34話 世界に在る神
ばさりと音を立てている翼を持つ存在に、ザフェルは訝しげに目をやる。
傍らには楽しげな表情のウェンテが、小声で何かを話し掛けている。聴力の高い獣人種には微かに聞き取れる声量だったが、聞き慣れない言葉だった。
その布を纏った物体は、頷くように小さく揺れた。
翼を畳む。それから出口を探るように、布から手が這い出てくる。
人の手の形をしているが、人に似た肌ではなく、獣人のように体毛が生えている訳ではない。肌はごつごつとした鱗に覆われていた。まるで龍の腕だ。
指先からは鋭い爪も生えているが、その手は子供のように小さい。
そして悪戦苦闘しながら、どうにかといった様子で、その者は布を脱ぎ捨てると、体を前に倒しながら快活に挨拶をした。
「初めまして!龍人種のルイーザ・シルヴァ・アルメイダと申します! 不束者ですが、よろしくお願い致します!」
流暢にシュケルの言葉を話す、幼さの残る少女だった。
薄紫色で短めの髪は、耳が丁度隠れる程度の長さだ。
艶のある深紫色の鱗が、足の爪先から太腿まで覆われ、腕は指先から肩の付け根まで覆われていた。腰からは重量感のある尻尾が生えている。
「……おいおい」
ザフェルは思わず目を背ける。
おそらくオルハンとハリルも目を逸らしているだろう。
「あ、あの何か? ……もしかして、この身体が不気味に見えましたか?」
少女は不安げな声で言った。
「あ、いや、身体は別にいいんだけどよ。その、なんつーか……もうちっと、ちゃんと服を着た方がいいとおもうぜ」
少女は胸と下腹部を最低限隠すだけの下着同然の服を身につけていた。が、布を脱ぎ捨てる時に引っ掛かったのか、あるいは左右で結っている箇所の片側が緩んだのか、肝心の下の部分がはだけていた。
「え? ……あっ!? す、すみません、お見苦しいものを見せてしまいました」
少女は慌てて脱ぎ捨てた布を拾い上げようとする。
しかし、布を踏んでいたまま力任せに引っ張ったのか、布が引き裂かれる音がした。その直後、どすんと転倒したような音と「痛っ!」という声が室内に響く。
その音に釣られて、無意識に視線を向けてしまう。
そこには股を開いたまま尻餅をついている少女がいた。涙目で顔を赤らめている。
傍らにいるウェンテは口元に手を添えながら少女を見つめていた。次に悪戯っぽい視線がザフェルに向けられる。目が合ったザフェルはすぐに逸らした。
「……ザフェル君? いくら船上生活が長かったからといって、そんなに見つめたら駄目よ」
「いや、そんな目で見ちゃいねーよ。……つーか慌てなくていいから、ゆっくり服を着てくれ」
ザフェルは溜め息を吐いた。
見た目だけで言えばまだ子供だ。おそらく年齢は12から13歳程度。半獣人の感覚からすれば、あと二年から三年もすれば成人といえる歳になるだろう。
そんな外見だからこそ、見えたからといって、どうという事はない。しかし微妙な気まずさを覚えてしまう。
それ故にザフェルは別の話題を振った。
「あー、長い名前だけどよ、何て呼べばいいんだ? 俺はザフェルだ」
「俺はオルハン・カラバシュだ。好きに呼んでくれて構わない」
ザフェルが名乗ると、オルハンも続いて名乗る。
「承知しました! 私の事はルイーザとお呼び下さい! あっ……もう、こちらを向いて下さっても構いません」
視線を戻してみると依然として際どい格好のルイーザがいた。下着だけを身につけているとしか思えない。娼婦だとしても、もっと色気のある格好をしているだろう。
「あのよ……それって下着だろ? 龍人種ってのは服を着ない種族なのか?」
「あっ! いえ、いつもはきちんとした服を着ています! ですが、龍の姿になると服が破れてしまうので、今はこのような格好をしているんです! ……決して肌を露骨に見せるような種族ではありません、念の為」
「そうか……ならいいんだけどよ。 ……で、同盟だっけか。 副職長は何をさせるつもりなんだ?」
「ザフェル君とルイーザちゃんには二人組になってもらおうと思っているわ。……いずれ、跨がる事や、抱えてもらう事も増えると思っているもの」
「――は? 跨がる? 抱えてもらう?」
四つん這いになっている彼女に跨がる自分を想像してしまい、思わず頭を横に振った。
子供に跨がる趣味なんてないし、抱えてもらう事も無理がある。
「……あのねザフェル君、龍の姿の時の話よ?」
ウェンテは笑いを堪えるように言う。
「……分かってるっての」
眉間を押さえながら、ばつが悪そうにザフェルは言葉を返す。
龍の姿になれるのは先程聞いたが、その姿を見ていないのだ。どうしても人型の姿のままを想像してしまう。
「あ、あの! ザフェル君が望むなら、私はこの姿のまま跨がられても大丈夫ですよ!」
ルイーザは顔を紅潮させて照れている。
「……いや、望んでねぇから。つーかルイーザはまだ子供だろ?
