第30話 中国戦争 その3
七式戦車
現在(1961年)最新式である16式戦車の1つ前の戦車。ほぼ史実61式戦車を踏襲してはいたが、砲塔は105ミリ砲に変わっており、砲力は上がっている。が、反面車体が40トンと史実(35トン)より重くなっている上に、スピードも史実(45キロ)より遅い40キロとなっている。ちなみに行動距離は史実(200キロ)とほぼ同じ。
西暦1961年 10月2日 ドイツ ベルリン
ドイツ総統、シュタイナーは部下から中国方面のニュースを聞いていたが、その表情は厳しかった。
「・・・つまり、中華民国はロシアに呆気なく蹴散らされ、日本には沿岸部占領と海上封鎖を同時に行われている、と?」
「はい、中華民国にとって戦局はかなり厳しいようです」
シュタイナーの言葉に部下はそう答えた。
「しかし、中華民国はチベットやウイグル侵攻を行う為に我が国に支援を求めた筈では無かったのかな?どうしてこうなった?」
転移メンバーの読み通り、ドイツは確かに中華民国に支援していた。
しかし、元々、ドイツは中国進出の過程で邪魔になってくるチベットやウイグルを潰す為にそれらの支援を行ったのであり、間違っても日本やロシアという大国を相手にする為に支援したのでは無かったのである。
「分かりません。おそらく、兵器を与えた事で気が大きくなっていたのかと」
部下はそう推察していたが、これは半分は事実であった。
中華民国はドイツの兵器を与えられた事で、日本やロシアに対抗できると考えてしまっていたのだ。
もっとも、流石に政府首脳クラスになると、それだけでは対抗できない事は理解していたが、肝心の蒋介石が浮かれていた為か、その勢いに流されるように動いてしまったのだ。
「・・・中国進出は失敗か?」
「・・・残念ながら」
シュタイナーの言葉に部下はそう答えるしか無かった。
そして、シュタイナーは『そうか』と軽く答えながら、天井に顔を向けた。
「ナチスも、あと10年程で終わりかもしれぬな」
此方も転移メンバーの予想通り、ナチスはもはや崩壊寸前だった。
内部分裂に国民の不満。
まるで史実のソ連崩壊一歩手前のような状況だった。
そして、起死回生とばかりに行った中国進出も事実上失敗した以上、ナチスは10年以内に崩壊し、ドイツは冷戦の陣営から真っ先に脱落する。
そう、シュタイナーは予測していた。
「流石にそれは・・・」
部下もなんとなくシュタイナーと同じような予測はしてはいたが、立場上、シュタイナーの予測に賛同するのは憚られた。
だが、シュタイナーは苦笑しながらこう言った。
「いや、良いんだ。それが現実なのだからな」
シュタイナーはそう言いつつも、肩を落としていた。
◇西暦1961年 10月5日 アメリカ合衆国 ワシントンD・C
一方、ドイツ程ではないが、アメリカもまた、中国での情勢に焦っていた。
「やはり、困難か・・・」
アメリカ大統領、ジョセフ・F・ケネディは苦渋の表情を造りながら報告書を見ていた。
中国戦争勃発後、何かと介入の機会を伺っていたアメリカであったが、それはなかなか困難なのが現状だった。
それはそうだろう。
アメリカが中国の問題に介入するには太平洋か、あるいは大西洋を抜けてインド洋から支援しなければならないが、前者は完全に日本の勢力範囲と化しているし、後者もドイツや一部の日本勢力圏が完全に邪魔になっている。
更にアメリカにはそれ以外にも様々な問題があった。
その1つに軍部の増長がある。
2度の太平洋戦争で日本にボコボコにやられ、更にはアメリカ国内で内戦が起こった為か、アメリカ国内では後者の解決を行った軍部の勢力が高まりつつあった。
現在はアメリカのシビリアンコントロールによって、なんとか抑え付けていたが、いつまでそれが持つかどうかも分からなかった。
「せめて軍拡をなんとか止められれば、経済復活は可能なのだが・・・」
ケネディはそう言いながら溜め息を着いた。
現在のアメリカの軍拡はアメリカ全体のGDPの10パーセント以上を持って行われており、経済を圧迫していた。
お蔭で日本を圧倒できる(と思われる)程の戦力は手に入れられたものの、このままでは経済の復興など夢のまた夢であった。
しかし、軍拡をやらなければ自分は大統領の座から滑り落ちてしまう。
