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悠遠の旅空に~半神のバックパッカー~  作者: ビール汁
フォルティス大陸南東海域
28/76

28話 空を裂く紫電の銛

 穣司が泣かせてしまったクラーケンの件から三日が経った。

 その数日の間には、この船が遭難した経緯を聞く機会もあり、彼等の国のおおよその位置も聞いていた。

 彼等は海運組合(ギルド)なる組織に所属している護衛船の船乗りだ。命を賭して商船を守るのが職務らしく、クラーケンに襲われる商船を逃がす為に、オルハン達は単艦で戦い、どうにか撃退したとの事だった。

 しかし犠牲は大きく、船は航行不可能になった。命を落とした仲間も少なくもないと言う。

 オルハンはクラーケンの口に銛ごと腕を突っ込み、彼の持ち得る最大の魔術を使って、内部からダメージを与えたとの事だ。その結果、起死回生の一撃を与え、撃退する事は出来たが、右腕を失った。


 しかし今はその右腕も元通りになっている。

 そしてその腕には銛が握り締められていた。


 オルハンは目を細め、海面に潜む複数の黒い影を睨む。

 獲物の様子を窺い、絶好の機会を狙っている姿は、まるで猟犬だ。右腕を後ろに反らして、いつでも投げられる体勢になっている。

 穣司は固唾を呑むように、その姿を見守っていた。


付与する雷撃(ヴァルメ・ルズィルム)


 オルハンが掠れるような声で小さく呟く。

 すると彼の右腕が帯電しているかのようにバチバチと音を立てながら電気火花(スパーク)した。それは銛の先へと伝わっていき、一際大きく音を立てる。

 そして大きく見開かれたオルハンの瞳が獲物を捉えた。


「フンッ!」


 限界まで引き絞られた矢の如く放たれた銛は、光跡を残しながら海面を穿つ。

 そして獲物に突き刺さり、銛に蓄えられた雷が解き放たれた。まるで生物であるかのように、水面下で青白い光が暴れ回り、獲物の意識を奪う。

 獲物から流れ出た血が海面に広がった。それから一拍遅れて、獲物が浮かび上がる。


「おお、凄い!」


 穣司は思わず拍手する。

 そして内心「今度、真似してみよう」とも思った。


 力無く海面に浮いているのは、成人男性を上回る大きさの魚だった。

 体は滑らかな流線形。小さな腹びれに、羽のような胸びれ。美しく大きな背びれは、山脈が連なるように尾まで広がっている。尾びれは鮫のように後方に大きく伸びていた。

 背は深い青色。そこから体の大半を占める銀色にグラデーションしている。

 その姿は僅かに、(まぐろ)に似ていた。ただし、鮪に比べると随分と装飾過多だ。


 そしてオルハンは間髪いれず、銛に結ばれているロープを手繰り寄せる。

 おそらく獲物は優に100kgを超えているだろう。200kgを超えていてもおかしくはない。それ以上の可能性だってある。

 しかしオルハンは、それを物ともせずに一人の力で引っ張る。苦しそうな表情はなく、当たり前の事であるかのような顔をしていた。


(なるほど。この大きさの魚を持ち上げても不自然ではないんだ)


 そうして巨大魚は、(かつお)の一本釣りのように、甲板まで引っ張り上げられた。横たわる姿は、中々にして壮観だ。鱗に陽光が反射して、キラキラと輝いている。


「これは何て魚なの?」


 穣司は目を輝かせながなら、屈んで魚をつつく。


「これはモダトーナという回遊魚だ」


 突き刺さった銛を抜きながらオルハンが言う。


「着飾ったトーナって意味だな。胸びれと背びれが、お洒落な感じがするだろ? それに食うと旨いんだぜ、旦那!」


 腕組みしながら白い歯を見せるザフェルが言った。


「へぇ……なるほど、ねぇ。確かに着飾っているように見える。これで食糧に魚も増えたし、味も良いなら言う事がないね」


「ああ、そうだな。これでまた食い繋げられる。これもジョージ殿のお陰だ。右腕がなければ、こうはいかなかった」


「いやいや、そんな事ないって……あはは」


「そんな事あるぜ、旦那。それにアンタが来てから、妙にツキが回ってきてるんだ。今だってモダトーナの群れに遭遇したしな。もしかすると旦那が信仰している、女神ニナ様のご加護ってやつかもな!」


