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悠遠の旅空に~半神のバックパッカー~  作者: ビール汁
フォルティス大陸南東海域
29/76

29話 猛然たる古代龍は乙女のように

 吊床(ハンモック)に揺られるザフェルは今日も穏やかな眠りについていた。

 今までの船上生活では考えられない程に眠りは深く、誰もが安らかな寝息を立てている。

 本来ならほんの数時間の睡眠を取れば自然と目は覚めた。見張りの交代という習慣のせいもある。しかしここ数日は見張りの交代をする事もなく、普段以上に眠り続けていた。


 それはジョージという男のお陰でもあった。

 彼はどうしても夜の見張りがしたいと言って聞かなかった。

 ザフェル達にしても命の恩人にそんな雑用をさせる訳にはいかなかったが、どうしてもと頼まれて断れなかったのだ。そこまで言うならと、仕方がなくザフェルも折れた。


 そんな事もあり、夜間のザフェル達は穏やかに寝ていた。

 不思議と寝つきは良かった。一度眠ってしまえば朝まで起きる事はなかった。不安も心配もなく、神経を研ぎ澄ます事が不要とさえ感じてしまう程だった。


 満たされていた。心が。身体が。

 胃袋は多少満たされていないが、そんな事は些細な事でもあった。

 いつでも新鮮な水が飲む事が出来る。とびきり美味い水だ。喉が潤うだけでなく、体の隅々にまで活力が行き渡る水でもある。そして食料もまだ残っている。それだけで十分すぎる程だ。


 しかし満たされているのはそれではなく、彼がこの船に乗っているからだろう。

 不思議な人間の男だった。彼がいるだけで穏やかな気分になる。出会って数日なのに、いつの間にか船乗り達の心の拠り所になっていた。

 彼に傷を癒されたが理由の一つでもある。しかしそれ以上に彼が漂わせている穏やかな雰囲気が要因だろう。彼の前では種族の差など無いも等しく感じられた。種族が違うのに、親とも兄とも親友とも思えてしまうのだから。


「……ふわぁ。……今日もよく寝れたな」


 ハンモックに沈む体を起こしてザフェルは起きる。

 寝つきと同様に寝起きも良かった。眠眠と覚醒の狭間をさ迷う事もなく、心も体も爽快としていた。


 懐中時計を取り出して時間を確認する。

 西方から伝わってきた魔道具だ。指先に属性の力を宿す事なく、時間を数値にして計る事が出来る便利な道具だった。


「そろそろ日の出か」


 ザフェルは頭を掻きながらハンモックから降りた。

 まず背伸びをして、身体を(ほぐ)す。それから樽に貯められた水をジョッキで掬い、渇いた口に潤いを与える。ジョージの魔術によって作られた水だ。


「ぷはぁ……。やっぱうめぇな」


 不思議な水だ。飲み干すと体の底から活力が湧いてくる。

 思えば昨日見た魔術も凄かったなとザフェルは思い返す。


 本来なら生物を体内から凍らせる事は難しいとされている。

 それは別系統の魔術でも同じだ。どの生物の体内にも、魔力と同様に魔力抵抗(レジスト)力が備わっている。その為、攻性魔術のみで対象の内部に干渉するのは困難だ。仮に体内を沸騰させようとするのなら、対象者の魔術抵抗力を力尽くで上書きさせても、お釣りがくる程の圧倒的な魔力がないと難しい。それでいて繊細な技術と、高い適性も必要だと聞く。オルハンのように武器に属性魔術を付与するなら、内部からも損傷を与える事が出来るが、それでも魔力抵抗は受ける。

 それは鮮度の高い死体でも同じ事で、死の直後でも残留魔力抵抗力が邪魔をして体内に干渉するのは難しい。むしろ下手に死体の内部に干渉するならば、(あるじ)を失った行き場のない残留抵抗力が暴走する危険性だってある。死体が膨張して弾けるだけならマシな方で、最悪の場合は不死者(アンデッド)の身に堕ちる危険もあると聞く。

 よって、もしも魔術のみで新鮮な魚を凍らせるならば、外部から氷漬けにするのが基本だと、ザフェルは魔術組合(ギルド)の者に聞いた事があった。そして体内から直接凍らせるような事が出来る魔術師は滅多にいるものではない、と――。


