第39話の1『イカリ』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公なのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。海の王国……どんな場所なんだろう。
現在、絶賛潜水中である。そんな俺を包んでいる泡が揺らいでいるせいか、あまり周りの景色は鮮明に見えない。もっとも、体が浮かび上がらないよう船の突起を掴んでいるだけで精一杯だから、目前に美しい海の風景があったとしても目には入らないかもしれない。
「先程、王様、おきさき様への謁見を手配いたしました。ホッキ貝館へ直行いたします」
ルッカさんが何か言っているが、ゴボゴボという水の音にかき消されてしまい、今は何を言っているのか聞き取れない。とはいえ、どこへ連れて行ってもらうにしろ、お姫様や家臣の方々と一緒ならば間髪入れずに命は取られないだろう。ホッキ貝館という場所は更に深海にあるらしく、船は水を押しのけてグングン進む。
しだいに太陽の光は水にさえぎられて、すぐ近くにある自分の手すらも暗くて見えなくなる。だんだんと方向感覚がマヒしてきたところ、今度は虹色の淡い光が周囲に漂い始めた。まだ視界は良好とは言い難いが、どうやら岩のようなものが優しい光を放っていて、さながら海の中なのに街らしい生活の灯りが見て取れる。
人のいる場所が近いのか、ルッカさんは船の速度を安全運転に切り替え、やっと俺も周りの様子が確認できた。街にいる人々はギザギザさん達みたく人型ながらも魚っぽい外見をしており、壊された建物を石で補修したり、せっせと荷物を運んだりしている。さすがに人間の姿が珍しいからか、俺たちの方を見て何か話している人もいた。
そういや、この状態なら俺も話ができるのだろうか。試しに泡越しにもゼロさんに声をかけてみる。
「ゼロさんは、海の方まで来たことはあるんですか?」
「……いや、気にしてはいない。あれに関しては、私も似たようなものだ」
「……?」
よく聞こえていないらしい。もう少し近くで話しかけてみる。
「ゼロさんは、海の方まで探索に来たことはあるんですか?」
「……えっと……いや、海の上では隠れる場所がない。せいぜい、海岸地帯を探索した程度だ」
ゼロさんは前の姿でも水に入ってはいたし、泳げない訳ではなかったのだろうが、さすがに海の中までは踏み入らなかったらしい。しかし、さっきの聞き間違えは何についてのコメントだったのか、それが気になって会話が終わってしまう……あと、微妙にゼロさんが口元を隠しているのも気になる。
「停止いたします。振動にそなえ、身を低くお願いします」
そろそろ到着らしい。ルッカさんの注意が聞こえると同時、ボートの両脇がガコガコと変形、イカリらしきものが飛び出した。ほぼ下を向いて直進していたボートが徐々に水平に戻り、イカリを土にぶつけながらスピードを緩める。その末、ボートは先端を土に突き刺す形で停止した。その衝撃で、俺も膝をボートにぶつけて悶絶している。
「……いってえええぇぇ」
「勇者。大丈夫か?」
「お兄ちゃんが死んでも、泡は割れないから安心するんよ」
ゼロさんは心配してくれるが、一方でルルルは泡に保証をつけている。つけられるものなら防御機能もつけてほしかったが、泡が十分に丈夫だという事は解って安心した。しかし、このままでは泡ごと体が浮いてしまい、まともに移動することもできない。さて、どうしたものか。
「このままじゃ船から手も離せないんですが……どうしましょう」
「私は問題ないが……」
「あたちも問題ない」
「うっぴょ!」
仲間の三人とも、うまく泳いだり、空気を動かしたりして浮かばないようにできるらしい……こうなると俺、完全なる足手まとい。なんとかしないと……と、そこへゼロさんが米袋大の岩を持ってきてくれた。
「これを持てば、浮かないのでは?」
「やってみます……」
確かに、岩を持っておけば浮かない。浮かないが……とてつもなく荷物が重い。最悪の場合、夜に寝る時も岩を抱いたまま寝るか、浮かんだまま天井に突っ伏して寝る必要すらある。そんな就寝問題とコケの生えた岩を胸に抱きつつも、俺はルッカさんやエビゾーさんのあとについて王様の元へと向かった……。
第39話の2へ続く






