第50話の7『青のオーブ』
メキメキ鳴りガサガサ鳴り、ガボガボ鳴りバリバリ鳴り、殻の外ではジ・ブーンの防御壁と王子の殻との激しい衝突が繰り広げられている模様なのだが、そんな事よりも俺は殻の外から伝わる衝撃と、激しくドライブのかかった回転に耐えるのがやっとで、とにかく早く通り抜けてほしい気持ちいっぱいであった……。
「……いってぇ!」
その内、撃ち飛ばされた殻は何か大きいものに当たって止まり、その拍子に俺は王子様から借りた殻の中から飛び出してしまった。回っていた目が焦点を取り戻してくる。目の前に岩のようなものがあることに気づく。そして、それがジ・ブーンのヒザであることを知った。
「ううううぅぅぅ……」
王子様の殻ショットを受けたジ・ブーンは流石に痛いらしく、ゆっくりと右手を動かしてヒザをさすりにくる。まずい!この場所にいると手に潰される!俺は一生懸命の泳ぎで現場から逃げ出し、ジ・ブーンのヒザの横へと避難した。
ジ・ブーンは膝を抱えた体勢で座っていて、周りもひしめく植物に囲まれていて動きづらそうである。青のオーブが装備されているミゾオチの辺りへは遠くはないが、そこへ行く為には体育座りしているジ・ブーンの眼下を避けて通れない。
いっその事、ヒザの下をくぐって股下から向かうか……いや、これは死角をつける代わりに道が狭く、一つ間違えば逃げ場がなくなるかもしれない。むしろ、この体勢ならば急いで胸元へ入り込んだ方が相手も対応しづらいとも考えられる。よし、行こう!俺は足で水を蹴りつつも、なるべく平泳ぎの姿勢で静かに進むよう努めた。
「ううううううおおおおぉぉぉ」
うなり声が聞こえる。見つかったか!ただ、もう後には引けない。俺の横側からは右手が迫っている!でも、あと少しでオーブに手が届く!そう思ったのも束の間、今度は目指していたジ・ブーンの体が俺の方へと倒れてきた!
「うわっ……ッ!」
ジ・ブーンの腹部が前に倒され、俺は勢いのまま押し流される。このままだと、ふとももと脇腹にはさまれて圧迫死だ。なんとかしないと……咄嗟の思い付きで、俺はポケットに入っていたフォークをジ・ブーンの腹へと突き刺した!
フォークの刺さった場所からは血も出ず、ジ・ブーンは痛みを声にも出さない。でも、一瞬だけ動きが止まった!その隙を見て、俺はジタバタと格好悪くも泳ぎ出し、ついに青のオーブへと手をかけた!
「……くううううぅぅぅ!取れろおおおおおぉぉぉ!」
もう、これで戦いは終わりにしたい。なのだが、どんなに強く引っ張っても、青色のオーブはジ・ブーンの体にめり込んでいて、どうしてもこうしても動かない!その間にもジ・ブーンは体を起こし、右手で俺を掴みにかかっている。
「……このおおおおおぉぉぉぉ!」
仲間のみんなは、俺の作戦を信じて遂行してくれた。なのに、最後の最後で……こんな申し訳ないことはない。とにかく、今は体中の力を両手に集めて、両足でジ・ブーンの体を蹴って、死ぬほどの力を出す事しかできない。
それでも、やっぱりオーブは取れない。自分の無力さをみんなに謝罪したい所存である。もうジ・ブーンの右腕は、俺を掴み取ろうというところまで来ている。ここまでか……そう覚悟した瞬間、ジ・ブーンの右腕は強い一撃を受けて打ち退けられた。
俺は両足の裏をジ・ブーンの腹部に押し付け、両手でオーブをつかんだまま仰け反り、逆さまの視点で何が起こっているのか確認する。そこには誰かの人影があって、最初は何者か解らなかった。
「……勇者!無事か!」
「あ……ゼロさん」
ゼロさんは足だけを動かして魚のように俺の隣まで泳ぎ、優しく俺の背中へと手を当てた。どうやって、ここまで入って来たのだろうかと考えたが、ゼロさんの左手には半壊しているバリア発生機が握られていたから察しはついた。
「これはギザギザの仲間が拾ってくれていた。助けに来た」
そうは言っているが、彼女の髪には草木が絡んでいるし、服は所々が破けているしで、バリアの力は半分ほどあてになったか解らない。そんな様子のゼロさんだったが、俺がオーブを持ったまま動けずにいるのを見て、次のセリフを持ち出した。
「取れないのか?」
「面目ない……」
「よし……」
すると、ゼロさんは俺の手を上から握って、掛け声をつけて一緒に引っ張ってくれた。今までビクともしなかったオーブは取れる……というよりも、ジ・ブーンの皮膚をちぎるようにして外れ、その奥から青色の光が溢れ出した。
「うううう……おおおおおぉぉぉぉ!」
ジ・ブーンの叫び声が、水の中で苦しげに響く。辺りは光に包まれ、もはや何も見えない。ゼロさんの手の柔らかな感触と、ツルツルとしたオーブの手触りだけを感じながら、俺は何かが連続で爆発するような音を聞いていた。
第51話へ続く