「のほほんとしてるけど、やっぱ旦那は凄腕の魔術師だな。……さてと、そろそろ旦那と交代しな――」


 交代しなきゃな、と言葉を続ける事は出来なかった。

 けたたましい鳴き声が響き、甲板に向かう階段を上ろうとするザフェルの足が止まる。


「……なんだ、この音」


 鳥とも獣とも言えぬ鳴き声だ。啜り泣いているとも、甘えているとも感じられるような甲高く大きな声。時折、ふしゅうと突風が吹くような音がすると、船内にビリビリとした振動が伝わってくる。


 ――そして


 押し潰されるかのような、圧力にザフェルは襲われる。

 クラーケンとは比べものにならない存在が、船上にいる気配がした。

 肌が粟立ち、重たい空気に頭を押し付けられ、這いつくばりそうになる。警鐘を激しく打ち鳴らすかのように心臓が鼓動していた。


 船内に目をやると、起きたばかりの仲間達が、日に焼けた顔を青くしていた。船長室にいるオルハンも、おそらく同じようにしているだろう。


 ザフェルは首から下げているネックレスを撫でてしまう。いつの間にか癖になっていた。撫でると心が落ち着いてゆく。

 それはジョージという男のお陰なのか。あるいは彼の信じている女神の影響なのか。それとも両方か。


「だ、旦那は大丈夫なのか?」


 ザフェルは「ふぅ」と息を吐き、呼吸を整える。

 ネックレスのお陰か、圧力が軽減した気がした。四肢に力を込め、舶刀(カトラス)と短銃に手を掛ける。


「上で何かが起こってる。……行くぞ」


「行きましょう。ジョージさんが心配です」


 ザフェルが告げるとサヤンが応えた。他の船乗りも、すぐに武器を抜けるように備えていた。そして一気に階段を駆け上る。

 蹴破るように乱暴に扉を開けると、一同は驚愕から動きが止まった。


「――なっ!?」


 燃えるような深紅の巨大なドラゴンがいた。

 翼を広げた姿は縦に帆走する船の五隻分はあり、牙一つが人の大きさはあった。

 硬質そうな鱗が熱を揺らめかせながら陽光を反射させていた。

 鉛玉はおろか刃も通さないだろう。命と引き換えにしても鱗に傷をつけられるかどうかさえ怪しい。そう思わされる程の圧倒的な差があった。どうあがいても敵う事のない生物としての差だ。


(……なんだ、こりゃあ。まさか、これが……古代龍なのか?)


 ザフェルは言葉に出せなかった。

 潤っていたはずの口内は既に乾いていた。無理矢理に唾を喉の奥に押し込むだけで精一杯だった。


 フォルティス大陸北西部に住まうとされる恐ろしき伝説の龍。お伽噺(とぎばなし)で誰もが聞いた事があるであろう存在だ。

 ワイバーン等の龍種とは比較にもならない。あまりに次元が違う。クラーケンが可愛くさえ感じられる圧倒的な存在感だ。即座に平伏すのも当然と思わせられる。


 そんな龍が翼を羽ばたかせる事なく、下半身を海に浸けながら、静止しているように浮かんでいた。

 そして船に寄り掛からないようにしながら、顎を乗せるように頭だけを差し出している。――ジョージという男に。


『おぉ、よしよしよし。ドラゴンって想像以上に大きくて人懐っこくて可愛いんだなぁ』


 こちらに気付いていないのか、ジョージが他言語でドラゴンに語り掛けていた。その言葉はザフェルには理解出来ない知らない言語だった。


 それでいて戦慄しているザフェルとは違い、彼は推定古代龍を前にして顔を綻ばせながら、愛でるように撫でていた。抱き締めるように両手を広げて、頬ずりまでしている。


 ドラゴンは潤んだ目を細めながら鼻息を荒くしていた。まるで間欠泉のようだった。吹き出される鼻息が船を振動させている。


 そしてジョージは龍に頬に口付けをした。

 その瞬間、龍の尾が跳ね上がり、水飛沫を上げた。

 頂点でピンと伸びた尾は痙攣するかのようにピクピクと動き、それから力が抜けるように海面を叩き付け、再び水飛沫が上がる。


 その口付けに卑しさは微塵も感じられなかった。単なる愛情表現の一つであるかのような軽いものである。


 口付けを受けた龍は歓喜をあげるような甲高い鳴き声を上げた。表情は蕩けているように見える。目尻を下げて、恍惚としているようにも感じられた。

 龍はふしゅうと一際大きな鼻息も吹き出していた。その振動がザフェルにも伝わってくる。

 お伽噺(とぎばなし)に聞く畏怖の象徴である古代龍とは思えない姿だった。


(あ、ありえないだろ……こんなの)


