4番目のハナコさん
「4番目になってはいけないよ」
誰が教えてくれたのだろうか。
はっきりと覚えていないが、私は人に会うたび『それ』を数えるようになった。
「私、ハナコって言うの。よろしくね!」
私が『ハナコ』こと、『ハナちゃん』に出会ったのは、小学校に入ってからだ。
今時めずらしい『ハナコ』さん。
「ハナコなんて、めずらしいね。」
私は、思ったまま口にした。
彼女は「そうなの~」と言いながら教えてくれた。
「お父さんたちがね、花の名前を付けようと思ってたみたいなんだけど……どれも決まらなくて、結局『ハナ』をそのまま付けたんだって。『ハナ』だけだと寂しかったから『コ』を付けたって聞いた~。」
なるほど…。と思いながら、彼女の顔を見る。
花の名前も付けたくなるだろう。
ハナちゃんの笑った顔は、華のように可憐でまぶしかった。
友達だから、人をあまり知らないから、と言われてもいい。
ハナちゃんはテレビのアイドルよりも、とっても可愛かった。
「これからよろしくね!サっちゃん。」
*****
ハナちゃんとは小・中・高とずっと同じ学校だった。
高校では科が違ったこともあり、つるんだ友達は違かった。
ハナちゃんは「チャラい」人たちと。
私は勉強大好きグループと。
ハナちゃんは他の子みたいに髪を染めたりはしなかった。
見た目は清楚系純情アイドルだ。
校内では会う機会が少なかったが、私とハナちゃんは駅で必ず会った。
朝は毎日同じ時間だから分かるが、帰りも同じなのはおかしい。
しびれを切らした私は、とうとう聞いてみた。
「だって、一人で帰るのさみしいもん。」
ハナちゃんは、私が帰る頃を見計らって付いて来ていたようだ。
「聞けば教えたのに。」
「本当?」
「うん。どうしてコソコソしてたの?」
「だって、学校だとあんまり会えないし。目ぇ合わせてくれないし・・・。」
ハナちゃんは顔を俯かせて泣きそうだった。
そこまで寂しい思いをさせているとは思わなかった。
私は思いつくまま話した。
「・・・ハナちゃん美人だから。こんなガリ勉おさげ女と友達だって知られたら、あの子達に笑われちゃうかと思って。・・・ごめん。避けてた。」
「・・・やっぱり避けてたんだ・・・。」
「うん。・・・ごめん。気づかなくて。ごめんね。」
慣れないことはするもんじゃないな。と思ったと同時に、そういった態度って伝わるんだなと知った。
(ハナちゃんって意外と、感受性が強いんだな。)
新たに知った、友人の顔だった。
*****
高校生活にだいぶ慣れたころだった。
文芸部の友達に誘われて、部誌づくりを手伝った。
私はその時ある人に会った。
「・・・先輩って、名前『ハナコ』なんですか・・・?」
「そうなの、今時めずらしいでしょ?」
「そうですね。・・・あまり無いですね。」
ハナちゃんとは名前の由来も、漢字も違ったが、同じ『ハナコ』だった。
先輩は美人とは言えないが、清楚な人だった。
(ふたつめ。)
私はほとんど無意識に心の中でつぶやいた。
「サっちゃん大丈夫?手ぇ止まってるよ?」
「すみません。ついつい中身が気になって・・・。」
それ分かる~!と文芸部の子達が笑った。
ハナコ先輩も控えめに笑っていた。
先輩は笑うと花のように綺麗な人だった。
*****
「サっちゃん聞いて聞いて!今日ナイトに告られた!!」
帰りの電車に乗り込むと、ハナちゃんは興奮しながら言った。
「良かったじゃない。前から気になってたんでしょ?」
「そうなんだけど。もぅ・・・。なんて言うか。びっくりで・・・。」
ハナちゃんは顔を真っ赤にしていた。
『ナイト』はあだ名だ。理由は単純。紳士で騎士っぽいから。
ハナちゃんはチャラいグループとつるんでいながらも、好みは真面目系だ。なんとなく嬉しい。
「付き合うんでしょ?」
「う~~良いのかなぁ?」
「なに悩んでんの?」
「だって私バカだし。顔しか取り柄ないし。ナイトって頭良いじゃん?サっちゃんみたいに頭良い人が好きそうじゃん?私飽きられないかな~?」
「付き合ってもいないのに、飽きられる心配するとか。うけるんだけど。」
「もぅ~!真剣に聞いてよ~!」
はいはい。と軽く流しながら、私は「とりあえず付き合ってみたら?」と友人の背中を押した。
*****
高校3年になった。
私は大学を推薦枠で受け、ほぼ一番に受験を終わらせた。
