第13話 欧州の不穏
100式戦車
最大速力35キロ。
武装・・・90ミリ砲1門、12、7ミリ機銃1丁。
防御・・・正面90ミリ、側面70ミリ、背面75ミリ。
備考
日本陸軍の最新鋭戦車。ドイツ軍のティッガーIとも殴りあえる性能を持つ。
西暦1940年 7月2日 ドイツ ベルリン
大平洋で日米が激闘を繰り広げていた頃、ヒトラーは微妙な顔をしていた。
フィンランド攻勢は大方の予想に反して頓挫。
やむを得ず、コラ半島からノルウェーを攻める作戦に変更したものの、そこからも大変だった。
イギリス軍はコラ半島が落ちた時点でノルウェーから撤退していた。
度重なるノルウェー軍や市民が行うゲリラ戦に、遂に心が折れたのだ。
そこにドイツ軍が攻め込んだ訳だったが、現在はイギリス軍と同じような泥沼の戦いとなってしまっていた。
ここでドイツ軍にも海上戦力が有れば話は別だったのだが、生憎、2年ほど前にイギリス軍の奇襲を受けて全滅したり、その後は潜水艦に生産を絞ったりしていたので、海上戦力など皆無だった。
「海上戦力の再建を進めねばならないが・・・」
ソ連と戦っている最中は不可能な話ではあったが、現在では対ソ戦は防衛にシフトしており、ソ連軍の撃退を続けている。
しかし、バクー侵攻作戦、そして、アシカ作戦も開始されようとしている今、海軍に咲く予算は殆ど残っていない為、事実上、ドイツでの再建は不可能と言える。
となると、方法は1つだけしか無かった。
「イタリアに頼むしか無いのか」
ヒトラーは顔をしかめながらそう言った。
そう、イタリアはあんなに負け続けていても列強だ。
特に海軍に関しては、水上艦艇のみを言えばドイツを凌駕すると言っても良かった。
最近はリットリオ級戦艦が就役しており、2年前のジャッジメント作戦で大損害を受けたイタリア海軍は徐々に復活しつつあった。
当然の事ながらイギリス海軍もそれに危機感を抱いており、何度もジャッジメント作戦の二番煎じを行おうとするも、警戒していたイタリア軍によって悉く失敗していた。
イタリア軍としても一度復活した戦力を同じ手でまた損失するなどという事は絶対に許容できないのだ。
「大丈夫か?」
しかし、流石のヒトラーもこれまでのイタリアの醜態から、イタリア海軍に期待しても大丈夫なのかという疑問を抱いてしまっていた。
仕方の無い事ではあった。
実際、イタリアは史実でも今回の歴史でもドイツの足を引っ張り続けていたのだから。
悲しい事実だが、むしろ信用できると考える方が無理な話だった。
だが、有力な海軍国の味方がイタリアしか居ない以上、背に腹は変えられない。
「せめてアメリカを此方の陣営に引き込めていれば・・・」
ヒトラーは歯噛みしながらそう言った。
ヒトラーの計算としてはアメリカでの工作の結果、日本へ戦争を仕掛けさせ、頃合いを見て自分達の陣営に引き込むつもりだったのだ。
日本という共通の敵を持つ以上、それは夢ではないとも思われていたのだが、アメリカは首を縦には振らなかった。
当たり前である。
そもそもアメリカはあの工作がドイツの仕業であるという事は気付いており、敢えて見逃していたのだ。
日本に責任を押し付けたのも、ドイツと戦えば自分達の国も大損害を被ると考えたからで、ドイツに味方する為という訳では無かったのだ。
更にドイツに味方するという事は当然の事ながらイギリスの不孝を買う。
そうなれば、イギリスがアメリカに対して宣戦布告をしてくる可能性も否定できなくなるので、現状、日本相手に苦戦しているアメリカがそんな愚を犯す余裕がある筈もなかった。
まあ、工作がバレていなければ話は違っていたかもしれないが。
だが、自分の工作がバレている事をヒトラーは知らない。
故に、自分の工作が上手くいかない事に苛立つ。
加えて、ここ最近では日本に苦戦しているお蔭で工作員に対する取り締まりが厳しくなっており、ドイツ系の工作員も次々と拘束されていた。
その為、更なる工作は難しくなっていた。
ちなみに日本も白人系の工作員を忍ばせていたが、此方も少なくない数の人間が消されており、暫くは活動を自粛せざるを得ない状況であった。
「まあ良い。アシカ作戦を実行すれば大勢は決する。それが連合国の最期だ」
ヒトラーはそう言って不気味な笑いを浮かべていた。
◇西暦1940年 7月16日 大日本帝国 帝都
アリューシャン列島東部攻略は成功した。
ウムナク島、ウナラスカ島、ウニマク島の3島は無事に占領し、アラスカへの道は開けた。