 ザフェルには龍の表情は分からない。

 それでも敵意があるかどうか程度なら分かる。そしてこのドラゴンは敵意など皆無だった。おそらく感情はその正反対のところにある。まるで初々しい乙女のような反応だ。


(まさか……旦那は!? いや、流石に……でも……)


 お伽噺(とぎばなし)では高位のドラゴンは人の姿になれると聞く。

 あるいはその逆で、高位の龍人がドラゴンの姿になっているという話もある。


 しかし、それは完全な人の姿ではなく、体のどこかにドラゴンの特徴が残っているとの事だ。もしも完全な人の姿になれるとするのなら――それは頂点に立つ最高位のドラゴンだと考えられなくもない。


 とはいえ、それは所詮お伽噺(とぎばなし)だ。現実の世界の話ではない。

 それでも目の前の現実がそれを否定する。古代龍と思われる存在が、乙女のような反応を見せているのだ。まるで生娘が憧れの人に熱を上げているような――そんな様子に見えた。


 いくらジョージという人間が優れた魔術師だとしても、古代龍が一人の人間に対してする行動とは思えなかった。

 それ故に先程の鳴き声が、今となっては甘えるような声でもあり、雄を求めるような鳴き声にも思えた。まるで求愛の声に感じられる。


 ならば考えられるのは、ジョージが古代龍と同等の存在。あるいはそれを超える者。人の姿でありながら、龍に求愛されるのならば――それは彼が完全な人の姿になれる、最高位の龍である証――。

 ザフェルにはそう思えて仕方がなかった。


「だ、だん……な?」


 声を掛けようとするが、ザフェルは蚊の鳴くような声しか出せず、ジョージまで声が届かなかった。

 そしてザフェル達の存在に気付いていないのか、ジョージは尚も古代龍を撫でている。


 ザフェルは迷路に迷い混んだ気分になった。

 自分一人では考えが上手く纏まらない。こんな時にオルハンがいればと思うが、船長室とザフェル達が寝ていた部屋が別なのが悔やまれる。

 それ故にザフェルは助けを求めるかのように、背後にいる仲間に掠れるような小声で話し掛けた。


「な、なぁサヤン。お前だってお伽噺くらいは知ってるだろ?な、ならよ、旦那って最高位の龍人なのか?」


「えっ? ……あ、うん。……もちろんお伽噺は知っているけど。……もしかすると、そうなのかも……知れないね。それに別の言葉を喋っていたから、それが龍人語なんだと思う」


 呆けていたサヤンが我に返りながらも、張り付けて固まったような困惑顔のまま言った。


「な、ならよ、ジョージ様って呼んだ方がいいのか? つか、もっと丁寧な態度がいいよな?」


「う、うーん。……でも、ザフェルが友人のように接していると、ジョージさんはとても楽しそうにしてたね。それに旦那って呼ばれていると嬉しそうにも見えたよ」


「え、ああ、そう……なのか? いや、言われてみれば、確かに……な。んじゃ、急に態度を変えるとマジぃのか」


「きっとね。……もしかするとジョージさんは最高位の龍人が故に、気軽に接してくれる人がいないのかも知れない。だからザフェルの事も好ましく思っているんだと僕は思うよ」


「そ、そっか。ま、まぁ俺等の恩人である事には変わりはねぇんだ。旦那が望むなら、変に畏まらない方がいいのかもな」


 思い返せば様々な事に納得がいった。

 魔力抵抗を容易く上回る魔術。クラーケンの触腕をもろともしない身体。どれも普通の人間では叶わない事である。

 ただし、分からないのが彼が遭難していた事だ。どのような理由があれば、最高位の龍人が遭難するのか。大空を舞う事も容易な筈である。


(そういや龍は長生きなんだったっけな。いや、まさか……)


