンティス共和国から摘まみ出すのが先だな」
アルトアはそう考え、一旦思考を閉ざし、執務へと戻った。
◇転移歴2年 1月24日 大日本帝国 帝都
「・・・開戦日は2月10日ですね」
会合の場で、岡辺はそう発言する。
「本当はもっと早く決着を着けたいが、色々準備があるからな」
春川がそう言った。
既にラトヴィア大陸での戦況を見て、開戦は決定されていた。
問題は時期であったのだが、流石に準備もなしに開戦するのは不味いので、色々考慮した結果、2月10日という日付に落ち着いた。
「ところで、装備は旧式で良いんですか?」
岡辺が夕季に尋ねた。
今回の戦争では、比較的旧式装備で挑む事が決定されていた。
理由は財政的なものが主であったが、最新兵器で本当に戦艦が倒せるのか?という疑問もあった。
知っての通り、現代ミサイルは高性能炸薬の榴弾が主な弾種となっており、徹甲弾や成形炸薬弾などの貫通を重点においた弾種は少ない。
この世界では戦艦が第二次世界大戦後も一応残存して使われていた事もあり、史実よりかは各国共に研究が進んでいたが、やはり時代の流れというべきか、徐々に史実のように榴弾を中心とする流れが出てきていた。
もっとも、それは各国の戦艦が旧式になっており、幾ら改装しても頑丈さには限度が出てくるという意見から、榴弾のミサイルを大量に浴びせれば問題ないという考え方になったにすぎなかった。
勿論、これは事実であり、仮に日本の誇る戦艦大和と言えども、ミサイルをバカみたいに撃ち込まれれば、老朽している部分から綻びが出てきて、艦体に亀裂が走って浸水し、場合によっては沈没するだろう。
なんせ、艦齢は来年で60年なのだ。
人間ですら老人だというのに、本来はそれより圧倒的に寿命が短い船に無理が出てこない筈が無かった。
しかし、今述べたのはあくまで地球世界に限っての話である。
これから宣戦布告するエリストア帝国の戦艦は出来立てホヤホヤ(多分)なのだ。
出来立てホヤホヤの戦艦と艦齢半世紀以上の戦艦。
どちらが頑丈かは言うまでもないだろう。
よって、最新式のミサイルより、対戦艦も考慮されている旧式ミサイルの方が効率が良いと考えたのだ。
「ああ、そうだ。そして、投入するのは第8艦隊だ」
日本海軍は第1艦隊から第8艦隊までで主力の艦隊編成がされており、その他の艦は海上護衛艦隊に編入されている。
ちなみに第8艦隊はダッチハーバー駐留の艦隊だ。
この第8艦隊は、転移前、その配置されている場所がアメリカとの国境に近い場所なので、ハワイの第5艦隊と共に本国艦隊程ではないが、比較的最新鋭の艦艇が配備されていた。
だが、それも転移前までの話。
現在ではアメリカという強敵が居なくなった事により、この地に配備されていた艦隊は今や2線級の艦が大半であった。
とは言え、第二次世界大差頃の装備しか持たないエリストア帝国相手にはそれで十分という見方もある。
「まあ、戦う事そのものには何も問題は無いだろう。だが・・・」
「問題はラトヴィア大陸の国々がどう思うか、ですね」
今回の開戦は転移メンバーから見ても、ハイエナ紛い、いや、ハイエナそのものの行為だ。
やる側がそう考えているのに、見る側であるラトヴィア大陸の国々がどう思うかは言うまでもないだろう。
「しかし、やるしかない。今の日本にはサーカスが必要だ」
だが、日本としてもやらなければならない事情がある。
国家を維持するために重要なパン(食料)とサーカス(事業)。
その内、パン(食料)については現時点で80パーセントに達する自給力を日本は持っていたが、それでも100パーセントにはあと10年近く掛かる計算だし、仮になったとしても、それはただ食べる分だけであって、全ての食材が手に入る訳ではないので、食を楽しむまでに復活するという訳ではない。
しかし、それはラトヴィア大陸が戦争をしていなかったとしても同じことだ。
なんせ、ラトヴィア大陸の国々だけでは、転移前に手に入った食材を全て調達できる筈もないのだから。
だが、食の楽しみというのは一種の余裕の表れで、逆に言えば食が楽しめない限りはその国には余裕がないという事になる。
そして、余裕が無ければ国民は政府に対して不満を抱くようになる。
もっとも、余裕があっても不満を抱くものは居るだろうが、余裕がない頃よりはよっぽど少ない。
たかがパン(食)、されどパン(食)なのだ。
特に舌が越えている先進国の国民の中で食事の不味さを完全に我慢できるのはイギリスくらいのものだろう。
そして、その不満を逸らす為にサーカス(事業)というものがある。
そのサーカスは様々だ。
例えば史実の日本であれば、戦前なら戦争、戦後ならなんらかの経済政策といった具合だ。
そして、パンとサーカスがどちらも欠けた時、国家は終わると言っても良い。
実際、史実の戦前、戦中日本がパン(食料)がろくに無いのに国が保てたのは、太平洋戦争というサーカス(事業)のお蔭であったし、戦後の日本がバブル崩壊後も現状を維持(実際は衰退気味だが)しているのは、パン(食)が有るからに他ならない。
