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6話 天に馳せる思い

 いにしえに使われていたとされる言語がある。

 神々の言葉とも呼ばれ、創造神とそのしもべである神獣、そして神の子である全ての種族に、その言語が使われていた。

 創世の時代。この世界がまだ一つの言語で、全て種族が繋がっていた時代だとされている。


 しかし神と子の繋がりが、ある時期を境に消え失せる。

 その結果、悠久の時を経て、神の存在は風化し、古い言語は忘れ去られていった。

 短命種である人間は、世代交代を繰り返す度、そして旅と定住の過程で、新たに言葉が派生していき、少しずつ古い言語を忘れていった。今となっては神々の言葉を記憶している人間は残っていないだろう。


 ならば長命種ならばどうか?

 ダークエルフは人間と比べて遥かに寿命が長い。世代交代も遅く、古い知識の欠落も少ない。創造神の存在は伝承として語り継がれてはいるが、古語の全てまでを知る者は残らなかった。


 ダークエルフは多種族と比べて遥かに強い魔力を持ち、魔法の扱いにも長けている。他種族との争いがあっても、無傷で敵を退ける事すら楽なものであった。それが非力な人間相手なら尚の事である。

 強者であったダークエルフ達は、困難に直面する事もない。大陸の大半を占める大森林で、他者に脅威に怯える事なく、停滞とした安寧の長い時を過ごしていた。

 そんなダークエルフ達に国は必要とならなかった。結束して困難に立ち向かう必要がなく、各々で物事を解決出来ていたからである。それ故に広大な大森林に散らばるように、村単位で悠々自適に暮らしていた。

 恵まれた種族、恵まれた環境、そして強者の驕り。神のすがる事もなく、神を必要とすらしない。神という不確かな存在は、伝承としてだけ残り、いつしか古い言語は不要となった。


 ――だがその安寧の日々が永遠に続く事はない。


 ある年を境に人間からの侵攻がぴたりとおさまった。

 それはダークエルフ達にとって、五月蠅い羽虫如き人間が、目の前を飛び回らなくなっただけという認識でしかない。所詮は人間など毒も持たぬ非力な害虫でしかないのだ。軽く払いのけば逃げ去る程度のものだった。

 それ故に慢心していた。人間が自分達を脅かす事はないと誰もが自惚れていた。人間が現れなくなった数百年もの間、ただ停滞した日々を過ごしていたのだ。

 長命のダークエルフには100年そこらの年月はそれほど長いものではない。幼子がようやく成人になるという程度で、日々の暮らしが劇的に変化するものではなかった。


 ――だが人間は数百年で大きく変化した。


 数百年ぶりに大森林に侵入してきた人間に、とあるダークエルフの村が襲われ壊滅した。

 大森林の境にあるダークエルフによる結界は、何故か人間の侵入を感知しなかった。不意を突くように忍び込まれ、そして耳を裂くような破裂音を聞いた途端に、ダークエルフ達の身体に次々と風穴が開いた。魔法を使う間もなく、何が起こったかも理解出来ないまま、死んでいった。

 ダークエルフにとって戦いとは魔法を行使して、相手を適当に追い払うだけのものだ。そこに戦術がある訳でもない。種族としての特徴を活かし、魔法で力押しするだけのものだった。

 だが人間はいつしか毒を持った害虫となり、ダークエルフに迫る程の力を蓄えていた。依然として魔法はダークエルフの方が勝っている。だがそれ以外では劣りはじめていた。

 ダークエルフ達が停滞した日々を過ごしている間、非力だった人間達は研鑽を積み、技術を発展させていったのである。


 それからはダークエルフ達の辛酸をなめる日々が続いた。

 魔法戦ともなればこちらが有利である。しかし、そう簡単に魔法戦をさせてもらえる訳でもない。

 人間達を追い込んでいたつもりが、逆に誘い込まれていて、破裂音のする鉄の筒で撃ち殺される事もあった。結界の感知をすり抜けられ、声を上げる間もなく殺される事も多い。

 ようやく人間達に対応出来るようになる頃には、更に新たな武器が使われ、なす術もなく殺されていった。

 男は殺され、女子供を奪わる。徐々に力を削ぎ落され、ダークエルフ達は大森林の奥地へと追いやられた。そこでようやく危機感を覚え、結束して国を作った。そうして何とか持ちこたえている日々が続いた。

 だが、そんな時、一人のダークエルフの少女が、侵攻してきた人間達を半壊に追いやる事になる。


 それは偶然の産物だった。


 その少女は人間達に追われ、一人で草むらに隠れていた。

 破裂音が響き、人間達の足音が近づく度に、動悸は激しくなり、足はすくんだ。

 少女を逃がすために抵抗した家族は殺された。捕まれば奴隷にされ、死より恐ろしい思いをするのは分かっている。だが、年端もいかぬ少女には抗う術はない。

 その恐怖から逃れる為に、少女は自害を決意する。最愛の両親は殺され、大好きだった祖母も失った。自らの手で最愛の家族の後を追うか、人間達から酷い目にあってから後を追わされるかの、どちらしか選択肢はなかったのだ。

