第16話 2度目の開戦
此方が正式な第15話からの続編となります。
西暦1945年
西暦1945年8月15日。
第二次世界大戦が終結した日でもあり、日本が負けた日でもある。
だが、この世界では日本は先の日米戦争以来、平穏な時を過ごしていた。
それはアメリカ、ロシア、ドイツ、イタリア、中国などの列強なども同然であり、多少の紛争は世界の何処かで起こっていたが、概ね平穏だった。
だが、ある現象により、それは破られようとしていたのである。
◇西暦1945年 9月2日 大日本帝国 帝都
「しかし、今年は誰も来なかったですね」
会合の席で青木は呟いた。
そう、10年に1度のペースで現れていた転生者が今年は現れなかったのだ。
「まあ、大日本帝国の運命はもう既に変わっているからな。小説とかの定番では、我々も今年の8月15日を持って消えていた筈なんだが・・・」
「それは、まだまだ日本の危機は去っていないという事だ」
春川の言葉に夕季は答えた。
「核戦力を持ったのに、か?」
そう、去年の7月26日、日本はマーシャル諸島にて核実験を成功させ、世界中に核兵器の所有を宣言していた。
勿論、各国は驚愕し、慌てて核開発に移ったのは言うまでもない。
ちなみにアメリカは戦争での損害などによって、史実よりも経済的に余裕が無いせいか、核開発は遅れていた。
そのせいで、史実では今頃は核を配備していたのが、この世界では実験すらまだだという始末だった。
「今は3つ巴の冷戦状態だからな。無理もないさ」
世界は史実と違い、3つに割れていた。
日本、ロシアを中心とする東側諸国、ドイツ、イタリアを中心とするヨーロッパ連合、アメリカを中心とする西側諸国。
ちなみにロシアが日本陣営に入ったのは、建国以来の恩もあるが、それ以上にアリューシャン列島やアラスカ南西部が日本の支配下に入っていた事で、アメリカとの中継線が絶たれてしまっていたからである。
ちなみに中華民国であるが、この国は何処の陣営にも属さなかった。
正確には属せなかった。
東側諸国からは揉め事を起こす原因として忌避され、ヨーロッパ連合からは白人ではないという理由で、そして、西側諸国からはアメリカを裏切ったという理由でそれぞれの陣営から忌避されており、実質的に孤立していたのである。
中華民国の近場である日本やロシアへの働きかけは熱烈だったのだが、太平洋戦争中の在中アメリカ人の末路を知っている日本としてはとても首を縦には振れなかった。
ロシアも右に倣えであった。
「史実ではキューバ危機なんてのも有ったからな。しかも、この世界では史実の広島や長崎みたいに実際に核を使った訳じゃない。核の事を“でっかい爆弾”にしか思っていない奴も居る」
史実では広島と長崎に原爆が落とされた事で、核の恐ろしさは広まっていたが、この世界ではそんなことは無く、夕季の言う通り“でっかい爆弾”程度にしか思っていない人間も居た。
これは不味いとは転移メンバーも感じてはいたが、現状、戦争が起こっていない以上、使う訳にもいかず、どうするべきか悩んでいた。
そして、転移メンバーが一番危機感を持っているのはなんとアメリカではなく中国だ。
史実では、自国の方が人間が多いから、アメリカと核戦争をやったとしても生き残れる、という史実の人間が聞いたらゾッとするような事を言う輩すら居たのだ。
その中国の隣人としては安心出来る訳が無かった。
更に中国よりマシとは言え、アメリカも安心できない。
キューバ危機の時、アメリカ空軍の人間を中心に先制核攻撃を行うべきだ、という輩が居た以上、此方も安心できる訳が無かった。
その為、彼らはイージスシステムの開発を急いでいた。
「イージスシステムは既に一部は完成していますが、やはり衛星が無い以上、性能に限界が有ります」
青木は西暦1942年8月に集積回路(IC)を完成させていた。
史実で集積回路(IC)が誕生したのは西暦1958年だから、この世界では16年も早く登場した事になる。
だが、それをもってしてもイージスシステムの開発は難しかった。
史実でイージスシステムの開発が打ち上げられたのは1960年代末。
そして、本格的に開発されたのは1970年代からなので、それより30年も早いこの年に開発するのは至難の業なのだ。
だが、青木や大日本帝国の技術者達の奮闘により、どうにか初歩的なイージスシステムは完成されていたが、オリジナルよりは性能は格段に落ちる。
まあ、それでも無いよりはマシだったが。
「まあ、衛星はどんなに早くても、1950年代になるだろうな。無理をして失敗するのも不味いし」
春川はそう言う。
これには他の転移メンバーも同意する。
「・・・それよりこの報告なんだが」
「ああ、小笠原などの島で油田が見つかったという報告だろう?」
「他にも山だった所が何時の間にか平地になっていたとか、鉱山が新たに見つかったとか、不可解な情報が多いですね」
