第31話 ヨーロッパ連合の崩壊
西暦1965年時点の日本の領土、勢力、国力、人口。
人口9600万人(史実では9800万人)。
経済レベル・・・史実1978年の日本のGDP(国内総生産)とほぼ同じ。
技術レベル・・・1980年代。
領土・・・日本列島、千島列島、樺太、台湾、パラオ、トラック諸島、マリアナ諸島、マーシャル諸島、ウェーク、ミッドウェー、アリューシャン列島、ギルバート諸島、ナウル、ハワイ、ソロモン諸島。
勢力・・・保護国、フィリピン、インドネシア、ベトナム、ビルマ、カンボジア、ラオス、大韓帝国 スリランカ、ニューギニア。
友好国?、ロシア、中華共和国。
西暦1969年 12月28日 大日本帝国 帝都
1960年代も末。
そして、有村の家族や親戚、友人が新たにこの世界に転移(例によって1965年8月15日に転移してきた)してから4年後、この日も転移メンバーは会合を開き、現状を報告しあっていた。
「現在、アメリカ以外の各国は核兵器の配備が低調になっていますね」
岡辺が口火を切った。
「ようやく各国も核兵器を保有しすぎる事の愚に気が付いたか。まあ、史実でも冷戦後はそうだったからな。むしろ、なにを今更、という感じでは有るが・・・」
「ああ、この風潮は列強には大きく影響が与えられるだろうな」
史実でも起こった核兵器の大量配備。
これにより、各国は少なからず軍需面での経済的影響を受けていた。
しかし、当たり前だが核兵器など使い道は殆ど存在しない。
故に、史実では冷戦後、核兵器の配備数が減っていたのだが、この世界では核兵器の大量配備競争から日本というプレイヤーが独自の路線を取っていた為か、核兵器を保有しすぎる愚に気づくのが早かった。
そして、この動きに乗ったのがロシアとドイツだった。
両国ともに経済的問題から、出来れば核兵器を配備する予算を抑えたかったので、この風潮はむしろ歓迎していたのだ。
そして、先月、3ヶ国共同による核兵器制限条約が締結された。
しかし、アメリカは違った。
軍需の急速な拡大から、核兵器の増産を停止する事による経済的損害を恐れて、この風潮に乗る事が出来なかった。
なので、この条約にも署名しなかった。
そして、核兵器を配備し続けるアメリカとそれ以外の国で徐々にだが、溝が出来はじめていた。
ちなみにこの世界での日本の核保有数は限定的なものとなっていて、一応100発まで増産する計画はあったが、今の段階での保有数は50発程であった。
これはイージス計画と宇宙開発などに金を費やしたお蔭であり、衛星システムと防空兵器の配備によって日本本土の防空体制は冷戦末期のアメリカ程に整っていた。
まあ、もっとも、これは日本が狭いからこそ出来た芸当ではあったし、樺太や台湾などの領土の防空体制は未だ不完全だったが。
「しかし、これは不味いですね」
青木が1つの懸念を示す。
このままアメリカと各国の溝が広がれば、回り回って経済的、外交的打撃、そして、最悪の場合、核戦争にも成りかねなかった。
幸い第三次世界大戦末にロサンゼルスで“盛大な花火”が散った事で、核戦争への抑止力とはなっているのだろうが、史実のキューバ危機を考えると、それだけでは不安であった。
「打開策は無いか?」
「一応、有るには有ります」
そう言って青木はある資料を出した。
「これは?」
「共産主義者のリストです」
「共産主義者?」
夕季はいぶかしんだ。
何故なら、ソ連はとうの昔に崩壊しており、現在では既に共産主義者の人間も大半が鳴りを潜めていたからだ。
まあ、それでも共産主義者が全く居ないという訳では無かったが、史実の日本赤軍のような大規模なテロ組織の存在は無かった。
なので、そんなものが役に立つとは思えなかったのだ。
「ええ、加えてアメリカやロシアでは先の大戦の経験から共産主義者への弾圧は強まっていますし、我が国もほぼ同じ傾向です。ですが、調べてみるとヨーロッパは違いました」
そう、ヨーロッパの共産主義者に対する対応はアメリカ、ロシア、日本とは一味違っていた。
弾圧する事には弾圧しているのだが、ナチスの弱体化に伴い、それは形ばかりの所も出始めていた。
こうなった原因は簡単だ。
ヨーロッパにはもはや日本のような力のある王族や皇族が居なく、更に共産主義者によって酷い目に遭ったロシアやアメリカのような経験が無いからだ。
このようなヨーロッパの環境につけこむ形で共産主義者は勢力を拡大していき、現在ではヨーロッパの一部の国で政府中枢に至った勢力もあった。
「ふむ。この共産主義者を利用してアメリカとヨーロッパを仲違いさせる、と」
「はい。最近、アメリカとドイツは接近していますからね」