 少女は両親から託された短剣を抜いた。親から子へと代々伝わってきた短剣だ。かなりの年月が経っているにも拘らず、古さを感じさせない美しい剣だった。研ぐ必要もない程に切れ味も良い。その鋭利な刃を自らの首に当て、横に引き抜く――事は出来なかった。


 手が震えて力が入らなかった。

 短剣は少女の薄皮を斬るだけに終わり、微かに出血しただけだった。

 血が短剣を伝い、少女の膝元に、涙と共に滴り落ちる。

 一思いに力をこめるだけで、家族の下へと行けるはず。それでも身体はいう事を聞いてくれない。

 怖い。死ぬのは怖い。人間達に捕まるのも怖い。家族と永遠に離れ離れになったのも怖い。

 少女は無意識に、伝承に聞く神に縋り、ある言葉を呟いた。

 それは祖母、両親から教えられた短い言葉。少女には理解しきれない古い古い言語。


 ″天にあられる我らの主よ

 悪しきものから我らを救い給れ″


 その瞬間、少女は光に包まれた。

 短剣から膨大な力の奔流がほとばしり、少女の魔力、周囲の魔素マナまで取り込む。そして収束した光が、一気に半球状に爆発し、少女は意識を失った。


 少女が目を覚ますと、そこは草むらではなく、ダークエルフの都であった。

 光の爆発によって人間達の大軍は半壊し、撤退を余儀なくされたという。ダークエルフが未知の兵器を恐れたように、人間達もまた未知の攻撃を恐れたのだ。


 それからの少女は短剣の神器の担い手として、あるいはダークエルフを救う神子として、大人達に担がれ、教育されていった。

 弱さを捨てさせ、私情を殺させた。神に祈らせ、力を使い、ダークエルフを救う為の存在として在らせようとした。

 少女としても前向きだった。自分が頑張れば皆が救われるのだから。


 少女は残された僅かな古語を学び、少しずつ神器の使い方を理解していく。

 神器は魔力貯蔵庫のようだった。魔力の溜め込んだ刀身に使用者の血を捧げると、爆発的に力がはね上がる。おそらく少女が引き起こした光の爆発も、親たちが代々と溜め込んだ魔力なのだろうと少女は考えた。しかし恐ろしく燃費は悪く、使い勝手も悪い。

 平均並みのダークエルフの魔力では、命の落としかける程に、魔力を吸われる。魔力量の多かった少女ですら、魔力を一回捧げるだけだけで、枯渇寸前になり意識を失いかける程だった。それでも一回分で短剣に貯まる魔力の量は微々たるものだった。底の見えない大穴に、コップの水で穴を満たすように途方もなかった。

 しかし現状では人間に対抗する切り札が神器しかない。少女は魔力が回復する度に、魔力を短剣に捧げた。親から託された、この短剣を心の拠り所とするかのように。


 だが、いつしか少女の心は苛まれるようになった。

 誰よりも神々の言葉を学んだ少女には強い信仰が芽吹いていた。神に祈りを捧げれば捧げる程に、神の存在に近づいていく気がしていた。

 しかし短剣に魔力を捧げ、力を行使すればする程に、神の存在が遠くなっていく気もした。

 驕慢に溺れたダークエルフが、今さらになって神に祈りを捧げているのだ。それも散々と見下してきた人間への対抗手段の過程として祈っているだけだ。


 神の遺物とされている短剣が両親の形見であり、その短剣に命を救われ、心の拠り所にしている少女には、申し訳ない気持ちで一杯になっていた。

 誰も彼もが神の存在ではなく、神器の力に期待している。古い時代のダークエルフは、人間達と分かり合おうともせずに、能力差で一方的に撃退していた。それがいざ覆されそうになると、神の遺物に頼るようになった。


 どれだけ不敬な事だろうか。

 信仰を忘れた身勝手なダークエルフを、神は守って下さるのだろうか?

 愚かで憐れな我らをを、救って下さるのだろうか?

 いや、見捨てられてしまっても無理はないだろう。それほどまでに自分達の種族は浅はかだ。


 そうして少女は心から神に祈る事が出来なくなった。

 希望を抱き、前だけ見て進んでいたつもりだった。それでも心の奥深くで、神の存在ではなく、自分達の存在を疑ってしまうようになっていた。


 だから最後に心から祈ったのは、始まりの地とされている島に辿り着き、命を落としかけた時だった。

 腹部を切り裂かれ、大量の血が流れた。命が失われてゆくのが分かる。仲間もいずれ黒い獣に殺されるだろう。もはやどうにもならない事だった。

 それでも無意識にあの時のように祈り、声にならない声で、呟く。


 ″天にあられる我らの主よ

 憐れな我らを御許し下さい″


 奇跡が起こるとは思っていない。

 ただ、最期に許しを乞いたかっただけだった。





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