36話 姉妹の歓迎は腑に落ちず
2話更新です。
「おと――お会い出来て私も感激です!」
コアラのように抱きつきながら感動を述べる赤髪の少女は、満開に咲く花のように笑みを浮かべるが、肝心の言葉を噛んでしまっていた。
端から見れば再会を果たした恋人達のように映るのだろうか。映画なら様々な事情により、二度と会えなくなった恋人が、再び出会う感動的な場面かも知れない。観衆から惜しみない拍手で埋め尽くされる中、二人は幸せなキスをして終了、といった具合になるのだろうか。それを期待でもしているのか、周りの人達から熱い視線が感じられる――気がした。
だが、噛んでしまえば台無しだ。あるいはお父さんと言い間違えたかのようにも聞こえる。きっと教師の事を呼び間違えるのと同じ類の事だろう。どちらにしろ麗しい少女と感動的に見えるかも知れない場面で、滑らかに言葉を発せなかったのは致命的である。そんな現実逃避をしながら穣司は困惑していた。
(えっと……誰この子。それに私も……って事はウェンテと知り合いかな)
ウェンテのように自己紹介から始まり、挨拶のハグともなれば対応も出来るが、突然知らない少女から抱きつかれてしまえば、どうしようもない。
それに錬金術組合の職員に謝る事を想定していたのだ。想像の範疇を遥かに越えていた事に、穣司は呆けるように彼女を見つめた。
金色の瞳の奥には縦に細長い瞳孔が見える。
猫科や爬虫類を感じさせるが、他にはこれといって動物らしい特徴が見られない。耳も人間と変わらなければ、尻尾も見当たらない。変わっているところは彼女の髪色ぐらいなものだ。元の世界でいうところの赤毛ではなく、ロックバンドマンを彷彿させる赤色だ。やはりこちらの世界の髪色には驚きを禁じ得ない。
そんな事に思いを巡らせていると、ウェンテが赤髪の少女の肩を叩いた。
「姉さん……順序を飛ばして抱き付けばジョージ様が驚くわ。自己紹介は必要よ」
「あ、そうだね。……ジョージ様、申し訳ございませんわ」
悪びれる様子のない赤髪の少女は穣司から降りる。
「改めまして、私は一応ウェンテの姉になるフランと申します! よろしくお願い致たしますわ、おと――ジョージ様」
彼女はそう言って、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて、腰を曲げて頭を深々と下げた。
カーテシーさながらの挨拶だ。育ちは良さそうだが、やはりお転婆感は拭えない。それに慣れてなさそうな言葉遣いのせいか、またもや言葉を噛んでいる。あるいは言い間違えそうになっていた。
(ウェンテが姉には見えないけど、複雑な家庭環境なのかな……。雰囲気は似てる……ような気もするけど、二人とも似てないし)
考えるも口には出さない。いや、出せない。
余所の家庭の事情である。出会ったばかりの者が詮索するべきではないだろう。それ故に尋ねる事もなく、さらりと聞き流す。
「分かりました、フランさんですね。えっと、俺の事は知っているようですが、ジョージです。よろしくお願いします」
穣司は軽く会釈する。
「そんな他人行儀なのはやめて頂けますと嬉しいですわ。私の事はフランとお呼び下さいまし」
フランは翼をはためかせるように両手を広げた。目を細め、にこりと口を綻ばせる。ただ、それだけで何を待っているのか穣司には理解できた。
先程のウェンテとやり取りトレースしているかのようだった。
「えっと……じゃあ俺の事も気軽に呼んでほしいな。それに言葉遣いもね。客でもないのに様付けされるのは、あまり好きじゃないから……」
言いながらフランに抱擁する。作法は先程と同じだ。
「では言葉に甘えまして……。えへへ、ジョージさん」
嬉々とした感情と恥じらいが混ざったような表情を見せたフランから強く抱き返される。
その後に流れはウェンテと全く同じだ。やはり背中を撫でられ首元を嗅がれる。深く空気を吸い込み、熱い吐息がゆっくりと吐き出された。まるで空気の良い田舎で深呼吸をする都会人のようだが、おそらく首元から新鮮な空気は作り出していないだろうし、加齢臭もまだない筈である。
