39話 余波の果てに
「クソッたれっ!あの犬畜生共がっ!」
船室で酒瓶を呷るデイヴ・ウィリアムズは不安を誤魔化すように怒鳴り声を上げていた。ランプの灯りが、飛び散る唾を映し出す。その様子をルース・セイラーは顔を歪めて、冷ややかに眺めていた。
ウィリアムズは上手く事が運ばない時は、決まって癇癪を起こす。しかし誰かに暴力を振るい、当たり散らすような真似はしない。そんな度胸がないのだ。それでも自分を強く見せようと無駄な努力は欠かさない。
誰彼構わず八つ当する事は得策ではないと知っているのだろう。世の中には理不尽な暴力を黙って受け入れる人間ばかりではない。反撃され立場が逆になる事を恐れているのだ。
それ故に自分がさも強大な存在であるかを誇示するように、吼えるだけに留まっていた。暴力的な態度で周囲から恐れられ、そこに優位性を見出だそうとしている。――と言ったところだろう。実際には煙たがられているだけだが。
ルースもわざわざ話相手になってやるような博愛精神を持ち合わせてはいない。今のウィリアムズは耳障りな雑音でしかなかった。
この男は野太い声と人相の悪さだけが取り柄だ。交渉の席で相手の不安を煽り、恐怖心を植え付けるように恫喝するだけの役割。それしか使い道のない男でもある。
一見すると裏世界で生きる者の風貌だが、中身はただの小心者である。しかし無駄にプライドが高く、常に体裁を気にしている。今も格好つけて酒を飲んではいるが、舌を僅かに湿らせる程度である。瓶の中身は殆ど減っていない。
安全圏にいる時のウィリアムズは、どこまでも尊大な態度でいられるが、危機に貧すると何より脆い。弱きに強く、強きに弱いのだ。他国の根回しが簡単だったのも、帝国の威光があるからで、この男の手柄ではない。
そんな小心者が獣人種達相手に、よくもまあ強気に出られたものだなとルースは溜め息を吐く。あの山羊男が纏わせていた微かな殺意を感じとれなかったのだろうか。あるいはどこまでも見透かされているような、ウェンテの得体の知れなさを畏れを感じなかったのか。鼻の下を伸ばせるような女ではなかった。
可能な限り挑発しろと命令されてはいたとはいえ、自分は神経を磨り減らしながら話し合いに臨んでいたというのに――と、ルースは呆れた笑いが込み上げる。
無知は時として武器になるのだろう。策略を看破された時の恐怖をすぐに忘れ去り、逆恨みに変換する事にも長けている。それは自分を追い込む事になるだけの自傷武器になるが、ウィリアムズにとっては、それこそが最大の武器たりえるのかも知れない。捨て駒としての才能が見事に開花している。
それは帝国に絶対なる信頼を寄せている事も起因しているだろう。
ソブタル王国は増えつつある帝国の属国の一つでしかない。帝国がフォルティス大陸に進出する為の足掛かり的な地であるとはいえ、いざとなれば切り捨てられてもおかしくはないのだ。それでも如何なる時も絶対なる帝国の庇護があるとウィリアムズは思っている節がある。
確かに帝国の技術には目を見張るものがあった。無理矢理買わされたも同然の魔動船に至っては感嘆の吐息を洩らす事しか出来かったのだ。風に頼らない安定した動力に、巨大な船体をまるごと不可視化させる技術も備えられている。小さな町程度なら一発の砲撃で灰燼に帰す事も出来る能力もある。
その優れた機能の殆どに、人間では到底実現不可能な莫大な魔力が用いられていた。しかし人工魔晶石なる新技術と、潤沢な魔力源の確保により問題はなくなった。その魔晶石と魔力源の正体はおぞましく、吐き気を催すものだったが、それを平然と為せる帝国こそが、この世界の覇者になると確信も出来る。
