第11話 日本の猛攻
96式重爆撃機
最大速力431キロ。
爆弾搭載量2トン。
航続距離3800キロ。
備考
日本空軍史上初めての4発機。
西暦1940年 5月15日 ハワイ・オアフ島 真珠湾
その日、真珠湾は燃えていた。
地上施設はおろか、停泊していた艦艇にまで大損害を受け、とてもではないが1ヶ月そこらでは完全に修復できない。
「何て事だ・・・」
オアフ島守備隊の兵士の1人が燃える真珠湾を見詰めながらそう呟いた。
何故、こんな事態になったのか?
その答えは簡単だ。
日本軍の空襲を受けたのだ。
第1航空艦隊は当初、ハワイから出撃してくる艦隊を迎撃するつもりであったが、太平洋艦隊が真珠湾に引き篭り始めたのを知った転移メンバー達は急遽、計画を変更した。
様子見の為に小笠原に駐留させていた第1航空艦隊を択捉島・単冠湾に移動させ、そこに待機させていた高速タンカーの船団と合流させ、ハワイに向けて出撃させたのだ。
その航路は史実では南雲機動部隊が通った航路であり、戦争中でも一番敵に発見されにくい航路だった。
更に運にも恵まれていた。
第1航空艦隊は史実と同じ航路を通ったのだが、史実と同じように誰にも通報される事無く、ハワイまで接近できた。
何度か哨戒機からの接触は受けたのだが、通報される前にレーダーに探知された米軍哨戒機を直援に付いていた戦闘機隊に撃墜させていた。
日本海軍が使っているレーダーは青木の開発と戦争での進化によって、編隊なら200キロ、単機なら150キロ先を探知出来るようになっていた。
そして、無線も海軍が艦艇の建造をギリギリまで我慢しただけあり、高性能のものが積まれていた。
これらの組み合わせによって、史実マリアナ沖海戦の米軍の防空体制に近いものが出来上がっていた事が、真珠湾攻撃を成功に導く一因ともなった。
当然、哨戒機を撃墜された米軍も帰ってこない哨戒機を見て不審に思ったが、特別警戒はしなかった。
何故なら、ここは米軍にとって最前線とは遠い後方地帯と思われており、将兵達の気が弛んでいた。
早い話が、史実のトラック大空襲寸前の日本軍みたいな状態だったのである。
そして、漸く事の重大さに気付いたのは、オアフ島に配備されていたレーダーに日本軍機が移り始めた頃だった。
急いで戦闘機がスクランブル発進を行ったが、既に遅かった。
アメリカのレーダーはイギリス同様、いや、それ以上に遅れを出しており、日本軍機の発見が遅れていたのだ。
そして、今回の真珠湾空襲に第1航空艦隊の一部の機体が新型機に変わっていた事も米軍の被害を増大させた。
結果的に司令部施設は跡形もなく吹っ飛び、飛行場は機体共々穴だらけとなり、艦艇も空母『レンジャー』と太平洋に配置されていた残りの戦艦6隻が全て撃破される事になった。
更にこれだけで終わりでは無かった。
空襲の数時間後に第1航空艦隊に付随していた第3戦隊(金剛、比叡、榛名)がハワイ沖に現れた。
そして、金剛と榛名を使い、空襲で破壊しきれなかったオアフ島の地上施設や艦艇を砲撃し、これを撃破した。
オアフ島には16インチ要塞砲が設置されていたが、先の空襲の際に新型機の1つである零式艦上攻撃機『水星』から投下された1トン爆弾により、既に破壊されていた(と言うより、その為にこの機体を急遽第1航空艦隊に配備させた)。
そして、比叡はと言うと、此方は金剛と榛名がオアフ島を攻撃した1時間後にマウイ島のラハイア泊地に到着し、砲撃を加えていた。
オアフ島と違い、此方は施設が小規模だった為か、艦艇もそれに見会うものしか無かった。
元々はここの攻撃は不要ではないかという意見もあったが、真珠湾が破壊された際の一時の代用にはなりそうだったので、念のために破壊しておく事にしていた。
そんな中で一部比叡に向かってきた魚雷艇なども居たが、比叡の高角砲や随伴の駆逐艦の砲撃に追い払われていた。
だが、その勇猛果敢振りは比叡艦長をして『彼らも我々と同じくらい勇猛だ』と言わしめた程であった。
そして、ハワイに破滅の炎を撒き散らした第1航空艦隊は日本に向けて帰路に着き、5月24日には横須賀に帰還した。
この真珠湾奇襲作戦によって、米太平洋艦隊は事実上壊滅し、太平洋は暫しの間、日本の海となるのである。
◇西暦1940年 6月3日 大日本帝国 帝都
「・・・ここまで行くと、流石に不気味ですね」
岡辺が呟く。
真珠湾攻撃が成功した5日後、日本軍はアリューシャン列島中部に存在するタナガ島とアタカ島に侵攻し、前者はその翌日の5月21日に占領、後者もその2日後の5月23日に占領していた。