 ザフェルは自身の首に掛けられているネックレスを撫でる。


「……はは。そうだね、女神様のお陰……かも知れないね」


 穣司は苦笑いをしながら相槌をうった。

 彼等は妙に女神ニナを口にするようになっていた。

 その場しのぎに穣司が吐いた嘘が、今になって跳ね返り、心に突き刺さる。やはり嘘は良くないという事だろう。


 それから彼等はその場でモダトーナを捌いてゆく。

 大型の包丁はないらしく、未使用――らしい予備の舶刀(カトラス)で、まずは頭を切り落とした。内臓は海に捨てる。それから背びれに沿うように、刃の先端を入れて、尾びれまで一気に切り裂いた。次は胸びれ辺りに刃を入れて、尾びれまで横薙ぎすると、モダトーナの身はあっという間に四分の一になった。鮮やかな赤身である。


 まるで鮪の解体ショーでも見ているかのようだった。

 穣司はその様子を食い入るように見ていた。

 魚類を捌いた事はあっても、それは(あじ)(さば)といった種類だ。大型魚を捌いた事はなく、その様子を見るのを初めてだった。

 それ故に見ているだけでも楽しかった。もちろん手伝える事は穣司も手伝った。とはいえ出来る事とは、能力(ちから)で作った水で、血を洗い流す程度ではあるが。


「これって保存はどうするの?」


「……そうだな。ここじゃ燻製は出来ないから、天日干しだろう。まぁ、水分が抜けるには、時間が掛かりそうだが」


 穣司の問いにオルハンが答える。


「旦那なら凍らせて保存する事も出来そうだな!」


 ザフェルは冗談を言うように軽口を叩いた。


「あ、そうだね。そういえば超低温で急速冷凍させると鮮度が保てるんだったかな」


「へぇ……やっぱ旦那には出来ちまうか。やっぱ氷漬けか?」


「あー、どうなんだろう。ダークエルフの子達は果実をそのまま凍らせていたけど……。ま、凍らせるね」


「お、おう……そうなのか。じゃあ……頼むとするわ」


「う、うむ。ジョージ殿がそうしてくれるのなら有難いが」


 穣司は解体途中で半身になっているモダトーナに手をかざす。

 思い浮かべるのは、白い冷気を漂わせる冷凍(まぐろ)。鈍器にもなり得るカチコチに凍っている代物だ。


 穣司の手から、煌めく粒が、モダトーナに降り注ぐ。

 するとモダトーナは瞬きする間もなく、芯まで凍りついた。その身から溢れ出るように、白い冷気が這うように甲板を漂っている。


「こりゃ……すげぇ、な」


 ザフェルは冷凍モダトーナを指でつつきながら言う。

 その表情は驚愕に満ちているような気がした。他の船乗りも口を開けたまま、モダトーナを見つめている。


(シュケルでは氷漬けが主流なのかな? アンジェリカ達だって冷凍させていたし、シュケルでもやっていそうだけど……。ま、いっか。)


 魔法による冷凍保存があるのだから、未知の保存方法という訳でもないのだろう。

 しかし彼等の態度は珍しいものを見る目付きだった。おそらく未知の方法だから驚いたのではなく、魚が冷凍される瞬間を見たから驚いたのだろうと穣司は推測する。


 穣司にしても超低温で冷凍保存される(まぐろ)を直に見た事がある訳ではない。スーパーに並んでいるのは、解凍された切り身だ。そもそも漁船から市場に運ばれる頃には、冷凍されているはずなのだから、魚が冷凍されていく様子を一般人が見る機会など殆どないはずである。