そう、最近、アメリカとドイツが接近している事は既に転移メンバーも知っていた。
もっとも、ドイツ国内では核配備の件でアメリカと必要以上に付き合うのには反対意見も多かったのだが、与党であるナチスが藁にもすがる思いで接近させていた。
これは日本にとって憂慮すべき事態である為、何かしらの対策を取らなければならないのだが、なかなか工作は上手く行っていなかった。
だが、青木の提案はその突破口になるであろうものであった。
アメリカは第三次世界大戦の経験から、大の共産主義者嫌いの国民性を持っている。
よって、これを利用すれば理論上は仲違いさせる事も可能だった。
「そして、仲違いさせて孤立したアメリカに我が国とロシアが接近し、逆にヨーロッパを孤立させる訳か。成功すれば日本にとって正に福音となるだろうが、そんなに上手く行くのか?仮に成功するにしても即効性が有るかどうかは分からないぞ」
「この際、即効性には目を瞑りましょう。やってみて損は無いですから」
「・・・そうだな」
確かにその通りだ、と春川は思った。
青木の目論見通りロシアと共にアメリカに接近し、ヨーロッパを孤立させれば、日本の国益に叶うばかりでなく、安全保障上も大変宜しい事態だ。
何故なら、ヨーロッパはロシアとアメリカに比べて一番遠い上に、ヨーロッパが万が一日本に向けて進攻する際には、両国が壁となってくれるからだ。
更にナチスは崩壊ほぼ一歩手前。
おそらく、この青木の目論見が成功すれば、間違いなくナチスはとどめを刺されるだろう。
「では、ナチスに対してはその方針で行きましょう。ですが、まだ議題は残っています」
かくして、日本は動き出した。
西暦1975年 4月18日 アメリカ合衆国 ワシントンD・C
「これは・・・」
アメリカ大統領ニクソンはある報告書を読みながら唸っていた。
「ヨーロッパ派遣軍の損害がこれほどまでに酷いとは」
ヨーロッパ派遣軍。
その名の通り、ヨーロッパに派遣したアメリカ軍の事である。
何故ヨーロッパに軍を派遣しているかと言えば、去年“終結”した冷戦が関わっている。
日本のアメリカへの接近とヨーロッパの孤立という目論見は見事に成功し、3年前の1972年にはヨーロッパは孤立した。
結果、ナチスは崩壊。
去年の2月にはヨーロッパ陣営全体が崩壊し、史実より17年も早く冷戦は事実上終結する形となった。
だが、その後に転移メンバーも予測できなかった問題が1つ出来てしまった。
それはドイツという強力な盟主が居なくなった事によるヨーロッパの派遣争いである。
史実でも冷戦終結後に東ヨーロッパで“紛争”は起きていたが、今回はそれがヨーロッパ全体に波及し、事実上の“戦争”となっていた。
そして、各国はこの問題を放置する訳にはいかなかった。
当然だろう。
多少削減されたとは言え、ヨーロッパにはまだまだ核弾頭施設が多いのだ。
それに戦略原潜の問題もある。
罷り間違って、何処かで核攻撃などされたら堪らない。
そう考えた世界各国、特に列強はこの問題を解決する為に、今年一月に共同で軍隊を派遣した。
とは言っても、地理的問題から主導しているのは主にロシアとアメリカであり、日本はオマケ程度にすぎなかった。
しかし、アフリカや中東などと違い、先進的な武器の揃うヨーロッパで、各国の軍隊は確かな出血を受けていた。
当然、その例にアメリカは漏れていない。
「たった3ヶ月でこれか。これではヨーロッパの戦乱を沈めるのにどれくらい掛かる事やら」
それを考えてニクソンは溜め息を着いた。
ちなみに撤退するという選択肢はない。
ここで撤退すれば、まず間違いなくアメリカ本土までその影響は響いてくるであろうからだ。
なんせ、アメリカとヨーロッパは大西洋を跨げばすぐなのだから。
まあ、陸続きのロシアよりは大分マシだとも言えたが。
「幸い近年まで軍拡をし続けたお蔭で兵器や人員には事欠かない。こればかりは助かったな」
アメリカは近年まで軍拡をし続けていたものの、冷戦終結と共に、その必要性が無くなってきた為、徐々に軍事経済から民間経済へと視点が移ってきた。
だが、民間経済では各国に遅れを取っている状態であった為か、なかなか軌道には乗れていなかったが、10年もすれば追い付けるとアメリカ政府首脳は踏んでいた。
更に近年まで軍拡をしていたお蔭で、今回のヨーロッパ派遣への軍備には事欠か無かったので、そういう意味では軍拡は正解だったかもしれなかった。
「あとは・・・核の始末か」
そう、アメリカは核の始末という問題も抱えていた。
1960年代に増産しまくった核弾頭は、一国で『地球を数回滅ぼせる』規模に達しており、冷戦が終わった今、削減が声高に叫ばれていた。