そして、翌日には第3航空艦隊(旋鳳、東鳳、南鳳、西鳳、北鳳。北鳳は5月26日に第3航空艦隊の戦列に加わった)を主導にして、ミッドウェー作戦が行われる予定である。
「・・・確かに不気味だが、このミッドウェー作戦に成功すれば、我々は史実の“縛り”から解放される。まあ、元々俺は運命など信じてはいないがな」
実は夕季を含めて、転移メンバー達はある一種の恐れを抱いていた。
それは歴史の修正力。
小説などの物語でよく使われる言葉だが、それ故に転移メンバー達はそれに恐れを抱いてしまう。
まあ、夕季や春川など、一部のメンバーからしてみれば、ここまで世界史の歴史を変えておいて今さら何を、といった感じだったのだが、そうは思わない人間も居たのだ。
つまり、このミッドウェー作戦は転移メンバー達が史実という運命から決別する為の布石であったのだ。
巻き込んだ将兵には申し訳なく思ってはいるが。
「しかし、戦況全体を見てみると、フィリピンは陥落寸前。大陸方面は此方にB17が来襲するどころか、中華民国軍と交戦を始める始末。そして、米太平洋艦隊は消滅。・・・今のところ、負ける要素が殆ど無くなっていますね」
「だが、分からんぞ?ヨークタウンとホーネットは既に太平洋に来ているし、何やら怪しい動きを行っているみたいだ」
ヨークタウンとホーネットは太平洋戦線への戦列に加わった(と言うより、救援に来たという方が正しい)為、日本側も油断は出来なかった。
そして、ヨークタウンとホーネットが先日何処かに出撃したという情報は転移メンバーにも届けられていたが、具体的な位置が分からなかった。
それもその筈。
この作戦は超極秘にされ、転移メンバー達が恐れた通り、情報の伝達手段としてヒューミントを使っていたので、トランジスタにも引っ掛からなかった。
「やはり、アリューシャンでしょうか?」
「まだ断定は出来ないが、その可能性もある。もしくはハワイへの増援だろうな」
「しかし、後者だとしたら、いったい何処に増援を送るんです?ハワイの軍港は全て吹き飛んでいますよ?」
青木の言った通り、先の第1航空艦隊の急襲によって、ハワイの軍港は全て吹き飛んでいた。
まあ、普通の港の方は幾らか残っていたが、軍艦を整備できる施設が有るとも思えなかった。
「それを修理する為の輸送船の護衛という可能性もある。取り敢えず、出撃中の第3航空艦隊に警戒を促し、もしアリューシャンであれば、第2航空艦隊に迎撃を命じよう」
「しかし、前者は兎も角、後者は間に合いますか?第2航空艦隊は現在、アリューシャン列島東部攻略の為に幌筵に駐留しているんでしょう?」
現在、第2航空艦隊はアリューシャン東部攻略の為、幌筵島基地に駐留していた。
そこで上陸船団の到着を待っていたのだが、この分だと、それを待たずに出港させる必要が有りそうだった。
が、それでも間に合うかどうかは分からなかった。
「まあ、その点は守備隊に粘って貰うしかないだろう。問題は第2航空艦隊の戦力だな」
そう、ヨークタウンとホーネットを迎撃するにあたって、もう1つ問題がある。
それは戦力。
第2航空艦隊は軽空母4隻の計200機の航空隊を中核にしている。
だが、相手は正規空母2隻。
転移メンバー達の記憶ではヨークタウン級空母は約80機積めた筈なので、計160機という事になる。
勝てなくは無いだろうが、余程の幸運に恵まれない限り、此方の損害も大きいだろう。
いや、それどころか、運が悪ければ此方が負けてしまう可能性すら有る。
加えて、第2航空艦隊が消耗してしまうと、アリューシャン列島東部攻略が遅れてしまう。
まあ、第1航空艦隊を代わりに回すという手もあるが、アリューシャン列島は夏は霧が常に張っていて、冬は吹雪となるという航空隊を擁する空母にとっては過酷な地であるので、なるべく正規空母の投入は避けたかった。
「・・・そう言えば、第2次遣欧艦隊はもう帰還していたな。それをアリューシャン攻略に回せないか?そうすれば、アリューシャン攻略は少しの遅れで済まされるぞ?」
春川がそう提案する。
第2次遣欧艦隊は既に帰還していた。
その為、ある程度ならば北太平洋に回す事も出来る。
一見すると悪くない案だが、1つ問題がある。
「無理だ。第2次遣欧艦隊で帰還した空母は全て練習空母に回している。それを抜いたら不味い事になる」
そう、第2次遣欧艦隊で帰還した瑞鳳型空母は全部で3隻居るが、その全てが現在、練習空母に回されている。
何故か?
