第10話 日米開戦
試製百式地中型貫通爆弾
備考
元々は来るべきヨーロッパ大陸上陸作戦に向けて、相手の地下陣地を破壊する為に開発が進められていたが、急遽対米戦となってしまった為、そちらに投入される事となった。なお、“試製”となっているのは、まだ充分なデータがとれておらず、兵器としての完成体とは言えない為。
西暦1940年 4月2日 大日本帝国 帝都
転移メンバー達は今回も会合を開き、戦争の経過を報告しあっていた。
ちなみに夕季は少将に昇格し、陸上勤務になったので、ここに居た。
「順調ですね」
青木の言った通り、作戦は順調に進んでいた。
開戦初日に第一航空艦隊(蒼龍、飛龍、紅龍、洋龍が基幹)と高雄航空隊の連携によってフィリピンの米航空隊は壊滅し、地上施設にも多大な損害を与える事が出来た。
フィリピンに駐留していた艦隊は堪らずマニラ湾から出てきたが、その湾口付近に事前に接近していた日本潜水艦によって打撃を受け、更に翌日の第一航空艦隊の追撃によって完全に止めを刺される事になっていた。
結果、米フィリピン方面艦隊は戦艦・空母はおろか、巡洋艦も全て沈み、駆逐艦も2隻しか残らなかった。
そして、米満州方面艦隊に目を移すと、此方は第一航空艦隊とは別に編成された第2航空艦隊(瑞鳳、炎鳳、水鳳、海鳳)によって空襲が行われ、同方面に配属されていた戦艦2隻は大破、そして、その後に第2航空艦隊に付随していた第1戦隊(長門、陸奥、加賀)によって追撃され、3月21日に完全に撃滅されていた。
この両方面の戦いの結果、米極東艦隊は1週間も持たずに消滅したのである。
「これで沈めた戦艦は4隻、空母は1隻、か。開戦初頭にしてはなかなかの戦果だな」
「だけど、油断は出来ませんよ。戦艦はあと6隻、空母はあと2隻が太平洋に居るんですから」
開戦前、太平洋に居た戦艦は10隻、空母は3隻。
そう考えると、まだ半分以上が太平洋に居る計算となる為、青木の言っているように油断は出来ない。
「そうだな。これに加えて新鋭艦が竣工するんだったな」
史実の太平洋戦争中にはこれらの艦隊に加えて、新鋭艦が続々と竣工している。
が、幾らアメリカと言えども、いきなりポンと戦艦や空母を造れる訳ではない。
その体制にする為の事前の準備というものがあるのだ。
日本にとって、その事前の準備の間にどれだけ侵攻出来るかが今後の鍵となる。
「そして、今のところ占領したのはウェーク、グアム、フィリピンの一部か」
「第3航空艦隊は事前にマーシャル方面艦隊に編入してウェークを攻略させたからな。まあ、練度の面で心配は有ったんだが、被害が無くて助かった」
第3航空艦隊(旋鳳、東鳳、南鳳、西鳳)は比較的新しく編成された部隊であり、中には竣工から1ヶ月しか経っていない空母も有ったので、戦果を挙げられるか心配では有ったのだが、数の差で押し切る事でどうにかウェーク航空隊(と言っても、大した数は居なかった)を制圧していた。
そして、ウェーク、グアム、フィリピンの攻略であったが、ウェークは3月21日に陸上部隊が上陸、多少の抵抗はあったが、24日には米軍ウェーク島守備隊が降伏、攻略を完了していた。
グアムは3月22日に上陸、その日の内に守備隊が降伏し、陥落した。
そして、フィリピンは3月25日に上陸し、現在マニラに向かって進撃していた。
「ですが、情報によれば既にアメリカ太平洋艦隊の本隊が動き出そうとしているようですよ。そちらの備えは大丈夫ですか?」
「ああ。第3航空艦隊を一旦本土に引き上げさせて、第1航空艦隊を向かわせるつもりだ。第2航空艦隊は北方攻略に向かわせる」
「アッツとキスカ、だな。史実を知る身としてはあまり賛成は出来ないが・・・」
「しかし、順序的にここを占領しなければ、アリューシャン攻略の足掛かりは掴めない。史実のソロモンでラバウルからいきなりガダルカナルに飛行場を造った日本軍がどうなったか知らない訳じゃないだろう?」
史実のソロモンではラバウルの次にいきなりガダルカナルに飛行場を造った為、米軍が侵攻してきた時、すぐに効果的な反撃を行う事が出来なかった。
ガダルカナル奪還戦の始まりから暫くして、漸くブインやニュージョージア島などに飛行場を造り始めたが、時既に遅しだった。
要は何事も順序というものが必要だと言うことだ。
「しかし、大陸方面は大丈夫ですか?B17は多分居るでしょう?」
