第6話 朝鮮事変
蒼龍型航空母艦
基準排水量1万8000トン。
搭載機72機。
機関・・・ガスタービン
最大速力34ノット。
巡航18ノット。
武装・・・12、7センチ連装高角砲4基8門。40ミリ連装機銃10基20門。20ミリ単装機銃10基10門。
備考
史実の雲龍型の拡大版。現在(西暦1939年4月時点)の日本の主力空母。
西暦1939年 4月10日 大日本帝国 帝都
第一次遣欧艦隊の帰還が目前に迫っていた頃、西暦1939年4月1日にドイツはソ連に侵攻を開始していた。
これが後に言う『春の目覚め』作戦であった。
史実を知るものならば突っ込みどころ満載の作戦名だが、その快進撃振りは正に春の目覚めと言うに相応しいものだった。
ドイツが侵攻した当初、ソ連側は全く対処できずにいた。
ドイツがソ連との国境に多数の部隊を配備し始めていた事は分かっていたが、ドイツが攻めてくるとは思えなかったのと、極東でのソ連・ロシア戦争で忙しかったので、ろくな対処を行っていなかったのだ。
一応、対抗上、部隊の増強は行ったものの、機甲部隊の数は少なく、歩兵部隊が大半であり、更にこの部隊増強を行っている間もソ連・ロシア戦争は続いていた為、そちらに主力を向かわせ続けていたという有り様であった。
つまり、はっきり言うとソ連は見た目だけは揃っているが、中身がスカスカという状況であった。
こんな惨状でドイツの進撃を止める事が出来る筈がなく、ポーランド・ソ連間のソ連側防衛線はあっという間に抜かれ、ドイツは史実以上の快進撃を続ける事となった。
そして、これはヤバいと感じた転移メンバーによって今日、会合が持たれていた。
「不味いな。このままじゃモスクワは間違いなく占領される。そうなったら、ソ連政府はウラルに疎開して徹底抗戦を行うだろうが」
「同時に我々がドイツを追い詰める事が難しくなりますね」
春川の言葉に青木が追従するように言った。
仮にドイツがモスクワまで進軍した場合、ソ連政府はウラルに移行して徹底抗戦を行う事は十分予想されたが、史実のような物量が対独戦に投入できるかと聞かれれば、それはノーである。
何故なら、武器貸与が無い上に、極東では現在進行形でロシアと戦争をやっているからだ。
加えて、ロシアはドイツと戦争を行っていない為、ソ連と戦争を止める必要性は全く生じていない。
むしろ、これを好機としてソ連深部に進撃するだろう。
だが、ソ連が早期に崩壊してしまうと、それはそれで日本にとって困った事態になる。
仮に西と東からドイツとロシアがそれぞれ進軍してもどうやっても取り分はドイツの方が多くなってしまう為、それは結局ドイツの国力増強に繋がってしまい、ドイツと敵対している日英にとっては不味い事態だ。
加えて、ドイツにとっては東部戦線が実質的に消滅する為、他の戦線に戦力を向ける可能性が高くなる。
まあ、ロシアがドイツに宣戦布告してくれれば話は別だが、ロシアにそんな事をする義務はこれと言ってない。
「段々と話が難しくなってきたな。ソ連とロシアが講和を行う可能性は?」
「無いだろう。元々、ソ連・ロシア戦争はソ連が一方的に攻めてきた事で始まった戦争だ。それをソ連が苦しいからと言って、ロシアが戦争を止める義務はない」
実はソ連は戦争が始まっていた時、ロシアに対して宣戦布告すらする事なく攻め行っている。
これは国交が無いことも関係しているが、ソ連にとってはロシアは正式な政府では無いので、宣戦布告を行う必要性を認めなかった事もあった。
故に、ロシアがソ連に講和を申し込む可能性は0。
ソ連からロシアに持ち掛けても拒否する可能性が圧倒的に高かった。
完全にソ連の自業自得だった。
「・・・いっそのこと、更なる義勇軍の増援を送ってソ連を完全に滅ぼしますか?」
岡辺がとんでもない事を言った。
他の転移メンバーも驚き、岡辺の方に顔を向けた。
「現在、ソ連は西からドイツ、東からロシアと攻められています。ここでソ連を滅ぼし、ロシアとドイツの国境を接触させる。そうして“何かしらの事故”が起きれば、ロシアが自動的に連合軍として参戦し、ロシアルートからドイツを攻める事が出来ます」
1つの案ではあった。
確かにソ連を滅ぼせば、ドイツに東側から攻め入る事も出来るだろう。
まあ、距離の問題もあるだろうが、少なくともドイツに対して圧力が掛かり、ドイツはそれ相応の軍をロシア方面に配備せざるを得なくなる。
同時にソ連という共産国家の総本山を無くす事で、世界中の共産主義者の心をへし折る事が出来る。
一見すると魅力的に思えるこの案だが、虫の良い考えの部分もある。
第1に、ロシアが最終的にドイツと敵対するか断言できない事。
第2にロシアを通るとしても日本からドイツまではかなりの距離があり、効果的な補給が出来るかどうかが分からない事。
そして、最後にソ連を滅ぼす事そのものに膨大な物資を使ってしまいドイツと戦う事が出来ない可能性があるという事。
岡辺の言っている事はこれらの危険性を無視した考えであり、誇大妄想という程では無いが、些か楽観的すぎる考えと言える。