 その理由に行き着きそうになり首を振る。

 今は推測で考えても仕方がない。ザフェルは深く呼吸して気持ちを切り替える。


「お、おはよう、でゃ、旦那。そ、そろそろ見張りの交代って言いたいところなんだけどよ、その龍はどうしたんだ?」


 しかし噛んでしまう。いつも通りの口調でジョージに話し掛けようとしたが、声も少し上ずっていた。


「ん? あ、ああ! い、いつの間に……。お、おはようザフェル。こ、この龍もどうしたんだろうね。船の周りを飛んでるなって思ったら、急に近付いてきて撫でてほしそうにしてたんだよ。……いやぁ、人懐っこいし可愛い子だよね、あはは」


 一瞬だけ焦りの表情を浮かべたジョージは、すぐに優しげな笑みに戻り、龍を撫でながらがらシュケル語で言った。

 その言葉にザフェルは、またもや上ずった声が出てしまう。


「か、可愛い?」


「えっ!? もしかして人懐っこくても、大きい龍だと一般的には可愛く感じられないものなのかな?」


「ああ、俺は――」


 恐ろしいと言いかけて、ジョージの頭上にある龍の瞳にじとり睨まれる。

 心臓が止まる思いがした。ザフェルは震えるように息を吐き、力なく言葉を続けた。


「あ、ああ……可愛いと思うよ」


「ああ、なんだ、良かった! はは、やっぱり可愛いよね。こう大きいと撫でがいがあるよね、ホント」


 安堵の表情を浮かべた後に、目を輝かせながら子供のような笑みを浮かべるジョージに反して、ザフェルは引きつったような笑顔を浮かべていた。

 ザフェルは悲鳴をあげなかった自分を誉めたくなる。

 龍はしげしげとザフェル胸元を見つめてから、満足したような表情に戻った。


(どこが可愛いんだよ旦那!俺には怖さしか感じねぇよ!)


 ザフェルに龍の美醜が分かるはずもなかった。

 それよりも恐ろしさが先にくる。しかしジョージが可愛いと言うのなら、きっと可愛い顔の龍なのだろう。それはザフェルの理解の範疇を越えている事ではあったが。


 しばらくすると撫で終わったジョージが、ポンポンと龍を優しく叩き、別れを告げるような口調で言う。


『俺達はシュケルに向かっているから、また今度ね』


 すると龍は寂しげに鼻を鳴らしながら、項垂れるように首を縦に振った。それからゆっくりと羽ばたいて、空高く舞い上がり、船を中心に旋回し始める。


「なぁ、旦那。今のは何て言ったんだ?」


 おそらく龍人語で喋ったのだろうが、言葉の分からないザフェルには「シュケル」という言葉しか聞き取れなかった。


「ん? 俺達はシュケルに向かってるから、また今度ねって言ったんだよ」


 ジョージは朗らかな笑みを浮かべて言った。


「そうなのか。じゃあ、あの龍はなんであんな高い所で旋回してんだ?」


 ザフェルは空を見上げながら言う。


「……さあ、なんでだろうね?」


 ジョージも理由が分からないのか、きょとんとした表情で空を見上げながら言った。それから視線を戻して続けて言う。


「ま、ともかく、交代よろしくね」


「おう、分かった。後の見張りは任せてくれ」


 寝起き早々に衝撃的な出来事に遭遇してしまったが、なにはともあれ見張り交代の時間である。

 ザフェルはこれからも彼にそんな雑用をやらせてもいいのだろうかと、空を見上げながら考える。傍らで楽しげに空を見上げているジョージを横目で見ると、答えはすぐに出せた。きっと今のままの関係の方がいいだろう、と。