そう、ここ最近、日本各地で油田が見つかったり、鉱山が見つかったり、作物を育てるのに良好そうな土地が発見されたりしていたのだ。
勿論、最初は誰も信じなかったのだが、実際にそれが発見されると嫌でも信じざるを得なくなった。
実を言うと、転移メンバーもこれには混乱していた。
当たり前だろう。
これは彼らの史実には無かった事態なのだから。
だが、同時にチャンスだとも思っていた。
日本は転移メンバーの協力もあって、史実よりも遥かに発展してはいたが、資源ばかりはどうにもならなかった。
だが、この現象のお蔭で資源を自給出来るかもしれないのである。
「油田の方は小笠原などの比較的本土から離れた島に有るお蔭で環境問題は史実よりは考慮しなくて済みますね」
そう、転移メンバーが気にしていた問題の1つは環境問題であった。
史実では、あまりの急激な発展の為に様々な公害問題を引き起こした。
水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病などである。
しかし、小笠原は人は住んではいるが、本土に比べれば人口は少ない為、この被害を軽減する事が出来る。
もっとも、鉱山や出現した油田の一部は本土に存在するが、それは気を付けながら採掘を行うしかない。
「まあ、これが史実中国だったら、第2列島線とかなんだかんだ言い掛かりを着けてぶん取ろうとしただろうがな」
有村の言葉に他の転移メンバーは苦笑していた。
実際、平成日本で同じ事が起きていたら、まず中国が文句を言ってきた挙げ句にぶん取る事を画策するだろう。
それぐらいの事は容易に想像できた。
だが、この世界だったら話は別だ。
日本の軍事力が強いこの世界ならば、仮に中国が何か言ってきても『自国領内で採掘しているんだが、何か文句でも有るか?ああ!?』という態度で返す事が出来る。
「さて、頑張りますかね」
かくして、日本も動き出す。
だが、転移メンバーは知らない。
そう遠くない内に、とんでもない事が起きる事を。
◇西暦1945年 12月20日 アメリカ合衆国 ワシントンD・C
ウィルキーはある報告書を読みながら、前に立っていた国務長官に尋ねた。
「国務長官。例の物は日本に渡したかね?」
「はい。ですが、本当にあんなものを向こうに渡して宜しかったのですか?」
「構わん。あと9日で停戦期間は切れる。そして、原爆もあと1ヶ月後程で完成するとロスアラモスの連中も言ってきている。これを逃して開戦の機会はない」
実はウィルキーは対日戦の再開を目論んでいた。
5年前日本に敗れた事はアメリカの歴史上の汚点になると考えており、そのままにしておくと、アメリカの繁栄に支障が出かねないと判断していたからだ。
もっとも、それだけの理由ではアメリカは動かなかっただろう。
だが、日本国内で巨大な資源地帯が発見され、採掘されているとの情報を受けて、その考えは変わった。
正直言って、アメリカからしてみれば、日本はアメリカに実質勝っていたとは言え、無資源国家であり、その気になれば何時でも叩き潰せる相手であった。
だが、資源が自給できるとなれば話は別だ。
(早めに奴等を叩き潰さなければ、我が国は世界の覇者とはなれないだろう)
ウィルキーはそう考えていた。
だが、これはウィルキーだけが考えていた事ではない。
この当時のアメリカ上層部、ほぼ全てがそう考えていたのだ。
そう、つまり、アメリカは日本を明確にライバルと見なしていたのだ。
転移メンバーがこの状態を聞いたら『過大評価です!!』と全力で否定するだろう。
それこそ、土下座しそうな勢いで。
転移メンバーは日本本土とその周辺で資源が産出される事を喜んでいたが、何でもかんでもご都合主義とは行かなかったのである。
「国務長官、ドイツの方はどうだ?」
「はい。此方の誘いに応じるとの事です」
実はドイツとは第二次世界大戦が終わった時点から接触を持っていた。
その結果、ドイツが隙有らば、ロシアへの再侵攻を目論んでいる事も知っていた。
アメリカにとって、ドイツとの同盟はかなりの利益がある。
まずドイツと同盟を組んでいるうちは、大西洋に艦艇を割く必要が無くなり、太平洋に兵力を集中できる。
そして、ドイツとの技術交流も行われて、合衆国の技術力も向上する。
実を言うと、ロシアと手を組んで日本を挟み撃ちにする案も有るにはあった。
あわよくば更にドイツと組むのが理想的だったが、流石にそれは無理な話だった。
ドイツとロシアは数年前まで殴り合っていた。
ロシアはドイツがドイツ占領地に居る同胞を民族浄化している事を知っていたので、ドイツと仲良くするなどもっての他だったのだ。
そして、ドイツとアメリカが手を組んだ場合、ロシアは中立を保つ事なく日本と手を組むだろう。
何故か?