「不可能だろ」
「ですよね」
岡辺もこれが虫の良い考えだという事は分かっていた為、あっさりと引き下がった。
まあ、少し考えれば分かる事だろうが。
そして、この日の会合ではあまり建設的な話し合いは出来なかった。
それは事がヨーロッパなだけに日本としても手の打ちようが無いという事もあった。
だが、転移メンバー達は知らなかった。
この5日後に予想もしていなかった出来事が起こる事を。
◇西暦1939年 4月19日 イギリス ロンドン
4月15日、イギリスに激震が走った。
なんと満州の中華民国軍が南下して朝鮮半島に侵攻し始めたのだ。
勿論、朝鮮に駐屯していたイギリス軍も動き出していた。
だが、中華民国軍の装備はアメリカ製の旧式兵器であったが、中華民国軍の数が多かった上に、イギリスは日本との関係から朝鮮半島には大した軍を配置していなかった為、あっという間に中華民国軍に蹴散らされ、国境線は突破され、このままでは祖界民の居る平壌に着くのも時間の問題であった。
「これはどういう事ですかな?」
そう問い詰めるのは、イギリス外相のアンソニー・イーデン。
対して、問い詰められているのは駐英アメリカ大使だった。
大使はハンカチで汗を拭いながら返答する。
「そう言われましても、あれは現地の者の暴走であり、我が国は関与しておりません。そちらの許可が頂ければ、我々から軍を派遣して直ちに鎮圧いたします」
大使はそう言ったが、イーデンの表情は変わらない。
当たり前だ。
そもそも中華民国軍の管理はアメリカの役目である。
アメリカは満州に在中米軍を配置していたが、日本や朝鮮に祖界地を持つイギリスに憂慮して、あまり大した規模の軍は置いておらず、代わりに中華民国軍を少しばかり強化する事でそれを補っていた。
しかし、在中米軍は念のために中華民国軍の監視役として配置したままだった。
だが、在中米軍には中華民国軍の朝鮮侵攻を止める動きが一切見られない。
この様子は端から見ると、アメリカが中華民国軍の行動を黙認している様に見えるのだ。
しかし、実を言うとアメリカの方にも動けない事情があった。
実は中華民国の暴走の当初、在中米軍は動こうとしたのだが、動いた途端にまだ満州内に居た他の中華民国軍のある部隊が勝手に暴走し、アメリカの移民団を襲うという事件が起きたのだ。
これは後に奉天事件と呼ばれるようになるが、要するに史実の通州事件の奉天版アメリカ風味である。
結果、それを聞いた在中米軍は慌てて引き返す事になり、今はその最中だったのだ。
だが、それらの事をイーデン等イギリス人はまだ知らない(知ってても厳しい顔はしただろうが)。
流石のイギリスでもたった4日では事件の全貌を炙り出す事は不可能だったのだ。
しかし、当のアメリカの方でも詳細な情報はまだ手に入っていなかった。
何故なら、その事でアメリカ政府は現在、混乱の最中にあり、大使ですら未だ奉天事件の事を知らないという有り様だったからだ。
そういう訳であるので、大使はそんな回答を行ってしまった。
「・・・まあ、良いでしょう。立ち入りを許可するので、すぐに鎮圧してください。そして、失った我が国の資産の賠償を行えばこの件は不問と致します」
イーデンはそう答えた。
実を言うとイギリスはこの件に関してアメリカに深く追求する積もりは無かった。
何故なら、イギリスは現在、ドイツと戦争中で今も時折イギリス本土に爆撃を喰らっているので、極東の件に関わっている余裕は無かったのだ。
そして、もし万が一、アメリカが鎮圧に動かなかった場合、日本に鎮圧と邦人救助を要請するつもりだった。
「・・・本国に急ぎ伝えます」
こうして会談は終わった。
だが、彼らは知らない。
この後、事件が更にややこしくなる事を。
そして、この後に朝鮮事変と呼ばれる事になる事件が朝鮮半島の隣に存在する日本に大きな波紋を呼び起こす事を。
◇西暦1939年 5月17日 黄海 第3艦隊 『洋龍』
夕季の座乗する『洋龍』は現在、黄海に居た。
何故、この海域に日本艦隊が居るかと言うと、それは朝鮮事変の影響であった。
イギリスから速やかなる中華民国軍の掃討を要請されたアメリカであったが、それを果たす事は出来なかった。
と言うのも、それを担当する在中米軍そのものが奉天事件の後始末に追われていてそれどころでは無かったのだ。
それでもなんとか捻り出した部隊を中華民国軍に向けたが、その部隊の規模は小規模であり、はっきり言って焼け石に水だった。
そして、結局、中華民国軍は歩みを殆ど止める事なく平壌に殺到し、現地に居た朝鮮人や英国人などにあらゆる暴力を働いた。
それは先の奉天事件に勝るとも劣らないものであり、見る人によっては吐き気や怒りを催すものであった。
イギリスはその知らせを聞いて、もはやアメリカは頼りにならないと判断し、日本に中華民国軍の掃討を依頼する事となった。
日本政府はこれを受けて臨時編成である第3艦隊を差し向ける決定を行った。
そして、今に至るという訳である。
(大丈夫かな?)