いくら同盟を結んだからと言って、俺らの戦いに巻き込む訳にはいかねーよ。オルハンだってそう思うだろ?」
「うむ。……国が決めた事という事は、同盟がシュケルの為になるのだろう。納得しかねる事もあるが理解は出来る。しかし、子供を巻き込む事だけは許さん」
言い放つオルハンの瞳からは強い意志が感じられた。
決して曲がる事のない鉄の意志だ。きっと命を落とそうとも意見を変える事はないだろう。
「……そういう事だ。きっとルイーザも国から命令された事なんだろうよ。それでも嫌な顔をせずに初対面の男を乗せようとしてんだ。その心意気は買うぜ。……でもな、子供を危ない目に遭わせる訳にはいかねぇんだ。それにな――」
ザフェルは拳を前に突き出した。
「仇は俺等だけの手で討ちてぇんだ。……シュケルの賢い奴らが決めた事に文句を言いたかねぇけどな、勝てないかも知れないからって他種族に頼るような真似をしたかねぇんだ」
「……それが滅びの道を進む事だとしても?」
そう言ったウェンテの表情からは笑みが消えていた。
凛とした空気が張り詰め、室内にいつの間にか冷気にも似た雰囲気が漂っていている。
だがそれでもザフェルは構わず言葉を続ける。
「舐めた真似で挑発されてんのに、他種族に助力なんて願えねぇっての。それなら最後の最後まで戦って散った方がマシだ。それに俺が死んだって誰かが――」
「死んだら駄目ですよ?」
ルイーザが柔らかい声質で言葉を遮る。
幼さを感じさせない大人びて穏やかな表情だった。
そして微笑みを浮かべたまま歩き出し、突き出したザフェルの拳に触れる。慈しむように包み込み、胸に抱えるように持っていく。
「聞いていた通りの人で安心しました。これなら私も一緒にいたいと思えます。……なので死んだら駄目ですよ」
「おい、何を言って……」
「ずっとずっと大昔は種族関係なく皆で仲良くしていたって話を聞いた事がありますか?」
「……まぁな。ガキの頃に副職長から聞いた事がある。……つっても、お伽噺としか思っちゃいねぇよ。大抵の国で争いはあるしな」
子供の頃にウェンテから聞かされた事があった。
しかし所詮は絵空事だ。それは今の自分が証明している。
覚えていないが幼い頃に拐われ、記憶を失うまで薬漬けにされたらしいのだ。そして数日前には策略で殺されかけている。種族関係なく仲良くしていたなんて言葉には説得力がない。
「私達は争いを避ける為に他種族……つまり鱗のない人達との接触を固く禁じられていました。一緒に居れば争いが生まれてしまう……と。ですが、私達の伝承では「いずれ在るべき世界に還る」という話も伝えられています。……そして、それが今なのだとも。そういう話もあって、私達龍人種はまず獣人種の方々と一つになるべきだと考えたようです。なので獣人種は私達のお友だちです」
そう言いきったルイーザは、はにかむように笑った。
「ルイーザの思想にケチをつもりはねぇけどよ、その話だといずれ人間種とも一つになんだろ? じゃあ俺等と共に戦わない方がいいんじゃねぇのか?」
「いずれ……そうなると思いますが、今の人間種の方々には難しいです。ところでザフェル君は私を上に見ていますか?それとも下に見ていますか? ……奴隷にして飼いたいと思いますか?」
「んだよ突然……。何かで競い合うならともかく、会ったばかりなのに上も下もねぇだろ。それに奴隷なんざ糞食らえだ」
ザフェルは吐き捨てるように言い放つ。
「ですよね! 種族の違いや能力差があっても、上も下もありません。ですが――」
破顔しながらルイーザは言った。
しかし陰りに落ちた表情になる。それから一拍置いてから言葉を続けた。
「かの帝国とその属国ではそうではないみたいです。他種族を上に見ながらも見下してもいます。奴隷に関しては……口に出せないような事が行われているようですね。女王様もそれを不快に思っているようでした。なので人間種と戦いになるのは、在るべき世界に還るべき為の荒療治……という訳です。つまりこれは私達の戦いという事でもあるんです。だから一緒になりましょう」