何故なら、史実と違い、アメリカは戦勝国の部類に入っているとは、口が裂けても言えない状況であった為、ここら辺で軍縮をしても大丈夫、という判断材料がなく、軍拡をする事でしか安心感を得られなかった。
それは政府よりも、むしろ国民の方がその考えが強く、過去に軍縮を主張した政治家は瞬く間に支持を失うという事態にまで発展していた。
また、曲がりなりにも軍拡によって軍需が増大になっている為、失業者の割合が軽減しているというのも、この動きに拍車を掛けていた。
だが、反対に民需の方はあまり発展していない。
それどころか、中には海外に工場を移転している会社もあり、産業の空洞化を招きそうになっていた。
もっとも、そこは流石アメリカと言うべきか、産業の空洞化、というところまでは未だいっていなかった。
なので、一応は民需の再建も可能と言えば可能だった。
「日本かドイツ、どちらかを味方に付けるか?」
それは現在のところ、大変魅力的な提案だった。
今の状況では海外進出をするにも一苦労である為、それならいっそのこと何処かと手を組むというのは正しいように思われた。
だが、日本と手を組む場合、大きく問題があった。
「まず日本と手を組む事には、先の戦争の被害者遺族の人間が反対に回るだろうな」
そう、第一次、第二次太平洋戦争によってアメリカの軍人は日本軍によって多数殺されていた。
まあ、これ事態は戦争である以上、仕方のない事であったのだが、人間はそう簡単に割り切れるものではない。
そういう意味で戦争の被害者遺族というのは非常に厄介な存在だった。
家族を殺された、という同情を買えるからだ。
そして、そんな日本と手を組もうとする自分は、政治家から引きずり下ろされてしまう可能性が高い。
だが、ドイツと組むというのもまた問題があった。
「しかし、ドイツと手を組むとなると、今度はユダヤロビーの反感を食らってしまう」
そう、この世界でもヒトラーは史実同様にユダヤ人の迫害や民族浄化などをやっていた。
更に史実と違ってナチスドイツは未だ健在である為、ヒトラーはドイツの英雄となっており、必然的にドイツに対する目も厳しくなっていた。
まあ、それでも国民に反発されるよりはマシかもしれなかったが、ユダヤロビーも無視を出来ない存在ではあった。
「さて、どうしたものか」
ケネディは悩んでいた。
◇西暦1961年 10月13日 大日本帝国 帝都
「結構、あっさり終息しそうですね」
会合の場で青木がそう言う。
議題は中国戦争の事であった。
日本軍の沿岸部占領作戦とロシアの南下というダブルパンチにより、中華民国は一気に青息吐息となった。
だが、1つ重大な問題が起きていた。
「しかし、中華民国はもはや無政府状態だぞ」
春川がそう言った。
そう、それが中華民国の現状だった。
満州という莫大な国益を得る地を失った事と、沿岸部という交易の場所を同時に失った事で、中華民国政府への求心力が急速に低下していた。
そして、それは回り回って中華民国の無政府状態へと繋がり、現地の治安を悪化させていた。
「こうも治安が悪化しているとなると、この状況で日本が撤退すれば、こちらにも飛び火してしまう可能性が有りますね」
「それは不味いな。なんとか封じ込めないと。・・・とは言え、こちらもいつまでも軍を大陸に派遣している訳にはいかないしな」
「各国の軍隊を治安維持に派遣させるのはどうだ?治安維持くらいなら使えるだろう」
「・・・本気で言っているんですか?」
有村の提案に青木は呆れたようにそう言った。
有村はムッとしながらも、青木に対して反論する。
「じゃあ、どうすれば良いんだ。治安維持に重要なのは兵士の気質も有るだろうが、数が足りなくて治安が悪化したというケースもある」
有村の言っている事も正しかった。
そう、何も治安維持というのは兵士の気質という問題だけではない。
数というのも、重要なファクターなのだ。
過去、治安維持の部隊が出掛けた、あるいは少なくなったというだけで暴動などが起きた、という例も少なくはない。
「では、各国共同で治安維持を行う、というのはどうですか?」
「・・・やっぱりそれしか無いだろうな。ついでに史実の南京政府みたいな傀儡政権を創れば最適だろう」
岡辺の案に夕季は条件を加えつつも賛同する。
確かに夕季の言う通り、ここで史実の南京政府のような傀儡政権を創れば、少なくとも日本本土が西から脅かされるのはほぼ無くなると言っても過言ではない。