授業も後期は少なくなるので、私は学校に申請を出してバイトを始めた。
「レジの使い方は『ハナコ』さんから教わってね。」
「・・・はい。よろしくお願いします。」
その『ハナコ』さんは、平凡・・・というか、いわゆる平安美人だった。
「平安時代だったら私も美人」とか言うあれだ。
小学生のころ頃から、ハナちゃんというアイドル系美人になれ過ぎた私の目は、ずいぶんと辛辣になってしまった。これからの人生苦労しそうだ。
私のバイト研修は、パートのハナコさんが見てくれた。
ハナコさんはお茶目で、私が心の中で思ってしまった「平安美人」を、自分の自虐ネタにしているほど強かな人だった。これからのバイトがとっても楽しくなりそうだ。良かったよかった。
『ハナコ』とはつくづく良い縁があるなと思った。
ハナコさんは猫のように目を細めて笑う人だった。
*****
私とハナちゃんは、さすがに大学は違った。
しかし、同じ県内だから、付き合いは相も変わらず。
「サっちゃん~~!レポート一緒にやろ~~!」
「はいはい。良いですよ~。」
ハナちゃんはメディア系の専門学校に通っている。
実技重視!のはずだが、期末にはレポートがあるらしい。
「あ、携帯なった。」
「レポート中は携帯禁止~!」
「え~~~!!わかるけど~~!!サっちゃんのケチんぼ~~!」
「まだ始まってないから見ていいよ。」
「!ありがと!!」
ハナちゃんの顔がこれでもかとほころぶ。どうやら彼氏らしい。ハナちゃんは高校から付き合っているナイトと、今も続いている。
「最初は釣り合わない~って言ってたのに。」
「それは言わないで~~!でも、サっちゃんが背中おしてくれなかったら、駄目だったかも。」
「え。」
「ん~~。なんて言うか~。サっちゃんも認める男なら大丈夫かと思ったんだよね。漠然と。」
私の一言責任重大だな!!と驚いてしまった。
「サっちゃんありがと!」
だけど、ハナちゃんの笑顔を見ると、びっくりしたことも何もかも飛んで行ってしまう。
(あぁ・・・。よかった。)
私は彼女の笑顔に、いつも癒されていた。
*****
本命の公務員試験が受かった私は、大学卒業後一人暮らしを始めた。新しい生活に慣れるまで大変だった。たくさんの研修と顔合わせに、ただただ付いて行くのに精いっぱいだった。
ひと月立った頃。頼まれていた書類を他の部署に提出しに行った時だった。
(あれ?見たことない人がいる?)
いつもの受け付けに、30代過ぎ位の知らない女の人がいた。
「産休明けなの。これからよろしくね。」
お互い自己紹介をしながら、私はその人の名札をチラッとみた。
もう一度確認したかったからだ。
その人の名前は。
・・・・・・『ハナコ』だった。
(4番目になってはいけないよ。)
私の頭の中で、声がした。
私は仕事が終わった後、急いでハナちゃんに電話した。
ハナちゃんは専門学校を卒業した後、首都圏に就職したため、会う機会は少なくなった。私が就職してから電話もしていなかったから、はじめて2か月も連絡を取り合わなかった。よく分からない不安が、私の中に渦巻いていた。ハナちゃんの声を聞けば、きっと取り除かれると思った。
電話はすぐつながった。
「もしもし?!ハナちゃん??」
「・・・どうしたの?サっちゃんから電話なんてめずらしいね?」
私は安堵した。
よくわからない『4番目』にどうしてこんなにも不安になったんだろう。
「突然ごめんね。・・・声が聴きたくなったの。」
「サっちゃんでもそうなるんだね~。」
そのあと私たちは、いつものように長話をした。
電話の後、私は苦笑した。
(オカルトなんて信じてないのに、こんな時だけ気になるなんて・・・どうかしてる。)
自分の中の愚かさに気づいた時だった。
*****
今日はハナちゃんと会う日だ。
私は余所行きの服を着て、新幹線に乗って東京に行った。
久しぶりに会えるのが楽しみだった。
(ハナちゃんビックリするかな?)
私は長いこと、おさげに眼鏡の冴えない子だったが、就活を機にストレートパーマをかけ、コンタクトレンズにしていた。家族も親戚もびっくりな変身を遂げていたのだ!絶対に分からないだろうから、田舎くさいが「わっ!」とハナちゃんを後ろから驚かそうと思う。待ち合わせ場所にそわそわしながら行った。
(ハナちゃんいた――――――!!)
