第8話 関係悪化
戦闘機無用論について
史実でもあった戦闘機無用論だったが、この世界にも当然の事ながら存在していた。が、日本ではレーダーの性能が転移メンバーの協力もあって高まっていた為、それと戦闘機に搭載されている無線機を組み合わせれば、爆撃機は一方的に叩かれる可能性が高い事が認知されていた為、戦闘機無用論を叫ぶものは史実に比べれば少ない。更にバトル・オブ・プリデンの情報が日本に入ってきた事もそれを後押ししている。
西暦1939年 9月20日 ドイツ ベルリン
「・・・」
ヒトラーは無言のまま米神を押さえていた。
字で表すとそれだけだが、その場に居る人間が居れば口を揃えてこう言うだろう。
ヒトラーは怒っている、と。
8月27日にフィンランドに攻め込んだドイツだったが、予想外の反撃の連続に、なかなか侵攻が進まなかった。
特に9月5日に起きたコッラ河の戦いでは僅か50人のフィンランド兵に、5000人のドイツ軍が撃退されるという事態が起き、ヒトラーの血圧を上げさせていた。
更にそんなドイツに追い討ちを掛けるような凶報が走った。
アフリカ戦線が遂に崩壊したのである。
必死に独伊軍は必死に防衛を行ったものの、連合軍の通商破壊によって補給が途絶えている以上、どうしようも無かった。
勿論、補給は行おうとしたのだが、イタリア海軍の活動の鈍化によってほぼ連合軍海軍はフリーハンドを得るも同然の状況であったので、補給物資を運ぶ為の輸送船は次々と撃沈され、補給物資は全く届かなかった。
現在、ドイツはリビアを放棄し、チョニジアに後退している。
これ以上、リビアを維持するのは不可能と見たのだ。
だが、それに反して、イタリア軍は未だリビアに残っている。
これはイタリアにとって、リビアは自国領であり、簡単に放棄できないと思っている為であった。
だが、リビアに残ったイタリア軍は次々と撃破され、既に部隊の大半は全滅するか降伏するかしていた。
要するに、リビア陥落は時間の問題であった。
しかし、この2つ以上の問題がドイツに起こっている。
それは鉄鉱石である。
今はスウェーデンから直接輸入している為、困ってはいないが冬になれば直接輸入は不可能になる。
だが、以前としてノルウェーは連合軍の支配下にあり、フィンランド攻略も躓いていた為、このままでは冬の間は鉄の生産が滞る可能性が高かった。
つまり、もし冬の間に、連合軍なりソ連軍なりが大規模な攻勢に出れば、防ぎ切れない可能性が高いという事である。
もっとも、連合国は兎も角、ソ連はそれどころでは無かったのだが、そんな事はヒトラーには知るよしもない。
「やはり、あの計画を実行するしか無いか」
ヒトラーはそう呟き、何かの書類を机の中から取り出した。
そして、その書類にはこう書かれてあった。
『対アメリカ工作計画書』、と。
◇西暦1939年 11月2日 大日本帝国 帝都
日本の帝都東京では、再び転移メンバーが会合に集まっていた。
議題はアメリカについてだった。
「アメリカは現在、先の朝鮮事変の際の熱も冷め、今では以前と同じような外交関係となっています」
岡辺がアメリカとの外交関係について説明する。
アメリカとの外交関係はこの5ヶ月で大分回復していた。
流石のアメリカもイギリスが介入してくると、部が悪いと思ったらしく、日本との関係改善を図っていた。
が、そうは言ってもそれは外交の表面的な部分であり、世論は未だ一定の勢力が日本懲罰を叫んでいた。
「一応、準備だけはしておいた方が良さそうだな」
「第二次遣欧艦隊も呼び戻すか?」
「いや、それは止めといた方が良いでしょう。イギリスとの外交関係に支障が出ます」
転移メンバー達は議論を行っていたが、“アメリカとの戦争の準備”というところだけは意見が一致していた。
それほど彼らにとって、アメリカという国は恐るべき国であるのだ。
「そう言えば、対米諜報部からの報告では、アメリカ国内で共産主義者の動きが活発化しているらしいぞ」
「へぇ。何処まで潜り込んでいるんだ?」
夕季の言葉に反応した春川は共産主義者の動きが諜報関係だと思い込んでいた。
別にその考えは可笑しな事ではない。
史実を鑑みれば、皆そう考えるだろう。
「いや、諜報関係じゃなくて、物理的な意味で、だよ」
「物理的な意味?」
「ああ、どうやら、拳銃やライフルどころか、手榴弾やダイナマイトなどの爆弾まで揃えようとしているみたいだ」
「・・・連中、破れかぶれにでもなったか?」
春川が呆れたようにそう言った。
確かに共産主義者の総本山がソ連であり、且つそのソ連が虫の息である以上、共産主義者の焦りは必然だろう。