まあ、とは言っても、一度無政府状態となった以上、纏めるのは数年掛かるかもしれなかったが、試してみる価値は十分にあった。
「じゃあ、夕季さんの提案で行きましょうか」
かくして、日本もまた動き出した。
◇西暦1961年 10月25日 ロシア ハバロフスク
各国が動き出そうとしているロシアもまた閣僚会議を開き、今後の方針を話し合っていた。
「そうか。満州方面は順調か」
ロコンスキーは満足そうに頷いた。
「はい、問題は日本からの提案なのですが・・・」
「確か彼らの要請は纏めるとこうだったな。『満州でロシア主導の利権や傀儡政権を築く事は認めてやる。だから、こちらに協力しろ』、と」
「まあ、要約するとそうなりますな」
転移メンバーはロシア相手にも手を打っていた。
要は満州での利権は認めるので、中華民国の治安維持に協力してくれ、という提案をロシアに行ったのである。
正直、ロシアに満州の利権を渡すのは後々の危険になるかもしれないという見方もあったが、今は中国問題を解決するのが先と割りきったのである。
そして、この提案はロシアにとって大変魅力的な提案だった。
ロシアが満州の直接占領を目論んでいる、という事実が無ければ。
「提案は大変魅力的だが、不都合な点も有るな」
「はい、おそらく日本は我々が満州の直接占領を行うつもりなのをなんとなくですが読んでいるのでしょう。だから、ロシア主導の利権で手を打とうとしている」
その閣僚の推察は正しかった。
まあ、転移メンバーも、ロシアが本気で満州の直接占領を望んでいるとは思ってもいなかったのだが、念のために釘は刺しておこうと考えたのだ。
「しかし、ここで日本を怒らせるのは流石に不味いです」
「分かっている。だが、我々にも食料の確保という問題がある。なんとか一年や二年だけでも満州の直接占領は認めて貰わなければな」
「・・・それならば、満州の石油の利権を餌にするのはどうでしょうか?」
閣僚の1人が提案を行う。
「なに?」
「だが、日本では既に石油を自前で供給出来ると聞いたぞ?」
「その通りです。ですが、問題も起こっているようです」
その閣僚の言った通り、確かに日本は石油を自前で供給出来たが、問題も起こっていた。
それは環境問題だった。
日本本土では当然の事ながら石油の採取と共に、製油所などが建てられている。
しかし、この製油所がくせ者なのだ。
史実でも、日本はこれによって様々な公害問題を引き起こしていたが、それはこの世界でも変わらない。
いや、むしろ、史実よりも製油所が建てられる数が多いせいか、問題が深刻化していた。
更にこれに加えて、鉱物資源などの採取や加工も行っていたのだから尚更だった。
勿論、転移メンバーも座してこれを傍観していた訳ではない。
様々な対策を取っていたが、それでも問題が解決していないところは所々に存在していた。
何故なら、転移メンバーがどう頑張ったところで、『日本が狭い』という点は変わらなかったのだから。
まあ、こればかりはどうしようも無い。
転移メンバーは神でも魔法使いでも無いのだから。
が、せめて日本がインドネシア程の広さであれば、問題も殆どを解決できただろう。
「・・・なるほどな。石油の採取が可能になった今も、東南アジアなどから石油を輸入しているのはそういう訳だったか」
現在、日本は環境問題の軽減の為に東南アジアからも石油などの輸入を行っていた。
もっとも、これは東南アジア諸国の日本に対する貿易赤字を軽減する事で、現地の不買運動などを避ける意味合いも持ってはいたが、そういった国内問題も大きく関わっている事は確かだった。
「という事は満州の石油を餌に日本を取り込むというのは可能か」
「はい。まあ、それでも我が国が満州を丸々取り込むというのは他の国からの反発も有ると思いますが、日本を取り込んでしまえばハードルは大分低くなります」
「そうだな。では、その方針で行こう」
こうして、ロシアの方針もまた決定された。
そして、数ヵ月後、日露共同宣言が成され、満州はロシアの目論見に近い形でロシアに取り入れられた。
8式戦闘機『天風』
最大速力1550キロ(マッハ1、26)。
航続距離2200キロ。
武装・・・30ミリ機銃2丁。空対空ミサイル3基。
備考
現時点(1961年)での最新鋭戦闘機である18式戦闘機の2つ前の機体。