ルイーザの笑顔を輝かせながらザフェルの拳をぎゅっと握り締める。
しかしザフェルには在るべき世界と言われても実感が湧かなかった。人間達との来るべき戦争の話から飛躍し過ぎている。それも壮大過ぎる話で、ついていけない。
「悪いが在るべき世界って言われても分かんねぇし、やっぱり子供を巻き込む訳にはいかねぇよ。それに同盟国として戦うんなら軍人と組むんじゃねえのか? 俺等は組合の護衛船の船乗りだ。そりゃ絡まれれば戦うし、昔の話で言うなら敵国にも乗り込んじまった事もあるだろうけどよ……共に戦うんならシュケル海軍と組むべきなんじゃねぇのか」
「あのぅ、見た目はこんなんですけど、私はザフェル君よりも年上ですよ? だから子供扱いしなくても大丈夫です!」
「はっ? まじかよ……長命種ってやつか。俺にはどうみても子供にしか見えねぇよ」
「あら、ルイーザちゃんはザフェル君より年上よ。それに海軍とも話はついているわ。と言っても海軍よりも貴方達の方が交戦経験豊富でしょうけどね。国の所有していた船団の名残りというだけだから仕方ないけれど……。それに戦争ともなれば真っ先に貴方達が先陣を切っちゃうから、龍人種の彼女とザフェル君も組んでもらうのよ」
「いや、まぁそうなんだけどよ……」
海魔や喧嘩を吹っ掛けてくる海賊紛い達ならともかく、シュケルとまともに戦争した国はない。
昔から恐れていた。それに加えて20年前の報復行動が余計に周辺国からの畏怖を加速させている。
それ故に国防という名目で存在している海軍が活躍する事はなかった。海軍が活躍する場を未然に防いでいたのがオルハンとも言える。
「……ねぇ、ザフェル君。それにカラバシュさん。ちょっといいかしら」
居住まいを正したウェンテが神妙な声で言う。
ザフェルとオルハンは声を揃えて「ああ」と答えた。
「この世界は争いを好まない神様がお作りになったのって言ったら疑ってしまうかしら?」
「宗教の話か? 正直なところ漠然としているし、副職長が昔言った『今は信じたいものを信じなさい』って言葉があるから、いまいち分からねぇな」
オルハンに救われた後にウェンテに保護された。その時の彼女に言われた言葉だ。
「……神か」
オルハンは熟考するように小さく呟き、ネックレスを撫でる。
「そうね、あの時はそう言ったわね。……でも、今なら言えるわ。私達は神様に生み出され、種族の壁もなく、一つになっていたの。でも、神様がお隠れになり、その力が届かなくなった途端に種族の壁が生まれて、それぞれ道を違えてしまったのよ。……信仰が続いていたのはごく一部の者達だけ。殆んどの者は神様を忘れていったわ」
ウェンテは懐かしむように語る。
それこそ自分で見てきた事のように。
これが別の者が語る言葉なら、宗教家の胡散臭い布教活動だと聞き流しただろう。だが、目の前のウェンテから神聖な雰囲気が感じられ、ザフェルは戸惑いを覚える。
「なんで俺がガキの頃に、そう教えなかったんだ?」
「獣人種は目に見えて分かるもの、感じられるものを信じてしまう傾向があるもの。より優れた者に従うという習性とも言えるかしら。……だから肌で感じられなくなった神様の事を教えても、信仰する者は少ないの。……それは教える立場としては、とても悲しい事なのよ」
報われない労苦に打ちひしがれるように、ウェンテは目を伏せて、小さく溜め息を吐く。
その姿からは折れそうな枯れ木にも似た脆さが感じられた。
ザフェルはウェンテの外見年齢を越してしまったが、それでも姉のような存在でもある。年齢の変化が見られなく、いつも若々しい。そしてザフェルをからかう事が多かったせいか、ウェンテはいつも微笑んでいた。
しかしそんな彼女が初めて見せる表情にザフェルは動揺する。
「……じゃあ何で今は教えてくれる気になったんだ。肌で感じられるようになったって言うのかよ?」