そして、イギリス、日本、ドイツなど、第二次世界大戦に参加している世界中の列強が破壊活動防止の名目で共産主義者を狩り出している。
となると、比較的取り締まりが緩いアメリカで共産主義者の活動は活発化するのはある意味では当然だった。
が、それは諜報的な意味であり、物理的な意味ではない。
「アメリカで革命でもやるつもりですかね?」
青木はそう言ったが、当の青木を含めて転移メンバー全員がそれは不可能だと見ていた。
そもそも此方の対米諜報部は史実と比べて比較にならない程、強大な組織となっているとは言え、あくまで対外諜報部である。
つまり、此方に情報が入ってきたという事は、当事国であるアメリカの対内諜報部たるFBIはとっくの昔にこの動きを掴んでいる可能性が高い。
アメリカとて、そこまで無能ではない。
よって、近い内に何らかの方法で制圧されるだろうと見ていた。
「しかし、アメリカは資本主義国家で、当然の事ながら反共国家だ。なんで、いきなり行動を活発化出来たんだ?」
幾ら焦っているとは言え、こんな事は史実ですら無かった。
となれば、何者かが煽っていると考えるのが自然だろう。
そう考えた転移メンバーだったが、犯人に皆目検討が着かなかった。
ソ連とも考えたが、とてもでは無いが、ソ連にそんな余裕はない。
なんせ、ロシアに対して“棄民放出攻撃”なども行っている始末なのだ。
まあ、お蔭でロシアの進撃は先月8月14日にチタを占領して以来、止まっていたが。
難民とは言え、名目上、同胞である以上、見捨てる事は出来なかったのだ。
かと言って、アメリカに存在する共産主義者達が自力で調達したとも考えにくい。
いや、もし本当に破れかぶれになったのなら、可能性は無いことも無いが、それだったら武器を調達する為の資金などに説明が着かない。
武器はどう調達するにしても、金が掛かるものなのだ。
「さあ、分からん。兎に角、何らかの陰謀が有ることは確かだな」
夕季は共産主義者の動きに、何かしらの陰謀を感じ取っていた。
◇西暦1939年 11月8日 アメリカ合衆国 某所
暗闇の中、何人もの男達が集まり、何かを話していた。
「よし。やっと準備が出来た」
「後は行動を起こすだけだな」
どうやら何かしらの行動を起こそうとしているらしく、その目は皆、真剣である。
いや、血走っていると見て良いだろう。
それだけの事を起こすつもりなのだから。
「本当にやるのか?」
「ああ、もはや我々の“希望の大地”は危機的状況。これを助けるには、我々自身が動くしかない」
「・・・そうだな。それしかないか」
男達はそんな会話をしていた。
すると、この部屋のドアの方向からノック音が聞こえてきた。
「ん?誰だ?」
男の1人が不審に思い、ドアをゆっくりと開ける。
そして、その瞬間、扉の外から何人ものスーツを着た男達が雪崩れ込んでくる。
「な、なんだ!!お前らは!!」
部屋の中に居た1人の男が叫ぶ。
その男の問いに答えるかのように、スーツを着た男の1人が手帳を男に見せる。
「我々はFBIだ。貴様らをテロ活動の容疑で逮捕する」
こうして、武装蜂起をしようとした共産主義者の集団はFBIによって事前に検挙された。
◇数時間後 アメリカ合衆国 某所
先程、FBIが居た場所とは別の場所で、2人の男が何かを話していた。
「そうか。奴等は捕まったか」
「ああ、しかし、FBIの連中の“目眩まし”にはなった。そういう意味じゃ、役に立ったさ」
男達は先程FBIによって制圧された共産主義者達に武器や資金などを提供していた。
だが、はっきり言って男達は共産主義者達に期待してはいなかった。
共産主義者達の動向は当然の事ながらFBIによって監視されていると考えていたからである。
したがって、この程度の事は想定済み、むしろ、本名は別にあり、そちらに期待を掛けていた。
「あっちの方は?」
「準備完了だ。何時でも行ける」
「そうか。それは良かった。・・・しかし、大丈夫か?あの“黄色い猿共”に任せて」
「数が多く。そして、FBIの監視もしにくい連中と言えば、それしか無かったんだ。仕方ないだろ」
男の1人は正真正銘、仕方ないと言った感じにそう言っていた。
あまり今回の任務を任せる事は気が進まなかったようだ。
「まあいい。兎に角、明日明後日には行動を開始してくれ」
「分かった」
嵐が起ころうとしていた。
そして、翌日、西海岸を主に、中華系移民団の一部が各地で暴動を起こす事になる。
◇西暦1940年 1月2日 大日本帝国 帝都
戦争が起こっているとは言え、それは遠いヨーロッパの出来事であり、日本全体は正月気分であった。
だが、転移メンバーにそれを味わう余裕は無かった。
いや、無くなったと言うべきだろうか?