もし経済が現在の状態のままの平成日本で食料が満足に手に入れられず、更にその状態が長く続いたとあれば、流石の日本人も暴動を起こし、日本は崩壊するかもしれない。
そして、転移メンバーが今居る日本もまた然りだ。
パンが満足に供給できない上に、氷島も伝染病によって事業が行えない以上、なんらかの事業を起こさなければ不味い事態となる。
その結果、考え付いたのが今回の戦争だった。
「そうだな。だが、戦後処理は面倒だぞ。外務省の人間は間違いなく文句を言うだろうな」
「文句で済んだら良いさ。どうせ日本が無くなれば、彼らなど必要なくなるだろうからな」
春川の言葉を夕季は切って捨てた。
何処の国でもそうだが、所詮、外務省が存在するのは国という組織が有るからに過ぎない。
つまり、国が無くなれば、外務省どころか、他の省庁も消滅してしまうので、外務省の為に国を滅ぼすのは本末転倒なのだ。
故に、ここは外務省に苦労を背負って貰う。
夕季が言っているのはそういう事だった。
「・・・そのセリフ、外務省の人間には言わない方が良いぞ。ただでさえ、連中、転移してから殺気立ってるからな」
春川が夕季に注意するように言う。
それは事実だった。
異世界転移によって日本は様々な面で大打撃を受けたが、一番泡を食ったのは間違いなく外務省だった。
そもそも外務省というのは『他国と交渉する為に存在する組織』と言っても過言ではなく、当然、その仕事もどんな仕事にせよ、他国という存在があってこそ存在するものだ。
故に、転移によってその他国が一旦無くなり、更に新たに現れた別の国と何の情報もなく一から交渉を行えというのは、外務省からしてみれば悪夢でしかない。
実際、外務省は現在においても、他国の情報を集めようと上から下まで必死に動いている。
そこで夕季の言葉が外務省に伝わればどうなるかなど、考えたくもない。
「分かっているさ。だが、どのみち苦労する羽目にはなるけどな」
夕季はそう言いながら、これから訪れるであろう外務省の苦労を想像していた。
◇転移歴2年 2月3日 エリストア帝国 帝都エルヴィス
日本のあからさまな標的にされているとは露ほども知らないエリストア帝国の帝都エルヴィスで開かれている閣僚会議の場では、何度目か分からない重苦しい雰囲気に包まれていた。
「・・・そうか。侵攻軍は降伏したか・・・」
サンドラはそう言いながら顔を手で覆い隠していた。
レンティス共和国侵攻軍壊滅。
その報告は場を重い空気にするには十分だったのだ。
時は遡り、2月2日。
半世紀近い文明力の差をゲリラ戦などで、どうにか遣り繰りしていたエリストア帝国軍だったが、住民の協力も得られない上に、余裕が出てきたレンティス共和国海軍の海上封鎖によって補給が滞り、弾薬どころか食料などの補充すら受けられないようになると、侵攻軍は次々とレンティス共和国陸軍によって掃討されていった。
そして、ついに昨日、限界が来て、侵攻軍はレンティス共和国陸軍に降伏したのだ。
「それと・・・言いづらいのですが、海軍はもはや機能していません」
ミルス=ケイマス“海軍長官”が言いづらそうにそう言う。
ちなみに前任のドリアは既にサンドラによって更迭された。
そして、彼が言っている事は本当だった。
現在、海軍は空母全滅、戦艦15隻沈没、26隻が損傷でドッグ入り、巡洋艦、駆逐艦は合計で36隻が沈没している。
しかも、沈没した戦艦の内、1隻はアトリア級だった。
巡洋艦、駆逐艦の損害は“大した事無い”のだが、主力艦はその8割近くが全滅という計算になる。
これだけ言えば、エリストア帝国が如何に不味い状況かが分かるだろう。
もっとも、レンティス共和国の方もこれだけの数の艦船を沈めるのにかなりの弾薬を使っていたので、軍需物資の増産などでてんやわんやになっていたのだが、少なくとも直接軍事的に不味い状況となったエリストア帝国よりは遥かにマシであった。
「あれだけの艦艇がやられるとはな。我はどうやら敵を嘗めすぎていたようだ」
サンドラは改めてそう認識していたが、今更どうにもならない。
「・・・・・・もはや、講和しかないのか」
その言葉に閣僚たちは苦い顔をしていた。
それは講和が不満だからではない。
現実を見ようとしない皇帝に嫌気がさしていたからだ。
冷静に考えてみれば、海軍の8割壊滅、陸軍の1方面軍の消滅は、どう考えても致命的なものである事は馬鹿にでも分かる。
いや、そもそも講和と言ってもその為の外交のパイプが無い。
なので、講和など絶対に不可能と言っても良いのだ。
そこをサンドラは分かっていない。
閣僚たちはそう思っていた。
まあ、仮に講和のパイプが有ったとしてもその判断は既に遅すぎただろう。
何故なら、この1週間後、日本が本格参戦するのだから。
45式艦上戦闘攻撃機『紅風』
今現在の日本の主力艦上戦闘攻撃機。史実のF18スーパーホーネットを基に創られたマルチ機。最大速力はマッハ1、8。今年制式採用される予定の62式艦上戦闘機に比べると、戦闘機としての性能は劣るが、それでも第4世代戦闘機と互角に戦えるくらいには強い。