 そう考えるなら彼等の驚いた様子を見ても納得いった。


 そうして冷凍されたモダトーナは、料理番であるサヤンの手によって船内へと運び込まれる。

 彼はキャバリア犬のような耳が頭部から垂れている半獣人の青年だ。ザフェルとは対照的に、物腰の柔らかく、料理も得意としている。


 穣司は冷凍した魚の頭部を持って、サヤンの後をついてゆく。

 彼はまず冷凍モダトーナを空いた木製の樽に突っ込んだ。そして別の空いた樽で蓋をする。見た目は樽を縦に重ねて置いているような姿となった。

 穣司は能力(ちから)を使い、樽の中で冷気が常に漂うようにする。


 これで簡単に溶ける事はないだろう。腐る心配はなくなり、貴重なたんぱく質を保管する事が出来た。もうしばらくは海を漂っていても、生きていけるだろう。


「はじめは氷漬けにするのかと思っていましたよ。まさかモダトーナそのものが凍り付くとは思っていませんでした。ジョージさんは氷属性にまで適性があるんですね」


 サヤンがひんやりと冷気を漂わせる樽を撫でながら、しみじみと言った。


「え? あ……そうなの? で、でも、そんなに珍しい事じゃないよね?」


「はは、どうなんでしょうかね。僕が見た事がないだけかも知れませんし。……世界は広いですからね」


「そ、そう……だね。じゃあ俺は上に戻るよ」


 穣司は苦笑いで誤魔化した。

 そして首を傾げながら、逃げるように歩き出す。サヤンはそのまま船内に残り、食事の支度を始めた。


(氷漬けの方が良かったのかな。……というか氷属性の適性って何だろう。アンジェリカ達も同じような事を普通やっていたんだけど……)


 彼女達は果物を凍らせて食べていた事もある。搾った果汁を凍らせてシャーベットにしていた事すらあった。故に穣司は魔法が使える世界では、物体そのものを冷凍するのが、当たり前の文化なのだろうと思っていた。


 穣司が甲板に戻ると、ザフェルが僅かに残っていたモダトーナの内臓を、遠くに放り投げていた。その様子は潮の流れを確かめているようにも見える。

 オルハンは眉をひそめ、海面を繁々と眺めていた。時折、太陽を位置を確認するかのように空を見上げている。


 その様子に穣司はぎくりとする。

 小さく呼吸をして、無理矢理に平然とした表情に戻した。

 それから世間話でもするかのような気軽さで、オルハン達に話し掛ける。


「どうしたの?他にも魚がいた?」


「いや、魚はいなんだけどよ。……さっき内臓を海に捨てただろ? その時に妙な違和感を覚えてな。ちっとばかし不思議な潮の流れなんだ」


 放り投げられて、遠くに浮かんでいる内臓を見つめながらザフェルが言った。


「それに、太陽の位置も……だな。ジョージ殿に会うまでは南に流されていたと思うんだが、な。しかし今は北に流されている。魔道具が壊れていなければ、おおよその現在地をつかめるが……むぅ」


 ザフェルに続くようにオルハンは難しい顔をして言う。


「へ、へぇ。そうなんだ。それは不思議だねー」


 穣司は、やや棒読みで言葉を返す。

 背中には嫌な汗が垂れ落ちる気がした。


 実のところ、穣司がシュケル方面の北に向けて船を流していた。

 今は船を空に浮かべて彼等の国に送り届ける段階ではない。しかし、この状況では彼等がシュケルに帰る事は難しい。

 そこで穣司は潮流を操ってしまえばいいのではないかと考えた。これなら多少の時間は掛かるが、ごく自然に彼等の国に向かって流されているよう仕向けられる。


 無事に辿り着けたら大団円、とまではいかない。彼等の仲間には犠牲者だっている。

 それでも彼等が、このまま故郷に帰れるのなら、亡くなった船員と共に、後世まで語られるのではないかと考えた。

 なにせ彼等は身を呈して商船を逃がし、仲間を失いながらもクラーケンなる伝説の怪物を撃退したのだ。その結果、船もろとも満身創痍になり、大海原を漂い続けたが、奇跡的な潮流に恵まれて、国に帰ってきた事になる。


 その偉業に彼等は讃えられるだろう。

 童話の題材にでもなりそうな話である。時代が時代なら、奇跡体験を主としたドキュメンタリー番組で紹介されてしまいそうだと、穣司は考えた。


 故に穣司は能力(ちから)を使って、こっそりと潮流を作り出していた。

 昼間はゆっくりと。夜は少し速めに船を流した。波打つ事が聞こえないように、音を能力(ちから)で遮る。これで上手くいくだろうと浅はかに考えていた。


 だが、やはり素人知識では上手く誤魔化す事は難しいようだ。

 所詮、穣司は素人だ。航海術等を持ち合わせていない。しかしオルハン達は現役の船乗りだ。魔道具と呼ばれる機材が、どのような物なのか穣司は分からない。もしかすると羅針盤のような役割を持つ道具だろうか。

 しかし、そのような機材がなくとも、プロの船乗りである彼等なら、おおよその位置は分かるのかも知れない。

 元の世界でも、羅針盤や六分儀等の機材を用いない航海術もあったはずとだと、穣司は思い起こす。それに、それらの機材が発明される遥か昔から、太平洋に浮かぶ島々で暮らす人達は、航海をしていたのだから。


(あちゃー。バレるかな。……でも、そんな事を俺がしているとは流石に思わないよな……多分)