「まあ、居るだろうな。どれだけの数かは知らないが」
「・・・九州辺りが危険になりませんか?」
「なるだろうな。だが、そこは戦闘機で対処するしかない。幸い、此方はB29にも対抗できる戦闘機を備えてる。それにレーダーもある。初期対応がきちんとしていれば問題はない」
夕季も大陸方面にはB17が置かれている事は予測していた。
だが、B17を撃破する為だけに大陸の泥沼に嵌まる訳にはいかない為、放っておくに近い対応をしていた。
それが間違いかどうかはまだ分からないが。
「・・・そう言えば満州と言えば、大陸方面の諜報部から報告が有りましたが、中華民国軍に不穏な動きがある見たいですね」
「ああ、おそらく、米軍の補給が途絶えた事を知って牙を剥いているんだろ」
中華民国軍は正式にはまだ日本に宣戦布告をしていなかった。
その理由は意外にも朝鮮事変にあった。
戦術的には日本軍が勝利を治めた為か、中華民国軍はアメリカの力に懐疑を持ち始めていたのだ。
中華民国軍としては日本が位置的に近い為、宣戦布告して自分達の国土が蹂躙されるという事になれば、それは本末転倒の事態だと考えていた。
それ故に、未だ様子見をしていた。
本当に日本軍に勝つのかどうか。
だが、米アジア艦隊が1週間で消滅した事が判明すると、途端に牙を剥き始めた。
そして、米軍が弱るチャンスを待って一気に裏切ろうと考えていたのだ。
まあ、これについては転移メンバー達も放っておいた。
アメリカは既に敵である。
そのアメリカが勝手に自滅してくれるならば、此方に害が無い限りは放っておく事にしたのだ。
「来月には第二次遣欧艦隊が帰ってくる。そうすれば使える空母も増える」
「そうだな。幸い第二次遣欧艦隊で失ったのは龍鳳と駆逐艦8隻。・・・秋月型を1隻失ったのは痛いがな」
秋月型はそれなりに高価な駆逐艦だ。
今は新鋭の吹雪型駆逐艦が登場していて、そちらよりは安いが、それでも簡単に失って良い駆逐艦ではない。
「しかし、戦艦、巡洋艦の全てと空母の75パーセント。これらが全て帰ってくるんです。そこまで望むのは罰当たりというものですよ?」
実際、岡辺の言っている事は間違っていない。
第二次遣欧艦隊は派遣されてから既に1年が経つ部隊である。
前回の第一次遣欧艦隊の事を考えれば、それだけの被害で帰ってきた事は行幸だと言えるだろう。
「それは分かっているさ。だが、秋月型も対空能力は下手な空母よりも高い。それを失ったのは痛いと言っただけさ」
「・・・そうだな。戦後の事を考えれば、な」
「考えられれば、ですよ。戦争に負けたら終わりなんですから」
戦争は勝てば官軍。
これは古今東西、変わらない原則である。
それが現実なのは、ここに居る転移メンバー全員が分かっている。
だからこそ、日本は負ける訳にはいかないのだ。
あの敗戦を回避する為。
そして、史実の大日本帝国でも日本国でもない、彼らの理想の日本を造る為に。
それは野望とも言えるものだろう。
人によっては傲慢だと非難する者も居るだろう。
だが、転移メンバー達は立ち止まらない。
何故なら、それが彼らの望みなのだから。
「では、概ね第1段階が終了した事だし、計画は第2段階へ移項だな」
春川の言葉に転移メンバー達は頷く。
かくして、日本の戦略方針は第2段階へ移項した。
◇西暦1940年 5月2日 アメリカ合衆国 ワシントンD・C
ルーズベルトは対日戦の戦況を聞いて、頭を痛めていた。
それはそうだろう。
殆ど戦勝報告など無く、敗戦報告ばかりなのだから。
「これは一体どういう事だ。どうしてこうなった?」
開戦初頭の極東艦隊の壊滅、グアム、ウェーク陥落、フィリピンの戦局不利。
更に4月に入ると、14日にはアリューシャン列島のアッツ島、16日にはキスカ島が陥落、本土の一部である両島の喪失は政治的にもダメージとなっていた。
そして、フィリピン方面はと言うと、4月12日にマニラが占領され、在比米軍の生き残りはバターン半島とコレヒドール島に逃れた。
しかし、前者は練習艦隊から復帰した戦艦『山城』の焼夷弾(史実の三式弾とは違い、対空用では無く、あくまで対地用に開発された)艦砲射撃により、ジャングルの木々共々蒸し焼きとなる兵士が続出し、降伏は時間の問題だった。
後者はフィリピンに進出した日本空軍による試製百式地中型貫通爆弾の投下によって洞窟陣地が次々と撃破され、此方も降伏は時間の問題だった。