日本軍は基地航空隊の反撃によって瑞鳳を大破させられ、更にアメリカ海軍が残存していた巡洋艦を主力とする艦隊を使って、第1次ソロモン沖海戦の時の日本のように殴り込みを掛けてきた為、その迎撃に当たった第4巡洋戦隊(青葉、衣笠、古鷹、加古)の内、加古が沈没し、青葉が大破させられる損害を受けた。
他にも駆逐艦5隻が沈んでしまい、護衛艦艇にはそれなりの損害を受けてしまったが、結果として輸送船団は何とか守られ、同時に襲ってきた米海軍は海戦の翌日に第2航空艦隊からの追跡を受け、全滅していた。
この小さいのか大きいのか分からない損害を受け、結果的にアリューシャン列島全体の制圧に成功した日本軍だったが、転移メンバーは別の事で頭を抱えていた。
「まさか、アメリカが鼠輸送をやってくるとは・・・」
そう、アメリカが遂に鼠輸送擬きをやり始めた事だった。
アメリカ本土からハワイに行く輸送船がめっきり減り、代わりに駆逐艦や潜水艦が出没するようになっていた為、転移メンバーはすぐにこれがアメリカの鼠輸送だと気付いた。
なんせ、史実では自国がやっていたのだ。
気付かない筈がなかった。
だが、問題なのはそれに対して有効な対策が無い事だった。
まさか通商破壊に就いている潜水艦で米駆逐艦に殴り掛かれとは言える筈もない為、必然的にそれ以外の方法となるのだが、良い方法が思い浮かばなかった。
史実のガダルカナル戦と違い、駆逐艦が輸送する対象地に敵対する航空隊も艦船も存在しない為、ろくな妨害は出来ない。
不幸中の幸いなのは、駆逐艦や潜水艦では輸送出来る量はたかが知れているという事だが、それとて塵も積もれば山となる。
「第1航空艦隊を使ってもう一度真珠湾攻撃をやるか?」
夕季は再度の真珠湾攻撃を提案する。
太平洋に稼働できる空母が無い今、真珠湾に居るのは精々が基地航空隊。
更にその基地航空隊も情報収集によると、満足な補給が得られていないと聞く。
その情報が確かならば、大した被害は受けない事が予測される為、攻撃成功の可能性は高い。
そして、攻撃が成功すれば、折角再建しかかっていたハワイが再び破壊される為、心が折れたアメリカがハワイ放棄を行う可能性も出てくる。
そうなると、日本はほぼ無傷でハワイを占領する事が出来る。
勿論、アメリカもただで渡すつもりは無いと思われるので、何らかの“置き土産”を置いていく可能性が高かったが。
だが、青木は別の案を提示する。
「有栖川さんの言っている事も魅力的ですが、私からはこのままアメリカに好きにさせる事を提示します」
絶句した。
流石に他の転移メンバーにも予想外であったからだ。
だが、青木は構わず続けた。
「我々が妨害してハワイに増援を止めさせるという事は、ハワイに向けられるリソースがアメリカ本土に留まってしまう事になります。その状態で我々がアラスカ攻略を始めれば、アラスカにリソースが集中するようになるでしょう。しかし、我々が放置していれば、半ば成功しているが故に切り上げる大義名分が無くなり、ある程度のリソースがハワイにも向けられ、その結果、アメリカはリソースをハワイとアラスカに分散する事になります。故に、何処まで効果は有るか分かりませんが、それがベストかと」
青木の大胆な提案に転移メンバー一同は絶句した。
それはそうだろう。
敢えて敵の増強を見過ごすなど、普通は考えない。
だが、一理はあると感じた。
アメリカにとってアラスカは本州、ハワイは準州とは言え、どちらも容易に見捨てて良い場所ではない。
だが、青木の言っている通り、ハワイ再建がもはや無理だとアメリカ側が判断すれば、アメリカは半ば本土に引きこもる形となり、アラスカ攻略を行った際の障害が増える可能性があった。
だが、ハワイ再建に希望を見出だせば、リソースのある程度はハワイに割かれる事になるだろう。
アメリカの国力からしてどれほどハワイに割かれ、アラスカに向けられるリソースがどれほどかは分からないが、少なくともアメリカがハワイを見捨てた時よりはアラスカ攻略への障害は小さいものとなるだろう。
そう考えれば、青木の言っている事も間違ってはいない。
だが、同時に問題も残る。
ハワイにリソースが割かれるという事は当然の事ながらハワイ再建は進んでしまう為、此方がハワイを攻略を行う場合の障害が大きくなる。
また、敵の艦隊が再建された後の拠点となる可能性が高いので、転移メンバー達が計画している中部太平洋攻略に悪影響が生じる可能性もあった。