 そんな希望的観測をしながら穣司も、オルハン達と海を眺めていた。



 しばらくして、船内の料理番のサヤンから声が掛かる。

 どうやら食事が出来たらしい。穣司は船内に入り、二人分の料理の入った木皿を受け取り、甲板に戻る。一人は見張りをしているザフェルの分である。


 食糧不足のせいもあって、一日一食に抑えられている。

 貴重な食事だ。それでいて煮込まれたトマト(ドマテス)と魚の香りが加われば、唾が氾濫しそうになる。


 今日の食事はトマト(ドマテス)とモダトーナのパン粥だ。

 穣司が作り置きしている水で、船内に残されていた固くなりすぎたパンを、水で柔らかくなるまで戻してから、粥にしたのだろう。それをトマト(ドマテス)と獲れたての魚と一緒に煮込んで粥にしてある。


 船内での料理の殆どが煮炊き料理だ。

 この船では火鉱石と呼ばれている物を用いて、薪の代わりに使っているとの事だった。加工された火鉱石に魔力を通せば熱を帯びるようなっているらしく、それを(かまど)のようにして利用する。

 木造船の船内では、火を使って料理する事はなく、魔法で火を起こす事もされていない。おそらく木造船に引火すれば大事になるからだろう。


「さて、いただきます」


 穣司は粥を口に運んだ。

 まるで離乳食のような見た目だが、一口食べると意外な美味しさに、思わず眉が上がってしまう。

 黒胡椒のような香辛料と、濃縮されたトマトの風味が、モダトーナから滲み出たエキスと絡み合って、見事に合っていた。

 煮込まれたモダトーナの味はツナのようであり臭みもない。トマト(ドマテス)の酸味との相性も良かった。そして粥になるまで、ふやけているパンが、その旨味を吸っていた。


「おお!これ旨いね。それにモダトーナの味もいい」


「なっ? 旨いだろ? ま、旦那のドマテスが旨いのと、サヤンの腕が良いってのもあるんだけどな。つーかさ、国に帰れば、もっと凝った魚料理もあるぜ」


「へぇ、そりゃ楽しみだ」


 そうして料理を食べ終わった穣司は、水平線の彼方を見つめ、シュケル国に思いを馳せる。

 お茶と砂糖と香辛料が名産の海洋国家。国民の大半が獣人や半獣人だ。

 実に興味がそそられた。どんな種類の獣人がいるのかと、考えるだけで、気が急いてしまいそうになる。



 その後、穣司は仮眠という名の昼寝をして、何事なく夜を迎える。

 この日の夜空も星々が美しく輝いていた。視界は良く、月明かりだけでも、見渡せる。


 ハンモックに揺られながら仮眠をとっている船乗りを船内に残して、穣司は一人で甲板に佇んでいた。

 見張りという意味もある。むしろ穣司が無理を言って見張りをさせてくれと頼んでいた。理由は言わずもがなである。潮流を操り、速度を上げる為だ。


 ふと、穣司は今日の漁の事を思い出す。


「あの銛投げ格好良かったなぁ」


 見事な銛投げだった。思わず拍手してしまう程である。

 オルハンの魔法は右腕に電流を纏っているようで格好良かった。それでいて電気ショッカーの役割もるのだろう。


 以前、穣司はテレビでマグロ漁の特集を見た事があった。その時の漁師は船まで引き寄せたマグロに、電気ショッカーを落として気絶させていた。きっと暴れまわる魚を大人しくさせるのに、欠かせない事なのだろう。

 それと似たような事が異世界でも行われているのだから面白い。世界が違えども、その筋の達人は、同じ考えに行きつくのだろうか。


「皆寝ている事だし、俺もちょっとやってみよう」


 穣司は能力(ちから)を使って、パドルを銛の形に変化させる。

 今なら人に見られる事はない。ならば少しだけ力を込めてもいいだろうと考えた。


 穣司は船首に立ち、木製の銛を握り締めた。

 標的はいない。ただ、海に向かって投げるだけだ。そしてオルハンがしていた事の真似をする。


「えっと……付与する雷撃(ヴァルメ・ルズィルム)