ちなみに、この両方面の陥落はフィリピンの陥落と同義である。
何故なら、フィリピンにはルソン島とコレヒドール島の他にも島はあるが、それらの島は両島と違って要塞化されておらず、本格的に攻められたら、あっという間に占領されると予測されるものばかりだからだ。
そして、満州方面、これが一番の問題だった。
何故なら、日本軍と戦うどころか、中華民国軍と在中米軍が睨み合っている状況であったからだ。
現地からの報告によれば、“日本と内通した中華民国が戦争が始まった途端、此方に銃を向けてきた”とあった。
もっとも、これは現地の人間の勘違いであり、実際は日本は特になにもしていない。
最低限の事はするが、基本的に大陸には関わらない。
これが今の日本のスタンスであったからだ。
したがって、この騒動には日本は関わっていないのだが、そんなことはルーズベルトには知るよしもない。
「助けてやりたいが、現状では太平洋の島々の奪還、占領すら不可能だ」
転移メンバーの情報通り、太平洋艦隊の本格的活動の準備を始めていたアメリカだったが、思わぬところからのパンチによって延期されていた。
4月5日、サンディエゴからハワイに向かっていたエンタープライズが日本軍の潜水艦の雷撃によって大破したのだ。
幸い沈没はしなかったが、ドック入りを余儀なくされていた為、暫くの活動は不可能だった。
そして、先のフィリピン沖海戦によって戦艦が航空機によって撃沈され、これからの海戦は空母が主力になると分かってしまった為か、アメリカ海軍は真珠湾に半ば引きこもるようになってしまっていた(ちなみにそれを知った日本は太平洋艦隊迎撃の為に中部太平洋に向かわせた第1航空艦隊を小笠原に待機させ、様子見を行っていた)。
まあ、これについてはルーズベルトも攻めるつもりはない。
元々太平洋に配備されていた空母は3隻。
しかし、その内、1隻は先のフィリピン沖海戦によって撃沈され、更に1隻は先日日本軍の潜水艦によって大破させられたばかりなのだ。
つまり、この時点で太平洋艦隊には空母が1隻しか稼働できない状況だという事である。
これでは弱気になるのも無理はない。
「とは言え、大西洋からの回航はあと一月掛かる。それまで日本を野放しにしておくわけにも」
現在、太平洋で空母が不足していた為、大西洋に配備されている空母『ヨークタウン』、『ホーネット』、『ワスプ』の内、ヨークタウンとホーネットを太平洋に向けて回航させていた。
だが、戦列に加わるのは、どんなに早く見積もっても、あと一月。
その間は実質、日本海軍に良いようにされるという事でもある。
まあ、あと1ヶ月の辛抱だとも言えるが、僅か1ヶ月半でこれだけの大暴れをしている日本軍だ。
何か突拍子もない事を起こされても不思議では無かった。
だが、現実的に打つ手はない。
「・・・やはり、通商破壊しかないか」
通商破壊戦。
少ない戦力で最大限の戦略的効果を得る方法だ。
だが、一方で対策を取られてしまえば、その効果は殆ど無くなってしまい、逆に通商破壊を行った側の犠牲が増えるという諸刃の剣である。
しかし、日本海軍は既に通商破壊戦を開始していた。
特にハワイ・西海岸間の航路には多数の日本潜水艦が彷徨いていて、西海岸からハワイに補給物資を運ぶ船団に多大な被害が出ており、これが太平洋艦隊の活動を鈍らせる一因ともなっていた。
ルーズベルトとしては潜水艦を使って日本近海の航路の通商破壊をしたかった。
それを行えば、日本は徐々に日干しになり、継戦能力を失う。
現在の戦況ではそれは魅力的な案に思えた。
「そうと決まれば、海軍に潜水艦による通商破壊を命じなければ」
ルーズベルトはそう考えた。
しかし、彼は知らない。
自軍の潜水艦の使う魚雷に重大な欠陥がある事を。
ドイツのUボートを相手にして進化をし続けていた日本の対潜能力の高さを。
そして、アメリカが次の動きを行う前に、日本軍がとんでもない行動に出る事を。
試製零式弾
備考
バターン半島攻略戦で山城が使った砲弾。元々はそれほど開発の順位も高くなかったこの砲弾だったが、対米戦の際、フィリピン攻略戦において史実のようにバターン半島に籠る事が予測された為、急遽開発が急がれた。なお、バターン半島攻略後は登場の見込みが無さそうなので、“試製”の項目は取れないと予測されている。