「私はジョージ様とお呼びしてもよろしいでしょうか? ……本当は姉さんと同じように呼びたいのですが、副職長という立場もありますので……。カラバシュさん達の命を救って頂いていますので、当組合ではジョージ様を賓客として迎えたいのです。でなければ他に示しがつきません」
眉を下げならウェンテは言った。
「ウェンテは固いなぁ。おと――ジョージさんと会えたのに勿体ないよ」
「いや、まぁ、無理にとは言わないよ。ウェンテにも色々とあるだろうから、好きに呼んでくれて構わないからね」
「はい、ありがとうございます」
ウェンテは胸に手を置いて、安堵の吐息を漏らした。
客として接されるなら丁寧な対応は仕方がないし、様付けで呼ばれる事にも納得が出来る。だが、それ以外で丁寧な対応を取られてしまうと壁を感じてしまう。心を許してもらえていないような気がしてならない。
穣司としても子供相手以外なら最初は礼儀として丁寧な言葉を使うが、慣れていくうちに普通に接するようになりたいと考えているのだ。逆に言えば仲良くするつもりがない時は、丁寧な口調のままで突き通していた。
「じゃあそろそろ酒場に連れて行ってくれないな」
「ええ、参りましょう」
「はーい、じゃあ行きましょ、ジョージさん」
ウェンテから尻尾を差し出され、先程と同じように掴む。
そこまでは変わった文化という事で理解も出来るが、今回は逆の腕にフランが絡み付いてくる。腕に柔らかなものが当たっているのが、気にしている様子も見られない。それが穣司には不思議でならなかった。
(距離が近いよ……)
どの国にもフレンドリーな人はいるが、初対面でここまで距離が近い人はいなかった。いるとしたら良からぬ事を考えている詐欺師然とした人か、無邪気な子供くらいである。
穣司からするとフランは未成年の範囲内だが、幼い子供のように接する年頃でもない。身体つきは女性らしくもある。それ故にここまで密着されると、騙されているのではないだろうかと、つい疑問が浮かんでしまう。とはいえ育ちの良さそうなフランが、取るに足らない犯罪の片棒を担いでいるようにも思えず、釈然としない気持ちのまま穣司は歩き始める。
目映い光を放った街灯もすっかり元に戻っている。集まってきていた市民達も、まばらに散りはじめていた。
穣司は市民達を眺めながら、ゆっくりと歩きはじめる。
獣人種と一言で言っても様々な人達がいた。オルハンのように二足歩行の動物と思えるような人や、ウェンテやザフェルのように獣耳と尻尾以外は人間と殆ど変わらない人もいる。中には下半身だけが獣の人もいるから面白い。四足歩行なのに上半身は人の形をしているのだ。
(おお……あの少女は犬タウルスとでも言うのかな)
犬の胴体なのに上半身が人の姿をしている少女が歩いている。これが馬の胴体ならケンタウルスだろうと自身の知っている神話と照らし合わせる事も出来た。たが少女の下半身は犬そのものだった。胴長で短足だ。
尻を振りながら歩く姿は愛らしく、性的なものが感じられない。思わず背中を撫でたくなる欲求に駆られる。だが、動物ではなく、獣人種という歴とした人の姿である。気軽に撫でればお縄にかかるだろう。
そうして穣司はフェアティア市民達を眺めながら、酒場通りに入る。酒飲み達の騒がしさが妙に心地よく、様々な酒場から聞こえてくる軽快に奏でる楽器の音に心も弾む。
「こちらになります、ジョージ様」
とある酒場の前でウェンテが立ち止まる。手の力を緩めると、尻尾はすり抜けた。この地の独特案内が終了したと思えば、今度はフランのように腕に絡み付かれた。
「では入りましょう」
「あ、うん……入ろうか」
両腕には柔らかな感触が当たっている。まさに両手に華だ。状況的に自然と鼻の下を伸びてしまうだろうが、やはりというべきか、込み上げてくるものは何もない。嬉しさはなく戸惑いが勝ってしまう。
(……なんでこの二人はこんなにくっついてくるんだろう。アンジェリカのように命を助ける流れになってたら理解も出来るんだけどなぁ……。これもガルヴァガさんから授かった力の影響なのかな)
好かれる事は何一つしていないのだ。だが、人の気持ちなど分かる筈もない。釈然としないまま穣司は、タリフと書かれている店に入っていった。