それは母艦機パイロットの育成の為であった。
母艦機パイロットの訓練は、当然の事ながら空母が居なければ成り立たない。
その為、史実と同じように鳳翔を練習空母に編入してパイロット育成を行っていたが、以前記述したように次々と竣工する空母に対しての母艦機パイロットの育成がかなり窮屈(場合によっては間に合わない)になっていて、とてもではないが鳳翔だけで練習空母を勤めるのは無理があった。
だからこそ、以前は正規空母まで投入して母艦機パイロットを育成していたのだが、その正規空母が前線に出るようになってしまい、また鳳翔だけとなってしまった。
その為、鳳翔に負担が集中し、鳳翔の乗員は休日(元々殆ど無かったものが戦時中で更に無くなっていた)返上を行って母艦機パイロットの育成に付き合っていた為、後に『鳳翔勤務は日本一ブラックな仕事』と呼ばれる程にまでなったという。
だが、第2次遣欧艦隊の帰還し、それらの空母を練習空母に編入する事で、ギリギリのところで母艦機パイロットの育成が間に合っている状態だった。
つまり、とてもではないが、練習空母部隊の空母は1隻たりともアリューシャン方面どころか、前線に配置は不可能だったのだ。
「そ、そんな状態になっていたのか」
そこまで事情を知らなかった有村は夕季の話を聞いて呆然としていた。
まさかそんな状況になっているとは思いもしなかったからだ。
「・・・意外なところで、問題が吹き出たな」
春川がそう言って新たな問題が吹き出た事に頭を抱えた。
だが、嘆いている時間はない。
なんとか今年中に最低でもアリューシャン、ミッドウェー(あわよくばハワイも)占領だけはやっておきたい。
来年になれば、アメリカは続々と空母を送り出してくるだろう。
そうなれば、徐々に此方がじり貧となっていく。
「しかし、国民は呑気ですね。まだ戦争は終わっていないのに」
岡辺がボソリと言ったが、それは事実だった。
財政を管轄する彼としては戦争が長引くのは宜しくないのだが、それとは裏腹に国民はまだ戦争をやる気満々であった。
なんせ、開戦僅か3ヶ月足らずで戦艦は10隻、正規空母は2隻を沈めていたのだ。
並の国ならばとっくの昔に降伏している数字である。
国民が自信を付けてくるのも無理はない。
まあ、問題なのはアメリカが“並”に入らず、“特上”の位に当たる国である事だ。
アメリカにとっては、これくらいならばまだ回復可能という程度のものでしかないだろう。
山本五十六は『これで講和の道筋が開けたのではないか?』と考えていたが、そんなものは転移メンバーからしてみれば甘い考えである。
「呑気じゃない状況なら大変さ」
有村は岡辺の言葉を聞いて、逆に考えていた。
国民が呑気でいられない状況であるのはどういう時か、と。
そんなものは決まっている。
戦災、地震、台風、噴火、津波。
日本で考えられるのはそんなところだが、いずれにしてもろくなものではない。
「そうですね。国民が緊迫している時というのはろくな事が起きていない時です。そう思えば、この状態も歓迎すべきなのですが・・・」
「調子に乗られるのも困るな」
青木の説明を繋ぐように有村が言った。
世間では軍の事を『無敵皇軍』、『世界最強』などという感じで称えており、その人気は鰻登りだった。
だが、同時に懸念も存在している。
それはアメリカと講和をするにしても、並の条件では日本の世論が頷かないのではないかという懸念だ。
なんせ、ここまで日本軍が無双しているのだ。
一般の国民から見れば、アメリカが弱いように感じてしまっているだろう。
そうなると、何故弱い方に譲歩しなければならないのかという声が広がってしまい、講和が成り立たなくなる可能性すらあった。
「やれやれ。まだ我々の仕事は多々有りそうですね」
岡辺はそう言いながら、苦笑していた。
零式艦上攻撃機『水星』
速力553キロ。
爆弾搭載量1トン。
航続距離2500キロ。
備考
後に零式シリーズと呼ばれる機体の内の1つ。94式艦上爆撃機と92式艦上攻撃機の後継機として開発された。史実の流星のように急降下爆撃も可能。