夕季はそう思ってしまった。
今回の艦隊編成は、はっきり言えば寄せ集めとも言える代物であり、何処まで出来るかが疑問だった。
もっとも、相手が中華民国軍であるとの事なので、戦闘面ではそれほど心配はしていなかった。
が、朝鮮半島は実質的にイギリスの植民地であるので、攻撃する際は英国資産に損害を与えないように、気を付けて攻撃しなければならなかったので、今の艦隊にそれが出来るかどうかが不安だったのだ。
それと、もう1つ心配事があった。
この艦隊の役目はまず第一に制空権の確保であるが、そこで問題になるのが、飛行場の位置だ。
一応、事前に飛行場のある地形の地図は渡してもらったし、ゲリラ化して活動している在朝英軍からの報告も入ってはいるが、新たに飛行場を建設した可能性もある。
なので、油断は出来ない。
(まあ、大丈夫だろう。この洋龍には最新鋭のレーダーも備え付けられているし、防空演習もかなりこなしてきた。問題はパイロットだな)
艦隊が寄せ集めならば、パイロットもまた寄せ集めだった。
一応、腕の良いものは揃えていたものの、足並みが揃っているとは言い難かった。
まあ、急に出撃しろと言われた以上は仕方無かったが。
(・・・なるようになると祈るしかないか)
夕季はそう思いながら心の中で溜め息を着いていた。
◇同日 中華民国軍 司令部
夕季が憂鬱な心境であった頃、中華民国軍は更なる進撃を続けていた。
平壌占領後は中華民国軍は2手に別れて行動していた。
一部は元山、そして、大部分はソウルへ。
ここまで在朝英軍の抵抗らしい抵抗も無かった為、中華民国軍の兵士から指揮官まで、もしかしたら朝鮮半島そのものを全て占領できるのでは?と思うようになっていた。
「へっ。イギリス人とやらも大した事ねえな」
「ああ、俺達がここまで来ているのに何もしない事を見るとな」
兵士達はそんな会話をしていた。
流石に幹部クラスになるとそんな楽観視はしていなかったが、それでも彼らは朝鮮半島の占領は容易だと考えていた。
何故なら、朝鮮半島に大した兵力が置かれていないのは事前情報で分かっていたからだ。
在朝英軍は日本との関係の考慮に加えて、今回の戦争でそのただでさえ少ない兵力も大部分が引き抜かれている。
おまけにここまで在朝英軍の大した抵抗もなく、あったと言えばアメリカ人の僅かな妨害のみ。
これで朝鮮半島を占領して既成事実化すれば、朝鮮半島は中華民国の手に戻り、偉大な中華復活の前菜に出来る。
そう信じて疑っていなかった。
だが、彼らは知らない。
そう遠くないうちに彼らが予想もしていなかったところから攻撃され、敗退を喫する事を。
第3艦隊
第2航空戦隊・・・『紅龍』、『洋龍』。
第4戦隊・・・『金剛』、『比叡』、『榛名』。
第2巡洋戦隊・・・『妙高』、『那智』、『足柄』、『羽黒』。
駆逐艦16隻(内8隻が松型)。
備考
第一航空戦隊が居ないのは、本土に第2航空戦隊の代わりとして練習空母として残っている為。