ザフェルが問うとウェンテは一変して、花を咲かせるように笑みを浮かべた。
「ええ、そうよ。肌で感じられるようになったの。悠遠の世界に赴いていた大いなる父が、この世界にお戻りになられたもの。ザフェル君だってそれを感じたはずよ。だから今なら信じてもらえると思ったのよ。それが在るべき世界に還る時という事に繋がるの。ね? ルイーザちゃん」
「はい! 私達の主様がこの世界の始まりの地に自ら訪れたんです。そこでは大いなる父にお会いする事は出来なかったそうですが、主様のご姉妹の方から色々と事情を聞いたそうですよ。女神様はいずれ再び降臨されるとの事なので、それまでに歪んでしまった世界を元に戻したいとの事でした」
「ええ、その通りね。女神様が再び降臨される日は近いの。だから在るべき世界に還す為に、まずは龍人種と共に歩み始めるの」
ルイーザはザフェルから手を離し、次にウェンテと手を取り合う。そして目を輝かせながら、熱の帯びた黄色い声で語り合っていた。
「お、おう。……そうなのか」
ザフェルはその様子にたじろぐ。
まるで年頃の女性が、恋愛話に花を咲かせるような気安さがある。しかし内容は宗教に関する話なのが奇妙であった。
こんなウェンテの様子は見た事がなかった。身内にも感じられる親しい彼女だからこそ、その変貌ぶりに引いていた。
(意味が分からねぇ。俺がいつ大いなる存在とやらを肌で感じたんだ? つーか大いなる父ってなんだよ。それに女神様って、どの女神様なんだっての。あれか?旦那の信仰してる女神ニナの事か? つーか何でこんな話になったんだ)
ウェンテ達を眺めながら思考を巡らせるも答えは出なかった。
事情を知っている二人が盛り上がっているだけで置き去りにされているのだ。理解しようがない。
祖国に辿り着けたかと思えば事態が急転し、真相が明らかになりつつあった。キナ臭い流れだ。闘争心が体の底から湧き起こった筈なのに今では困惑が勝っている。どうしてこうなったのか。
ザフェルは一先ず二人から離れ、オルハンと職長のハリルの下に向かう。そして声を潜めながら尋ねた。
「正直なところ俺には女神様だとか、大いなる父だとか全然分からねぇんだけど、オルハンと職長はこの話をどう思うんだ?」
「……実を言うと私は信徒なので最初から信じていますよ」
ハリルは淀みなく即答する。
「そうか……大いなる父か。普通の人物ではないと初めから気付いてはいたが、神……というべき存在だったか」
遠い目をしたオルハンは合点がいったと言わんばかりに静かに眼帯代わりの布切れを外す。
ザフェルはその布切れの奥にあるものを見て言葉を失った。
「おい……それって」
「あぁ、しっかりと傷が癒えている。視力も問題ない。20年前の傷を癒やす事は、どんな治癒士にでも不可能だろう。ならばこれが神の御業という事かも知れん」
背筋にぞくりと冷たいものが走る。
20年前に失明したはずの瞳は、最初から傷を負っていなかったかのように活力に満ちていた。
ありえない話だ。これでは治癒術というより蘇生術に近い。しかし蘇生術なんて禁忌は、いくら研究しようが実現不可能であると聞いた事もある。
ならばそれを平然と行える人物とは何者なのか。
「それって……旦那の治癒術の時のだよな? ……まさか、旦那が神様ってやつなのか? つーか、何であの時に言わなかったんだよ」
「口にするべきか迷っていた。それにジョージ殿から微笑みかけられると何も言えなくなってな。不思議と心が安らぎもした。静かに享受するべきなのかと考えていた」
「ああ……確かにな。最初に見せた旦那の笑顔は色々とやばかった」
ウェンテの言葉が妙に染み渡る。
神を肌で感じるという事は、ああいう事だったのだろうか。
「そして……潮の流れもおかしかった。まるでシュケルに導かれるように船が進んでいたからな。しかしジョージ殿はそ知らぬ顔だ。俺達に知られないようにしているとしか思えなかった」