しかし、通常の兵器なら兎も角、核となるとなかなか削減は難しく、その進捗は微々たるものであった。
「兎に角、早くなんとかしなければな」
ニクソンはそう思いながら職務に励んでいた。
◇西暦1975年 6月12日 ロシア帝国 ハバロフスク
一方、アメリカ以上に頭を抱えている者達がここに居た。
「さて、ヨーロッパの戦況を聞こうか」
ロシア帝国首相ロストフは閣僚達に向かってそう宣言した。
それを受けて、国防関係の閣僚が彼に向かって報告する。
「我が軍は現在、モスクワを奪回後、東に向けて進撃しています」
ロシア帝国はつい先月、モスクワを奪還していた。
そして、これは国民の士気を多いに高めていた。
何故なら、モスクワはロシアの象徴とも言える都市だからだ。
しかし、この期に際する形で行われているロシア帝国領土全土の奪還はそう簡単な事では無かった。
「しかし、ウクライナの奪還には手こずっており、どんなに早く見積もっても、占領は10月になるかと」
「ふむ。そうか」
ロストフは唸る。
モスクワの奪還は予定より早く終わったものの、肝心の穀倉地帯たるウクライナの奪還は時間が掛かっていた。
しかし、現在ロシアは満州撤退を条件に日本から支援を得ており、新たな穀倉地帯を得る為にも早急にウクライナを奪還する必要があった。
「ウクライナ派遣の軍に増援を送ればどの程度で奪還できる?」
「それは・・・場合にもよりますが、9月頃になるかと」
「では、そうしろ。西部侵攻軍の6割近くを投入しても構わん」
そのロストフの言葉に閣僚達はざわめいた。
現在、ウクライナ奪還は西部侵攻軍の4割を投入して行われており、6割投入となると、他の戦線に穴が空く危険が有るからだ。
「流石にそれは・・・」
「他の戦線に穴が空く危険が有ります」
閣僚達は口々に危険性を唱える。
だが、ロストフは意に返さなかった。
「いや、ここは危険を犯してでもウクライナを占領する。幸い、ヨーロッパ各国軍は本国に向かって撤退している所が多い」
その点を突くロストフ。
確かに冷戦時と比べれば、旧ロシア領土に派遣されているヨーロッパ連合各国の軍は少なくなっていた。
これは先のヨーロッパ連合崩壊によって、軍を自国に戻そうという動きが急速に広まった為である。
だが、逆に言えば撤退していない国の軍もあるという事でもある。
そして、その内の1つにロシア軍最大の宿敵たるドイツ軍の名があった。
「ですが、相手は主にドイツ軍です。下手に軍を動かすと、大損害を被る可能性も」
そう、ドイツ軍が居なければ、そもそもウクライナでロシアが苦戦する事も無かったどころか、今から1ヶ月後もすればウクライナ奪還が可能だったかもしれない。
だが、現実にドイツ軍が残っている以上、下手に軍を動かすのは得策とは言えなかった。
「だが、ドイツも本国が危機的状況にある。士気も低くなっているだろうし、既に撤退している部隊もあると聞いたが?」
ヨーロッパ連合が崩壊した後、宗主国であったドイツも、その危機的状況からは逃れられなかった。
故に、ドイツ軍も各国から自国に軍を戻していた。
この点は間違いは無いのだが、半ば生命線となっていたロシア・ウクライナだけは例外だった。
ここから撤退すると、ドイツの国力は凄まじい勢いで衰退してしまう為、撤退の選択肢はないに等しかった。
故に、ロストフの言葉は検討外れだとも言えた。
が、本国周辺の混乱のせいで将兵の間に動揺が広がっていると言うのも、また確かだった。
「・・・」
「・・・では、好きにやりたまえ。その代わり、確実に10月までには攻略を終えるように」
ロストフのその言葉に、国防大臣は黙って頭を下げるしか無かった。
西暦1965年8月15日時点での大日本帝国海軍在籍艦。
空母・・・鳳翔型(鳳翔)、神鳳型(神鳳、海鳳)、神龍型(神龍、白龍)、大鳳型2隻(大鳳、白鳳)、翔鶴型1隻(瑞鶴)、雲龍型7隻(雲龍、葛城、笠置、阿蘇、生駒、六甲、剣龍)。
戦艦・・・大和型2隻(大和、武蔵)、加賀型1隻(加賀)、長門型1隻(長門)、金剛型3隻(金剛、比叡、榛名)、扶桑型1隻(山城)。
巡洋艦・・・青葉型(青葉、加古)、衣笠型(衣笠、古鷹)、富士型(富士、浅間)、穂高型(穂高、新高)、伊吹型4隻(伊吹、鞍馬、鈴谷、熊野)、高雄型4隻(高雄、愛宕、麻耶、鳥海)。
駆逐艦・・・睦月型8隻(残りは建造中)、白露型8隻、朝潮型10隻、夕雲型20隻、陽炎型15隻、吹雪型19隻、秋月型9隻。
潜水艦・・・伊500型潜水艦3隻、伊100型潜水艦12隻、伊400型潜水艦6隻、伊300型潜水艦32隻(改含む)。