恭順か抵抗。
ソブタル王国がその決断を迫られた時も、恭順する他に道がなかったのも頷ける。買わされた船ですら型落ちなのだ。帝国の持っている新型船の技術を考えると、帝国派のウィリアムズが増長するのも分からなくはない。しかし――
「さて……私は夜空を眺めながらに酒を楽しむとしますかな。……ま、楽しむというより気を紛らわすだけですがね」
ルースがぽつりと呟くと、ウィリアムズがぎょろりと目を開きながら、怒りと不安が入り交じった視線を向けてくる。俺を独りにするのかと言いたげな表情だ。だが目を細めながら見つめ返すと、舌打ちをするだけで何も言い返してくる事もなかった。
「……では、のちほど」
そう言い残し、部屋を後にする。
酒精のきつい酒瓶を握り締め、真っ直ぐに甲板を目指した。
船上は雲の切れ間から射し込む月明かりに照らされていた。静かな海だ。激動の一日を締め括るには、呆気ない程に穏やかな夜だ。
ルースは酒瓶を咥えて、喉の奥に押し流す。夕食をとっていなかったせいか、胃が焼けるように熱い。
久しぶりの酒だ。飲むつもりはなかったが、今日ばかりは飲んでいないとやってられない。
フェアティアを出港してからすぐに焼き付けられた畏怖が、火傷のように心を爛れさせていたのだ。
恐ろしき真紅の巨大龍。
死んだ筈のオルハン・カラバシュ達。
そして――帝国の国教である聖光教団の聖職者らしき人物。
どれも結びつく事のない組合わせだ。
クラーケンは災害のようなもの。運悪く遭遇すれば船を沈められるだろう。だが偶然の産物で、ある程度だが誘導する事が出来るようになったと、帝国から聞かされたのだ。ある種の餌を撒くと、それを欲したクラーケンが食いついてくるとの事だった。それを利用してカラバシュ達に仕向けろと、ルースは命令されたのだ。
いかに屈強な獣人種とはいえ海の上でクラーケンに勝てる筈がない。その殉職は必至だ。戦いの激しさをを表すかのように、巨大な龍が抱えていたカラバシュの護衛船は、船としての意味を成さなくなるまでに大破していた。
しかしカラバシュ達は生きていた。信じられない事だが、クラーケンを撃退したのだろう。敵とはいえ見事だとしか言いようがない。
とはいえ無事に帰ってこられるとは思ってもみなかった。万が一、カラバシュ達がクラーケンを撃退したとしても、その先にあるのは遭難だ。獣人種だとしても水や食料が尽きれば命も尽きる。その筈なのにどういう訳か、龍に運ばれるようにシュケルに帰還していた。あの表情は水も食料も足りていた顔だった。悲壮感が微塵も感じられない。
「あれはウルカの龍ではないのか。何故そのような存在が船を抱えていたんだ……。地理的にもかなり離れているだろう」
ウルカ国家連合という名を聞いた事がある。
恐ろしき巨大な龍が支配しているとされる一帯だ。そこの住人は身体に鱗を持つ者達で、龍人種と呼ばれている。閉鎖的な土地であり、外の世界と国交を結ぶ事もなく、外の世界に興味も示さないとの話だ。
基本的は無害。しかし龍人種の一人でも危害が加えられると全ての者が牙を剥き、大空から一方的に蹂躙されてしまうのだ。その仲間意識の強さは獣人種と似ている。
「……まさかシュケルは龍の支配下になったのか。しかし何故……どうして? ……これではフェアティアに攻撃を仕掛けるのは中止せざるを得ないな。いくら魔動船が優れていても、あの龍相手ではどうにもならない……」
ルースは更に酒を呷り、状況を整理するように独りごちる。