「だから黙っていたのか」
「ああ、そうだ。神……いやジョージ殿は持て囃される事を好まないのかも知れん。ザフェルと友人のように会話している時は心から楽しそうにしていたからな」
「まぁな。ちやほやされるのは好きそうじゃないってのは俺も感じていた。しかしまぁ、神様だとは思わなかったけどな。旦那と出会った時から、全てが上手くいくように思えていたのは、旦那が神様だったからか。……でもよ、もう少し早く出会えてりゃ仲間も死ななかったのか?」
仲間の散る姿が脳裏を過った。
生きて帰れた事に感謝している。
だが、それほどまでに優れた力を持っているなら、なぜ死んだ仲間達は救われなかったのか。僅かに生まれたわだかまりにザフェルは苛まれる。
そして――そんな事を考えたばかりでなく、口に出してしまった自分に腹を立てた。
「……悪い。今の言葉は忘れてくれ。神なんて信じていなかった俺が、都合よく頼ろうとするなんてありえねぇ話だ」
罪悪感が募り、思わずネックレスを撫でる。
恩がある事には変わりがないのに、相手が神という存在というだけで、更に救いを求めようとしてしまった。絶対に口に出してはいけない恥ずべき願いだ。信仰した事は一度もないのに、欲深いにも甚だしい。
「あまり自分を責めるな。ザフェルが悪い訳でも、ジョージ殿が悪い訳でもない。全ての元凶はあの糞共なのだからな」
オルハンはザフェルの肩を叩きながら言う。
「……あぁ」
「それに、だ。俺達はジョージ殿のお陰で、逃げ帰る糞共に最高の瞬間で遭遇する事が出来たんだ。それは心臓を抉るような一撃だったろう。奴らは今頃慌てるふためいているぞ」
「確かにな。まるで計ったかのような瞬間だった」
「それこそが神様の恩恵よ。運命力と言ってもいいわね」
いつのまにか傍らにいたウェンテが微笑む。
「……どういう事だよ?」
突然の言葉にザフェルの頭の中で疑問符が飛び交った。
「世界は神様を中心に回っているの。神様に好ましく思われれば、風向きまでもが変わるのよ。ザフェル君の報告だと自らを顧みずに、船乗りの掟に従った貴方に、ジョージ様は心を打たれたように感じられたわ」
「……そうなのか。よく分からねぇけど神様って凄いんだな。じゃあ俺らはこれからどうすりゃいいんだ? 旦那の事は信頼してるが、信仰しろって言われると正直むず痒くなる」
ザフェルは決まりが悪そうにウェンテに視線を戻す。
「ありのままの私達を望んでいらっしゃるだろうから、そのままでいいと思うわ。ザフェル君なら命の恩人にどう接する?」
「どうって言われてももな……。俺は酒を奢らせてくれって言っちまったけどよ」
「ならばジョージ様はきっと、それを望んでいらっしゃるわ。どのみちこれからルイーザちゃん達との親睦を兼ねた宴になるもの。ザフェル君の言葉は必然になったわね」
「それも運命力ってやつなのか?」
「ええ、そうだと思うわ。それに明日から忙しくなるわよ。貴方達の口から事の顛末を国長の報告しなければならないし、他にもやるべき事はたくさんあるもの。すぐには同盟に納得出来ないかも知れないけど、しばらくは様子をみてちょうだい。あっ……そろそろジョージ様がお戻りになるわね」
ウェンテの耳がぴくりと動き、窓の外を見つめる。
ザフェルにはまだジョージの帰ってくる気配は感じられない。しかし彼女には確かな気配を感じ取ったようだった。
「なぁ副職長。あんた一体何者なんだ」
「ふふ、女性にそんな事を聞くのは失礼よ。では私はお迎えに参るわ。皆は酒場に向かっていて」
「いや、俺も迎えにいくぜ」
「ダメよ、ザフェル君は酒場で先に楽しんでいて。 ……私はずっと待ち望んでいたの。少しだけ二人きりにさせてちょうだい」
そう言い切ったウェンテの表情は有無を言わせぬ笑顔だった。
尻尾は勢いよく振られている。心なしか落ち着きも失っているように見えた。
その異様さにザフェルは何も言えずに、ただ黙って頷く事しか出来なかった。