今日も転移メンバーによる会合を開いていたが、今回は何時にも増して皆真剣な表情だった。
「不味いな」
「ああ、これはな」
内容は二ヶ月程前に起きたアメリカでの中華団体蜂起についてだった。
この蜂起そのものは州軍、そして、連邦軍の行動により鎮圧されたが、その後が問題になった。
なんと、拘束された一部の中華系移民がこれは日本の謀略だと言ったらしいのだ。
そして、その尋問の内容が“何故か”アメリカ中に広まってしまい、先の朝鮮事変以来高まっていた反日気運は更に高まってしまい、それに伴うようにアメリカ政府の日本への対応も徐々に硬化してきた。
「・・・これは戦争になるかもしれませんね。軍の方は準備出来ているんですか?」
「まだ中途半端だ。隼鷹型すら竣工できていないんだぞ」
軍部の方でも、一応、対米戦に向けた準備はしていたが、ドイツとも戦争をしているだけあって、なかなか準備が進んでいなかった。
一応、本土には蒼龍型空母4隻と瑞鳳型空母が7隻、欧州に派遣されているものも含めれば瑞鳳型10隻(龍鳳は去年9月にドイツのUボートによって撃沈された)になるが、それだけで勝てるとは到底思えない。
「そうてすね。今のところ、切り札は“アレ”しかないですからね。戦争は避けたいですね」
「ああ。“もう1つ”も後少しで完成するが、やはり決定的なものではない。・・・“核”でも持っていれば話は別なんだがな」
青木と春川が溜め息をついた。
新兵器の開発は順調であるものの、やはり戦術的なものであり、核兵器のような戦略的なものでは無かった。
よって、はっきり言えば戦いたくないというのが本音だった。
まあ、仮に核があったとしても、戦争は好きでやりたくは無いだろうが。
「しかし、勘違いしているとは言え、アメリカの世論は既に日本によるものと決めつけるかのように日本懲罰を叫んでいます。しかも、日中戦争の時のパナイ号事件とは違い、アメリカは“本国”で打撃を受けています。・・・意外に近い内に宣戦布告、または最後通諜をしてくるかもしれませんよ」
それもまた事実だろう。
何処の国でもそうだが、本国を謀略とは言え他国に攻撃されるというのは、その時点で宣戦布告をされているに等しい行為だからだ。
そして、現実的な問題としてアメリカ軍も既に動き出している。
対アメリカ諜報部からの報告で、アメリカは去年12月から真珠湾に基地を築き始めている事が判明している。
これでアメリカは自分から戦争をしないと考える者は余程の馬鹿か頭がお花畑の者くらいだろう。
「・・・本格的に対米戦略を練るしか無さそうだな」
「ああ、それも史実を鑑みれば中途半端じゃ駄目だ。徹底的にボコボコにしなければな」
史実のアメリカを鑑みるに、並大抵の打撃では講和に応じそうに無かった。
春川の言った通り、徹底的にボコボコにしなければ少なくともアメリカは講和の席に座る事すらしないだろう。
一応、現段階の対米戦略には史実でもあったフィリピン、グアム、ウェークの占領の他にミッドウェー、ハワイ、アリューシャン果てはアラスカの占領まで盛り込まれていた。
問題は満州だが、地理が地理な為、海上封鎖で十分だと見ていた。
まあ、アラスカに攻め込む以上、そちらに大部分の兵力を取られるという事情も存在していたが。
「あとイギリスの動向も心配ですね。まさか日英同盟を一方的に切って対日参戦などという事はしないと思いますが、無いとも言い切れません」
転移メンバーにとってイギリスの動向も心配ではあった。
もっとも、正直言ってイギリスにはあまり期待していなかった。
日本と同調して対米参戦をするにはイギリスの戦力、特に空母戦力はあまりに貧弱すぎる。
加えて、政治的にもアメリカから武器貸与を受けている。
その為、良くて中立、悪ければアメリカと同調して対日参戦もしてくるかもしれない。
そんな不安があった。
だが、そんな事をすればイギリスもアジア利権を丸々失うだろう。
なにせ、日本の位置はイギリスのアジア利権のある場所のすぐ近くなのだから。
「さて、イギリスはどう出ますかね」
夕季はそう言いながら、イギリスがどう出てくるか思案していた。
ヨークタウン級空母について
史実では3隻(ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット)しか居なかったヨークタウン級空母だが、この世界では日本の蒼龍型空母に対抗するかのように史実より早く建造され、尚且つレキシントンとサラトガがワシントン軍縮条約の関係で戦艦のままで保有する事となった為、空母の代艦として更に2隻(レンジャー、ラングレー)が建造されている。つまり、この世界のヨークタウン級空母は5隻という事になる。ちなみに太平洋に配置されているのは、エンタープライズ、レンジャー、ラングレーである。