交渉の結果次第では、沖で姿を隠して停泊している魔動船と合流して、フェアティアに一撃を加える手筈だった。仮に海運組合で、怒り狂った獣人の手によってルースが殺されていたとしても同じだ。今日中に合流しなければ砲撃は行われていた。
ルース自身の命ですら、シュケル攻撃の大義名分でしかない。その為の挑発だった。帝国からすると殺されていた方が、口実が増えるとしか思っていなかっただろう。どのみち捏造した罪を押し付けていたのだ。偽りだとしても帝国に正統性があるように演出したかっただけである。
とはいえ、そんな分かりやすい事でも、ウィリアムズは何も理解していない様子だった。何故こんな人間と組まなければならないのかと考えると腹立たくもある。しかし不満を感じても仕方がない。
ひとまずは攻撃も先送りだ。今は絶対に手を出すべきではない。藪を突ついて龍に襲われたら、たまったものではないのだ。いかに鋼鉄に覆われた魔動船だとしても、熱をも簡単に溶かすとされている龍のブレスが直撃すれば沈没してしまうだろう。ましてやあの大きさだ。撫でられるだけで、船が引き裂かれる恐れもある。
「……それにあの聖職者は何なのだ。帝国の国教は人間至上主義だろう。……なぜカラバシュに与する。なぜ龍を従えている。……クソッ。なぜだ、繋がりが分からない」
あの遭遇では心臓を掴まれる思いだった。いや、思いではなく、確実に掴まれていた。
あの白い衣装は聖光教団の聖職者に見えた。人間至上主義で人間以外の種族を悪と考えている組織だ。故に他種族を迫害する事に何の躊躇もない。人間の為になるのなら、笑顔で他種族の生体実験を行える者でもある。
一度だけその様子を目にした事がある。同じ人間とは思えない所業だった。人はここまで残酷になれるのかと、思い出すだけで、喉元にせり上がってくるものがある。
そんな聖職者が信じ難い事に巨大龍を従えて、愉快そうに口角を吊り上げながら手を振り上げたのだ。嗜虐性の強さが感じられる邪悪な笑顔だった。
あの手が振り下ろされた時、龍の吐く火炎に焼かれる事が容易に想像出来た。死ぬと分かっていても、咄嗟に身を屈めてしまう。
しかし焼かれる事はなかった。単なる遊戯的な脅しだったのだろう。恐怖心に負けて身を屈める姿を嘲笑っていたに違いない。それでもいつ戻ってきて襲い掛かられるのかと思うと、気掛かりで落ち着けなかった。やはり人の心のいたぶり方を心得ている。
――しかし、なぜあの教団の聖職者があちら側についていたのか。
「……裏切りの聖職者か? 何故そんな事を……」
ルースはもう一度、喉の奥に酒を流し込む。
今度は水を飲み干すように喉を鳴らした。すぐさま胃が熱くなり、吐き出す息には十分な酒精が漂っていた。それでも酔えた気がしない。
推測するにはあまりに材料が少ない。考えても仕方がないとは分かっていても、考えずにはいられなかった。
既にシュケルに弓を引いてしまったのだ。もう後戻りは出来ない。それでも祖国が蹂躙されないように、常に最善を尽くし模索し続けなければならないのだから。
いっその事、何もかも忘れて酒に溺れていたいが、ウィリアムズのように、醜態を晒して悦に入るような真似は出来ない。それにあの男は王国民とはいえ所詮余所者だ。20年程前にどこからか流れてきた者が、国に己を捧げる気概など持っていないだろう。
「どうしたものか……」
陰鬱とした気分を溜め息を共に吐き出す。
懐中時計を取り出し、時間を確認する。そろそろ魔動船と合流する頃合いだ。
ルースが航海士の下に向かおうと考えていると、見張りをしていた船員が遠眼鏡を覗き込み、忙しなく動いている事に気付く。
妙な胸騒ぎを感じたルースは船員に駆け寄った。
