第50話の3『応酬』
ジ・ブーンの拳は動きすら目で追えず、気づくとヤチャの全身へ正面衝突していた。ヤチャの体の数十倍もある大きな手が不気味な光を放ちながら、ヤチャの屈強な体を押しつぶそうとしている。
「ぬうっ!」
ジ・ブーンの攻撃が放つオーラの中、ヤチャのうめき声が短く聞こえる。まばゆい光が消え去り、ゆっくりとジ・ブーンが拳を引く。そこにヤチャはいた。が……これは。
「ヤチャ!お前、首が!」
ヤチャは白目をむいたまま俺の方を見ていて、だが体はジ・ブーンの方を向いたままである。つまり、今の衝撃で首が180度、グルッとねじ曲がっている!そこまで解説した矢先、ヤチャが白目をむいているのは普段からだったことを思い出した。それくらい、俺はパニクっている。
「ヤチャ!大丈夫か!?」
「ふふふ……問題ない……」
「絶対、問題あるだろ……」
「問題ないぞおおぉぉー!」
……ヤチャ一人なら回避も出来ただろうが、これは俺を守るために防御を選んだ結果だ。かといって、俺が戦況を見ていないと、急な作戦変更が発生した際に対応できない。なんだかんだで今まで、ヤチャの戦闘力は飛びぬけていたから、四天王相手でも引けは取らだろうと踏んでいた。その点、力量を見誤ったかもしれない……。
「おおおおぉぉぉ!こおおおんんんにいいいちいいいい……波あああぁぁぁぁぁぁ!」
俺の方を向いたまま、ヤチャは手のひらから衝撃波を放つ。波動はジ・ブーンの胴体を打つが、微々たるノックバックがあっただけでダメージは見られない。その間にも、ジ・ブーンは反撃の動きに出る。何秒かパワーを溜めた後、再び必殺技が放たれた。
「……割山拳!」
さっきと同じく、ジ・ブーンは強力なオーラを拳に込めて放つ。メコッという生々しい音が輝きの中から聞こえ、今度はあらぬ方向へ左腕が曲がっているヤチャを見た。
「や……ヤチャー!」
「……」
ヤチャは相変わらず不敵な笑みを絶やさないが、俺の呼びかけに返事すらできないほどの痛みがあるのは想像に容易い。次を喰らったら、さすがのヤチャでも耐えられないかもしれない。なんとかしないと……。
「ふーっ……ふーっ……」
ジ・ブーンはパワーを使い切り、防御の姿勢でクールダウンに入っている。俺も落ち着け。何かあるはずだ。考えろ。
「……んん?」
それにしても、ヤチャの波動ビーム攻撃……レジスタで見たものより、ちょっと控え目な気がするんだよなあ。あの時と、何が違うんだろう。何が……あっ……そうかっ!空気!空気がないから、掛け声が通らないのかもしれない!
「ルルル!ヤチャを包む大きい泡、作れないか?」
「大きいのは、強く息を吹ける人がいないとダメなんよ」
「俺じゃダメか?」
「無理」
俺の肺活量も甘く見られたものだ。しかし、それもまた事実。ヤチャに吹いてもらうのは無理そうだし……あとは……あ。あれ、まだ持ってたかな。俺はポケットの中を急いで確認する。
「ルルル!泡を頼む!」
「……ええ?」
俺はポケットに入っていたフォークを取り出し、泳ぎの頼りであった黄金の浮き輪へと強く突き立てた!秘宝を粗末に扱う無礼、お許しください!王子様!
「うりゃあ!」
破けた浮き輪の穴から泡が膨らみ、それは傷だらけのヤチャを包み込んだ。そのまま、俺はヤチャの折れ曲がっていない腕をつかみ、それをジ・ブーンの方へと向けて持ち上げる。顔の向きが逆になっているヤチャの代わりに、俺が敵の姿を見る!
「俺が代わりに照準を定める!ヤチャ!頼む!」
「……」
返事はない。ただ、呼吸の音は聞こえている。俺はヤチャの手の向きを姫様のいる場所から少し外し、ジ・ブーンの肩へと動かした。その時、俺たちのいる空気の塊の中、ヤチャの声が静かに、でも大きく響き渡った。
「こおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ヤチャの気迫を察してか、ジ・ブーンはガードの姿勢を崩し、急いでヤチャを潰しにかかる。俺もヤチャの腕を動かし、今度はジ・ブーンの顔面へと合わせた。
「んんんんんんんんんんんんんばあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんんんんん……」
「潰れろ!勇者!させぬ!」
「……波ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
これだ!本領発揮のヤチャは、やっぱり尋常でなく強い!今までの攻撃よりも更に強力な波動のビームが、ジ・ブーンの顔面を爆発的に殴りつけた!
第50話の4へ続く