相変わらず可愛いな~。と思ったのもつかの間。
「ハ・・・ナ・・・ちゃん?どうしたの??」
当初の計画は頓挫してしまった。
久しぶりに会うのだから、抱擁したり、手を握って跳ねたり、その後のシチュエーションをいろいろ考えていた。しかし、その考えのなんと浅はかなこと。
ハナちゃんは、華のように、今にも消え入りそうだった。
私たちは個室があるカフェに入った。
ハナちゃんは顔が青白く、とても具合が悪そうだった。
「・・・どうしたの?」
と聞いてみると、ハナちゃんはポツリポツリと話し始めた。
「・・・ナイトと別れた。」
「・・・え?こんなに続いてたのに?」
「そうなの。どうしてなのか分かんないの。私なにかしたかな・・・?」
まさかここに来て別れるとは、分からないものだ。私から見ても、二人の仲は良好だったから尚更だ。ハナちゃんの話を詳しく聞いた。
「昨日、いつものように電話してたの。そしたら、しばらく距離を取りたいって。」
「な~んだ。別れたわけじゃないんじゃない。」
「でも、真剣そうだった・・・。」
「声だけじゃ分からないでしょ?」
「・・・。」
「決めつけは良くないよ?」
「・・・。」
ハナちゃんは黙り込んだ。私は「犬も食わない」やつだと思って軽く話す。
「久しぶりに会ってみたら?」
「距離取りたいって言われたのに、会えるわけないじゃん!」
切れ気味のハナちゃんを見て私はびっくりした。
こんなハナちゃんを見たのは初めてだ。
嫌みを言われてもほわッとかわすのに・・・いや、そういえばハナちゃんは繊細なんだった。
「共通の友達とかいないの?仲介してもらったら?」
「いない。」
「困ったな~。」
「どうしたらいいかわからない・・・。」
「え~。私、恋愛経験ないからな~。あ~ハナちゃんはどうしたいの?」
私はとにかく、ハナちゃんの気持ちを聞こうと思った。
ハナちゃんは、小さな声で少しずつ話した。
「・・・私・・・ちゃんと・・・・・・話・・・したい。」
「うん。」
私はハナちゃんの気持ちを尊重しつつ、出来る限り協力した。
ハナちゃんのアパートに泊まる予定だったため、夜の二人の電話にも、3人で話せるモードで参加した。
二人が会うと決まったときは、予定を調整して隠れて付いて行った。
ハナちゃんが心配で心配でたまらなかった。
どうしてこんなに心配になるのか、私はこの時は分からなかった―――。
*****
結局二人は別れてしまった。
原因は聞いても良くわからなかった。
「好きじゃなくなった」ってどういう事なんだろう?
世の中は「好き」と「嫌い」しかないのだろうか?
ハナちゃんほど優良物件はないのに!私は憤った。
私はハナちゃんの気持ちが落ち着くまで、毎日たくさん電話をした。
「気にするなハナ!男はたくさんいる。あいつのことなんか忘れろ~!」
「サっちゃんキャラ違う・・・。」
「アハハ!・・・今はつらいかもしれないけど、少しずつ時間が解決してくれるよ。」
「何それ。意味わかんない。」
「お医者さんとかもそういうと思わない?」
「ふふふ・・・思う。」
「でしょ~?で・も。辛いことは我慢しちゃダメ!もっと沢山愚痴りなさい!!」
「うん。サっちゃん・・・・・・ありがとう。」
「どういたまして~。」
「ふふふ・・・それ、しんちゃん」
「わかる?」
たわいのないこと。真剣なこと。お互い何でも話をした。
この関係は、これから先もずっと続くだろうなとしみじみ思った。
私が年をとっても、ハナちゃんとはずっと友達でいたい。
私はその気持ちを素直に話した。
ハナちゃんは「もう老後の話!うける・・・!」と言った後「サっちゃんが友達で良かった。」と話してくれた。
ハナちゃんは失恋から、少しづつ立ち直っていたように感じた。
*****
そう思っていたのは私だけだったのか。
ハナちゃんは思い出したようにナイトの話をする。
過ごした時間が長すぎたのだろう。
何度も話を聞くが、思い出したハナちゃんを元気づけるのは骨がいった。
私はなるべくたくさん話を、根気よく聞いた。
「新しい恋をしたら?!」
「う~ん。しばらく遠慮したい。」
「そっか~。」
失恋痛みを和らげるには新しい恋が良いと、巷のバイブルには載っていたが、現実はうまくいかないものだ。
(これは時間がかかるだろうなぁ・・・。)
私は簡単にとらえていた。
だから気づかなかった。
彼女の心に、黒い影が出来ていたなんて。
*****
それは、ハナちゃんと会う約束をした週の出来事だった。
「え。タレントのEI、自殺したの?」
朝のニュース中だった。
とてもかわいいタレントで、どことなく雰囲気がハナちゃんと似ているなと思っていた人だった。「可愛い人が亡くなるのは、人類の損失だぞ!」と私は思う。
そういえば……と、ふと思い出した。
(有名人が自殺すると、追随する人がいるって聞くけど本当かな・・・?)