いや、十中八九生じるだろう。
もっとも、現在はアメリカ太平洋艦隊そのものが消滅しているので、青木の提案を否定する要素は今のところは無かったが。
「なるほど、じゃあ、それを採用しよう。そして、時期を見てハワイ・西海岸間の通商破壊を縮小。アラスカ・西海岸間の通商破壊を重視させる。これでどうだ?」
「「「「異議なし」」」」
かくして、転移メンバーの方針は決定された。
◇西暦1940年 8月10日 イギリス ロンドン郊外
「何故、こうなった」
イギリス首相、チャーチルは呆然とした表情でロンドン郊外から燃え上がるロンドンの街並みを見ていた。
遡ること9日前の8月1日。
ドイツは再びイギリスに対して空襲を仕掛け、第2次バトル・オブ・ブリデンが始まった。
だが、前回と違い、ドイツ軍は爆撃機に急降下爆撃機ではなく、新たに開発した重爆撃機を投入していた。
これには理由がある。
まず第1にヒトラーが急降下爆撃機に疑問を持ち始めていた事。
いや、厳密に言えば少量の爆弾しか積めず、航続距離も短い急降下爆撃機にヒトラーが業を煮やしたとも言える。
そして、第2に第2次バトル・オブ・ブリデンを行うに当たって、前回のバトル・オブ・ブリデンを見直した結果、急降下爆撃機で何度も往復攻撃をするのは効率が悪かったとヒトラーは考えた。
なので、ゲーリングの反対を握り潰しながら空軍に重爆撃機の開発を命じ、その結果、史実に無かった新型の重爆撃機が完成していた。
そして、今回はその初陣として第2次バトル・オブ・ブリデンに参加する事となった。
勿論、RAFも応戦したものの、前回と同じく徐々に押されていた。
イギリスは国内での反戦団体や革命勢力の増大を防ぐ為に徐々にだが、軍事予算を削減して内政に当てていた。
このイギリスの判断に間違いは無かっただろう。
革命や暴動が起きれば、戦争どころでは無いのだから。
だが、結果的に軍備は若干遅れる事となり、それが第2次バトル・オブ・ブリデンの敗北の原因となった。
そして、日が経つにつれてドイツの攻撃は激しくなり、反対にRAFの迎撃は低下していった。
流石のチャーチルもロンドンから脱出せざるを得なくなり、せめてバッキンガム宮殿に残っていた王族を待避させるべく動いたチャーチルだったが、この行動は少し遅かった。
ドイツはイギリス国民の心を折る為にバッキンガム宮殿攻撃を予定しており、今日がその日であった。
バッキンガム宮殿に向けて数機のドイツ新型爆撃機が1トン爆弾を投下し、それが爆発した後、バッキンガム宮殿は殆ど半壊と言っても良い状態となっていた。
そして、その報告を受けたチャーチルは自らバッキンガム宮殿に向かおうとしたが、側近に強引に拘束されてこのように郊外まで連れ出されていた。
「・・・」
チャーチルは燃えるロンドンの街並みを見ながら、これからの事を考えていた。
まずドイツが本土に上陸してくる危険性。
これは十分に考えられる事態だ。
イギリスは未だドイツを相手にすれば十分な戦力を有していたが、太平洋で日本が証明した通り、これからは空の時代だ。
ドイツが水上艦艇を上陸前にあらかじめ航空戦力を持って撃滅しようとしてくる事は目に見えている。
その隙を突いて、イギリス本土に上陸しようとしてくるだろう。
そして、仮にこれを撃退できたとしても、イギリス国内が荒らされる可能性は極めて高いので、ドイツに対して勝利する事はその時点で無くなり、良くて停戦、悪ければ降伏しなければならなくなる。
更にもう1つ、チャーチルには気にかかる事があった。
それは王族、そして、ジョージ六世の安否である。
半ばこの状況で王族が死んだとなれば、イギリス国民の心は本当に折れるだけでは済まされなくなり、最悪の場合、これを好機と見た反政府勢力が蜂起してイギリス本土が内乱に陥る可能性があった。
「陛下、どうかご無事で・・・」
チャーチルは必死にそう祈っていた。
だが、数日後、そんなチャーチルの願いを嘲笑うかのように、ジョージ六世がバッキンガム宮殿にて遺体で発見され、その他の王族も多数の人間が死傷している事をチャーチルは知る事になる。
そして、チャーチルが危惧した通り、反政府勢力が好機と見て武装蜂起を起こし、ドイツ軍が上陸する前にイギリスは内乱に陥る事となる。
90式酸素魚雷
備考
史実の93式酸素魚雷の改良版。最大射程を2万から1万に落としているが、その分整備性を向上させている。