「……何かあったのかね?」
「不可視化させていない魔動船を視認しました。手筈とは違うので、何かあったのかと気になりましたので」
「……確かにそれはおかしいですな。とにかく合図を送りながら、近付いてみるしかないでしょう」
魔動船は決められた地点で不可視化させて停泊している予定だ。この船が近付いたら、まず魔動船から信号が送られ、帆船からも信号を送り返す決まりになっている。それから不可視化を解除させる手筈なのだ。しかし予定とは違い可視化させて停泊している。ならば緊急事態が発生している可能性が否めない。
背中に冷や汗が流れるのを感じながら魔動船を目指して進んだ。
目視で視認出来る距離まで近付くと、月明かりに照らされた魔動船が、幽霊船さながらの不気味な静けさを漂わせていた。
初めて魔動船を見た時は力強さに圧倒されだが、今の姿は墓標のような寂しさが感じられる。
信号を送りながら、ゆっくりと距離を縮めていくと、やがて信号が返ってくる。船員は生きているようだと、僅かに胸を撫で下ろし、魔動船の至近距離まで近付く。接舷して乗り込むと、顔馴染みの老いた機関士が、虚ろな表情で佇んでいた。
帝国から派遣されてきた技術指導官のウォリスだ。職人気質が強く、口も性格も良いとは言えないが、仕事を放棄するような人間ではなかった。
「……一体どうしたのですかな? 手筈と違うようですが、何かあったのですかね?」
「……」
ルースは尋ねるもがウォリスは生気のない目で見つめ返してくるだけだった。月光に照らされて浮かび上がる表情は、まるで生きる屍だ。本当に魔動船が幽霊船になってしまったように思えて生唾を飲み込む。
馬鹿な。そんな筈はない。そんな願望に近い思いを抱いて、ルースは乱暴に肩を揺さぶった。
「い、一体何があったのですか!? 」
叫ぶように尋ねると、はっとした表情になったウォリスが、唇を震わせながら、躊躇うように口を開いた。
「……セイラー特務官か。……ひ、光だ。あの施設を襲ったのと同じ……光の跡だったんだ。……呪いの光だ」
「……呪いの光? 一体何が……船に何があったというのですか!」
「昨夜……海上に閃光が走ったのだ。……その余波に触れ……船は完全に機能停止した。……あれは数ヵ月前に帝国の研究施設を襲った呪いの光と同じだったのだ。……いや、奴らにとっては希望の光か。ならば……いつ燃料が覚醒してもおかしくはない。……くく、はははっ! 逃げ場のないワシらはここで果てるのだ――いや」
ウォリスは焦点の合っていない瞳をぎらつかせながら、壊れたように笑う。それから何かを思いついたように口角を吊り上げて言葉を続けた。
「くははっ! なんだ、逃げ場ならお前さんらの帆船があるではないか! すぐにこの場を離れるぞ! さぁお前達も早く、一刻も早くここから去ろう!」
ウォリスは船員達に呼び掛けながら、老人とは思えない膂力でルースを帆船まで引きずろうとする。
だが二つ返事で従う訳にはいかない。渾身の力を振り絞り、踏みとどまる。
「ちょ、ちょっと待っていただきたい! 魔動船はどうなるのです!」
「……放棄しか道はない」
「な、何を……そんなに簡単に放棄出来る訳がないでしょう! ソブタルがあれにいくら支払ったと思うのですか!」
「ワシはただの機関士だ。他国の懐事情など知らん!」
吐き捨てるような言葉に、ルースは荒々しい感情が駆け巡る。血が濁流のように脳に向かい、氾濫を起こさんばかりに青筋が立つ。
――無理矢理買わせたのは貴様ら帝国だろうが! 一体どれだけの血税で賄われていると思っているんだ!