それは仮にドイツとアメリカが勝って日本が占領された場合、ロシアは東西が敵対勢力となってしまうからだ。
そうなってしまえば、ドイツを見るに、冗談抜きで民族滅亡の危機となってしまう可能性が高い。
そうなるくらいならと、日本と手を組む可能性は十分にあった。
もっとも、アメリカがロシアと手を組んだ場合、その逆、つまり、ドイツが日本と組む可能性もまた然りだっただろう。
何故なら、挟み撃ちにあって日本が潰された場合、ドイツもまた、東西を敵対勢力に挟まれてしまうのだから。
ウィルキーはどちらと組むか迷った結果、ソ連と戦って勝ったという実績があるドイツを選んだのだ。
「それと、オーストラリアには?」
「既に話はしてありますが、参戦については態度を保留しております」
アメリカは参戦にオーストラリアも巻き込むつもりで居た。
だが、オーストラリアは日本の南進を招くとして態度を保留していた。
当たり前だろう。
仮に最終的にアメリカが勝つとしても、その前にオーストラリア本土が蹂躙されてしまえば意味が無いのだから。
「まあいい。我が国が勝てば良いんだ」
アメリカが日本に対して優勢になれば、きっとオーストラリアもこちら側に立って参戦してくる。
ウィルキーはそう読んでいた。
アメリカが日本に対して優勢に立てる根拠は2つある。
1つは先程言った原子爆弾。
これは日本も保有しているが、アメリカの方が日本より国力、経済力共に勝っているので、最終的には核の撃ち合いになってもアメリカが勝つ。
そして、2つ目は空母の数だ。
現在、アメリカは西海岸に空母9隻(アメリカ級(史実のミッドウェー級)2隻、エセックス級6隻、エンタープライズ)、東海岸に7隻(アメリカ級1隻、エセックス級6隻)を保有している。
更にその気になれば、2年で同等程度の艦艇を揃える事が出来る。
「さて、日本よ。精々足掻け」
そんな大魔王のようなセリフを吐きながらウィルキーは笑っていた。
◇西暦1945年 12月25日 大日本帝国 帝都
史実平成日本ならばクリスマスの夜。
だが、転移メンバーにそんなものを味わっている余裕は無かった。
「嘗めてるんでしょうかね?」
青木は開口一番、そう言った。
それは無理もない。
何故なら、アメリカが避戦の条件として出してきたのは、一言で纏めればこういう物だった。
『日本本土を含む日本の全領土を明け渡せ。そして、日本人は全てその地から立ち退くべし』である。
はっきり言って、ふざけているとしか思えないこの条件は、ハナからアメリカには避戦の意思が無いという事はありありだった。
「原爆が完成したから調子に乗っているんだろう」
転移メンバーもそろそろアメリカも原爆を完成させる頃と思っていた。
だが、手にした途端にここまで調子に乗るとは思っていなかったのである。
「やむを得ないな。開戦しかない」
「ああ、それとアラスカの部隊は撤退させるしか無いな」
アラスカには日本陸軍2個師団が駐留していたが、その程度の数では押し寄せてくるアメリカ軍に抵抗しきれないだろう。
よって、現状では撤退させるしか道が無かった。
「だが、ただで撤退させるのも面白くない。“置き土産”は置いておこう」
夕季は悪い笑顔を浮かべながらそう言った。
結局、停戦が開けるまで交渉は続けられたものの、最終的に決裂した。
その間も転移メンバーは開戦の準備を行っていた。
そして、西暦1945年12月30日、日米は2度目の開戦を行う事となる。
・この時点での大日本帝国の領土と勢力
領土・・・日本列島、千島列島、樺太、台湾、パラオ、トラック諸島、マリアナ諸島、マーシャル諸島、ウェーク、ミッドウェー、アリューシャン列島、アラスカ南西部。
勢力・・・保護国、フィリピン、インドネシア、ベトナム、ビルマ、カンボジア、ラオス、大韓帝国 スリランカ。
友好国、ロシア。