都市伝説みたいなものだが、あながち馬鹿に出来るものでは無い。案外いましめも込められているものだ。
しかし、あまり気に留めても仕様がないので、深く考えないようにした。
私はその日もハナちゃんと電話をした。
ハナちゃんは亡くなったタレントの事を話題にした。
「あんなに可愛い人でも、どうしようもなくなる事って有るんだね・・・。」
「・・・そうだね。あ~~~私かなり好きだったんだけどな~。」
「サっちゃんって実は面食いだよね。」
「身近にかわいこちゃんが居たから、目が肥えて肥えて・・・。」
「ふふふ・・・。」
「ハナちゃんのことだよ?」
「サっちゃんって頭良いのに、お馬鹿さんだよね。」
「お馬鹿って何?!馬鹿に『お』つけるって何?!」
その日もたわいない話をした。
ハナちゃんとの夜の電話は、とても楽しかった。
変わらない日常が、私の幸せだった。
*****
あの日の前の晩。
私は東京に行くのに夜行バスを使った。
いつもの電話を、私はしなかった。
仕事で疲れていたし、もうすぐ会えるからと思ったからだ。
そのことを、私は今でも後悔している。
彼女は私が思っていた以上に、とても繊細だったのだ。
*****
私は彼女の通夜と告別式、両方いった。
沢山の人が彼女の突然の死を悲しんだ。
私は涙が出てこなかった。
(約束したのに何で?電話だけじゃダメだった?もっと会いに行けばよかった?苦しい時そばにいてあげたらよかった・・・。もっと早く行けば!!)
彼女との時間を思い出し、ひたすら考えた。
考えてもどうしようもないのに。
意味ないのに。
頭で分かっているのに、止まらない。
何か考えていないと発狂しそうだ。
のどが渇く。
言葉が上手く出てこない。
鼓動がさっきから早くて、苦しい。
「・・・・・・大丈夫?」
気づけば目の前に知った顔があった。
強い衝動を、私は押さえた。
殴っちゃだめだ。怒鳴っても駄目だ。
だって、そんなことしても――――――――!!!!!
誰かから聞いたんだろう。
私が第一発見者で、その日会う約束をしていたこと。
警察にメールや電話のやりとりを一通り見せ、友人たちへの連絡をしたこと。
だから『彼』はここにいるのだろう。
私は震える声をなんとか絞り出した。
「な・・・んで・・・・・・。」
二の句が告げられなかった。
「・・・・・・ごめん。」
私の一言で、あらかた察してくれたのだろう。
なんで、ここにいるのか。
なんで、来たのか。
なんで、来るほどなら・・・。
なんで・・・・・・。
なんで・・・!!!!
涙があふれた。
どんどん流れ出る涙を、私は止められなかった。
私は手をきつく握って、目の前の人物を睨んだ。
恨みつらみを言ってやろうと思った。
しかし、よく見ると、彼も苦しそうな顔をしていた。
私は少し、冷静になれた。
(――――――悲しみは、皆一緒なんだ――――――。)
ストンと心に落ちた。
私はいつものように、思うまま話した。
「・・・・・・死んだら許さないから。」
彼はハッと目を開き、私を見た。
「生きることが・・・償いだから・・・!」
私はこの言葉を誰に向けて言ったのだろう。
私?彼?はたまた彼女?
自分で言いながら困惑する。
やっぱりまだ、思考が正常でないようだ。
この痛みはいつかは和らぐのだろうか?
―――――――――いいや、和らがなくて良い。
私はこの痛みをずっと忘れない。
この痛みを抱えて、生きて行く。
そう、心に誓った。
*****
「4番目になってはいけないよ。」
今では誰が言ったのか思い出している。
私の曾祖母だ。
幼い頃、曾祖母の田舎に行ったとき、言われたのだ。
「コスモスが沢山咲いているあそこの家。サっちゃんと同じ名前の人がいるんだよ。器量よしさんでね。良い人なんだ。」
「へ~。会ってみたい~。」
「ごめんねサっちゃん。大ばーばは、会わせたくないの。」
「なんで~?」
「同じ名前だからだよ。」
「??」
「同じ名前の人と、あまり会わない方が良い。」
「なんで?」
「さぁ知らない。大ばばも、大ばばのお祖母ちゃんから言われたんだ。」
「ふ~ん。」
「特にね。4番目は駄目だ。4番目にするのも駄目だし、4番目になるのも良くない。」
「なんで?」
「さぁなんでかねぇ~?とにかくね。」
「4番目になってはいけないよ。」
何の信憑性もないが、私は今でも事あるごとに気にしてしまう。
でも誰しも無意識に思っていることではないだろうか?
「あ~~!同じ名前の友達いる。」
「え~?ほんと?『今度会わせてよ!』」
オカルトなんて信じていないが、時折ひっかかる。
ある種の呪いのようだ。
なぜなら。
彼女を4番目の『ハナコ』さんにしたのは
私なのだから。