 小さく呟き、音を立てないようと念じる。

 すると、溢れんばかりの力の奔流が巻き起こった。右腕には暗闇を穿つような雷光が(ほとばし)り、夜空を白ませている。

 肩から腕にかけて、東洋の龍を思わせる巨大な稲光りが、絡み付いていた。今にも獲物に食らいつかんと、飛び出そうとしているようだった。

 しかし、激しい雷鳴が轟く事はない。念じた通り、音が響く事はなく、船上は静寂に包まれている。


 穣司は再び念じた。雷光を圧縮して、右腕に絡み付く雷龍を銛の先だけに集めた。

 木製の銛は炭化する事はなかった。何事もなく銛の先に雷光が集まる。そして尚もまだ明るい。まるで小さな太陽が、銛の先にあるかのようだ。


 穣司は銛を掴んだ右手を頭上に掲げて、野球の投手のように振りかぶる。

 それから足を上げて、体を竜巻のように捻る。腕に力を込めて、足を大きく前に踏み出しながら、手首のスナップを利かせた。


 ――そして放たれた銛は、空気を切り裂き、一瞬で光となった。


 その姿は影も形もない。水平線の彼方まで飛んでいった。

 余波で海面が裂けていた。余韻を残すかのように、光跡がバチバチと電気火花(スパーク)を散らしている。

 そして裂けた海面は、何か阻まれているかのように、尚も元に戻らない。


「うわぁ……これは酷い」


 穣司は自分でやっておきながらドン引きした。

 あまりに非常識過ぎる力だった。もはや災害も同然だ。

 しばらく能力(ちから)を抑えていたが、いざ解放してみるとあまりの強大さに、渇いた笑いが込み上げてくる。全力じゃないのが尚の事、性質(たち)が悪い。

 思えば自らの意志で、攻撃を目的として能力(ちから)を使ったのは、これが初めてだった。

 それ故に、これ程までの能力(ちから)を攻撃に使える訳がないと自分を律する。


「ま、攻撃目的で能力(ちから)を使わなければいいだけだけど……」


 過剰な力ではあるが、使わなければいいだけの話である。

 たとえ自分が攻撃されようとも傷を負わないのだから、正当防衛の類いの自衛も必要がない。やり返すにしても麻酔銃よろしく寝かせるだけでいいだろう。

 あくまで脅威に脅える事がなく、安全に旅をするのが目的だ。別に異世界で戦争をする訳じゃない。


「……元に戻れ」


 穣司が言い終わるのと同時に全てが元に戻った。

 カランとした音が鳴り、足下にはパドルが転がった。

 飛んで行った銛が、いつの間にか元の姿で返ってきている。海面が裂けた夜の海も、穏やかに月光を反射させていた。


 穣司は一度、船内に戻って、ザックから地図を持ち出す。

 そして再び甲板に戻り、地図を広げて現在地を確認する。

 地図の全体像は朧気にしか表示されていない。鮮明に表示されているのは、穣司が近くで視認したものだけである。

 そのせいもあってか現在地周辺には相変わらず海しか書き足されていない。それでも昨日と比べると、いくらか進んでいる。


「この様子だと十日もあればシュケルに辿り着けるかなぁ」


 この船旅の最中にタイミングを見計らって、一度だけ大気圏から世界を俯瞰した事があった。

 その時の見た景色からすると、このまま北に進めばシュケルに辿り着く筈である。

 とはいえ、ザフェル達から聞いた話を照らし合わせて、おそらくこの辺りがシュケルだろうという、大まかな推測でしかなかった。


 しかし食糧があるうちに、陸に辿り着けるのは確定だ。

 それに魚も獲れたのだ。これで無理矢理に船を浮かせる必要はなくなった。彼等も無事に大地に足を下ろせる事を考えると、穣司は安堵して口が綻んだ。


 そうして穣司がしばらく夜の海を眺めていると、東から空が白んでくる。やがて水平線の彼方から光が差し込み、大海原に朝を告げた。

 おそらく、この異世界の基本構造も、地球と変わりがない。月も太陽も地球と同じように動き、東から登り、西に沈んでいく。


「ああ……今日も良い太陽だな」


 そして日の出の美しさに境界はない。

 どんな国、どんな世界でも、太陽が現れる瞬間は美しい。

 曙色の陽光が柔らかく船を照らした。穣司は両手を広げながら全身で浴びる。が、陽の光は何か遮られ、ほんの一瞬だけ、穣司に影を落とした。


「なんだろう、あれ」


 穣司は目で追った。

 それは滑空するように飛ぶ生物だった。遠目では燕が滑るように飛んでるように見える。しかし燕とは違い、遥かに大きい生物だ。


 その生物は船の周りを旋回するように、ぐるぐると飛んでいる。少しずつ近付いてくるにつれて全貌が明らかになった。


「おお!龍だ!でっかい龍がいる!」


 それは朝焼けに染まる深紅の巨大なドラゴンだった。

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