そう言えたなら、どれだけ良かったか。
喉元まで出かかった憤慨を押し戻す。
属国の、それも王族でもない一端の人間が、宗主国の者に対して言える言葉ではなかった。
だとしても食い下がらなければならない。魔動船は簡単に放棄出来るような代物ではないのだ。
「ええ、確かにウォリス殿は機関士です。我々の事情は関係ないかも知れません。……それでも動作不良の魔動船を動かせるように手を尽くしていただけませんか。どうか……どうか!」
ルースは歯を食いしばりながら頭を下げ、吼えるように懇願する。
「ああ、もちろん直そうと手は尽くしたぞ! だがな、研究施設と同じように、全ての機関が停止して動く気配が微塵もない! それでいて燃料だけは生き生きと発光しとる。……暴走するかも知れんのだ! 他種族の命ならともかく、我々人間の命は金では買えんぞ! ……分かったら早く避難させんか!」
玉のようは汗をかきはじめたウォリスは、焦燥に駆られたように捲し立てた。一刻も早くこの場から逃れようと必死だ。
だがルースもそれだけでは納得しない。出来る筈がない。知らない事柄を並べられても、はいそうですかと首を縦に振る事は出来ないのだ。だが――
「セ、セイラーさんよ、俺にも事情は分からないが、帝国の技術指導官殿がこう言っているんだ。……従うべきだろう? 俺だってシュケルの獣人共に砲撃を食らわせてやりたいが、それも命あってのものだろうが」
いつの間にか魔動船に乗り込んでいたウィリアムズが言った。ウォリスに媚を売るような笑みを浮かべながら、その手には新型の銃が抱えられている。
「おお、ウィリアムズ君か……助かるよ。緊急事態だというのにセイラー特務官の聞き分けが悪くて困っておったのだ」
「ウィリアムズッ!」
「へへ、なんだよ。まさか帝国に楯突く訳じゃないだろ?」
「……楯突く訳ではない。……ないが、この魔動船は血税の結晶だ。みすみす放棄など出来る訳がないだろう」
ルースは顔を歪めてウィリアムズを睨み付ける。
だが、余裕の笑みを浮かべたウィリアムズが、銃のボルトハンドルを起こして後ろに引いた。無機質な動作音が鳴り、銃口はルースに向けられる。
「いい加減にしろ! ウォリス殿が避難を命じているだろうが! 従いたくないなら、お前一人だけ残って船のお守りでもしてろ!」
「ぐっ……貴様っ……」
ルースは屈辱に歯噛みする。
自分の死が祖国を生かすのなら構わなかった。しかし、今この場所で、このような度し難い男にだけは殺されるつもりはない。
だが――それでも国民の血税を無駄にしたくはなかった。買わされた魔動船が、何も成さないまま放棄されるなんて、あっていい事ではないのだ。
覚悟が決まり、ルースはウィリアムズに踏み出す。
「お、おい動くな! う、撃つぞっ!」
「私に魔動船を放棄する覚悟はないが、撃たれる覚悟は出来ている。……貴様に撃つ覚悟があるなら撃つといい。私は何としてでも船の修理を乞う」
引き金に掛けられているウィリアムズの指が小刻みに震えていた。この男にそんな覚悟はない事は知っている。
暴発の恐れはあるが、頭や心臓を撃ち抜かれなければ、自分の治癒術でも応急処置程度は出来る。銃口の先は腹部に向いていた。ならば問題はない。
「ふ、ふざけやがって! 俺が撃たないと思って――」
ウィリアムズは冷や汗を垂らしながら叫ぶ。が、言い終える事なく、鈍い衝撃音によって掻き消された。
緊迫した空気が切り裂かれ、魔動船からは痺れるような振動が伝わり、船体が傾く。
誰もが衝撃の発生源に目を向け、ありえない存在に驚愕した。
発するべき言葉を失い、呼吸すら忘れる。
「こんな所れ、なーにしてるんれすかぁ? ふふふ、うぇへへへ」
少女は呂律の回らない口調で言った。
高い位置でふわりと体を揺らし、焦点の定まらない瞳で、恍惚とした笑みを浮かべている。
抱えた木箱から、何かを摘み出し、咀嚼した。だらしなく涎を垂らし、甲高い声で狂ったように笑い声を上げる姿は、常軌を逸していた。
人魚の少女と――クラーケン。
その出現にルースの覚悟は脆くも崩れ落ちようとしていた。