 ザフェルがそんな事を考えていると、別の扉から現れたオルハンから声を掛けられる。


「遅れて済まないな。……それで、今の巨大な龍は?」


 顔色は悪く、呼吸も荒い。身体強化をしていたのか、魔力を帯びていた形跡も見られた。いつでも飛び掛かれるようにしていたのだろう。


「あそこで飛んでるよ、ほら、あそこ」


 ジョージは龍が舞っている空を指差しながら言う。それから友人に向けるような気軽な態度で、旋回している龍に手を振った。


「まー、その、なんだ。……あの龍は旦那に撫でて貰いたかっただけみてぇだぜ」


 ザフェルは首を傾げて両腕を小さく広げた。お手上げといった様子で、困惑が滲み出た半笑いをした。

 オルハンは眉間に皺を寄せて「むむむ」と小さな唸り声を上げて空を見上げた。理解し難いと言いたそうな表情だ。ザフェルとしても同感だった。


 そうして見張りを交代したザフェル達は暫くの間、周りを眺めていた。

 海を見渡せば、代わり映えのしない大海原が広がっている。潮の流れは相も変わらず、緩やかに船を北に流していた。

 東の空には、先程より幾分か高い位置まで登った太陽が、暖かな光が降り注ぎ始めている。


 そして――空を見上げれば、尚も旋回し続けている龍がいた。

 立ち去る気配はない。甘えるように鼻を鳴らしている声が微かに聞こえてくる。

 その様子は飼い主の傍らを離れようとしない愛玩動物にも感じられ、物陰から好きな人に声を掛ける機会を窺っている乙女のようにも思えた。

 そんな龍の姿を見上げるジョージは口元が綻んでいる。その様子にザフェルは感嘆の吐息を漏らすように呟く。


「はぁ……色々と凄いもんだな」


「どうしたのいきなり」


「俺は船乗りになって世界が広がったように感じてたんだけどよ、まだまだ驚かされる事ばかりなんだなって思ってな。……あの龍とか特に、な」


「まぁ、そうだね。人懐っこいくて可愛いからね」


 ジョージはうんうんと頷きながら笑った。


「あっははは、流石は旦那だな! ま、一番驚いたのは……いや、まぁいいか。 ……そんな事より旦那は逢い引きでもしてこないのか? あの龍が寂しそうにしてるぜ」


 理解を越えた言葉にザフェルは腹から笑った。

 お伽噺(とぎばなし)に語れる古代龍ですら、彼にとっては可愛らしい少女同然だ。そんな風に思えるジョージにはもっと驚かされたが、彼はそんな言葉を望みそうにない気がした。

 それ故にザフェルは友人を茶化すかのようにニヤリと笑う。


「逢い引き……かぁ。なかなか洒落た表現だね。……うん、確かにあの子と空の旅をするのも楽しそう。でも、今は船旅を楽しむよ」


「そっか。ま、あの龍なら船ごと持ち上げて、船旅を兼ねた空の旅ってやつも出来そうだけどな!」


「……あ! そっか、そういうのも有りなんだ」


 ジョージは一度パチンと手を叩き、閃いたと言わんばかりの顔をする。


「へっ!?」


 ザフェルはその様子に戸惑い、空気が抜けるような声を漏らした。


『おーい、こっちにおいでー!!』


 ジョージは大きく両手を振りながら叫んだ。

 ザフェルは「まさか……」といった表情で冷や汗を垂らした。仲間達は何事かざわつき始める。


 すると空の高い位置で旋回していた龍は空気を裂くように降下してくる。点にしか見えなかった姿が、瞬く間にはっきりと姿が分かる位置まで降りてきた。そして船に辿り着くと先程のように頭を差し出して、甘えるような鳴き声を出す。


『よしよし、いい子だね。……ところでお願いなんだけど、この船を抱えて、シュケルまで連れて行ってくれないかな?』


 ジョージは撫でながら、おそらく龍人語で何かを語り掛ける。

 龍は嬉しそうに目を細めて、鼻息を荒くしていた。甘えるように頭をジョージに擦りつけてから、頷くように顔を縦に振ったように見えた。


 それから龍はふわりと浮かび上がり、宝物に触れるかのような優しい手つきで、船を抱えた。

 船は軋み音をあげる事なく、滝のように水を滴らせながら、持ち上げられた。


「あ、いや、ちょ……」


 海に浮かぶ船は宙に浮かんだ。

 船はみるみるうちに海面から離れ、大空を進み始める。


 ザフェルは突然の事に言葉が出せなかったが、一つだけ自分の心に言葉を刻みつける。


 広い世界には軽い冗談さえも、簡単に実現させてしまう存在がいる、と。

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