『後日談』の31
先に食べていていいとは言われたが、スケジュールを見るにお昼休憩は1時間半もある。俺は5分もあれば弁当箱をカラにできる男だからして、購買という戦場へ向かった太郎が帰還するのを待っている。そんな中、観客席に不思議な一団を発見した。
「……?」
観客席はサッカー場のようにグラウンドを囲う形で作られているのだが、その怪しい人たちは俺と同じ側の、少し離れた場所にいる。マントのようなもので体をかくした人が3人おり、そんな隠密衣装とは裏腹に手にはチアガールが持っていそうなポンポンを用意している。誰かの応援に来たんだろうか。
「……?」
そんな怪しい3人の元へ、同じくマントを被った背の高い人がやってきた。あの人も仲間みたいだけど、なにやらもめている。話し合いの末、みんなはポンポンをカバンにしまい込み、どこかへ移動を始めた。あっ……こっち来るぞ。
「……せっかくゼロの応援に来たのに、障害物競争は中止なんてだワン」
「ゴウが言うには、中止の放送があったらしいぞ!」
「理由は解りませんが、仕方ありませんね。食事にしましょう」
「……はい。そうする……します」
あの人たち、ゼロさんの知り合いなんだ。仮面で顔は見えないけど、どういうつながりの人たちなのだろう。気になる……。
「……」
マントの集団が立ち去り、俺は観客席に目を戻した。すると、俺とは反対側の方の客席に満里奈ちゃんの姿を見つけた。横の席には満里奈ちゃんのお兄さんと、おつきの人も一緒にいる。お昼を食べている満里奈ちゃんたちの元へ、ぞろぞろと10人ほどの団体がやってきた。
「……あ」
あの人たちは……お寿司屋さんに行くと言って、中学校まで満里奈さんを迎えに来ていた一団だ。ギザギザした青い肌の人や、タコっぽい人やイソギンチャクみたいな人、あと今日はエビみたいな人もいるな。みんな海産物に似た姿をしていて、失礼ながら俺のお弁当よりも彩りが豊かである。
「……」
もし、満里奈さんとお付き合いするルートに俺が入っていたら、あの人たちとも交流があったのだろうか。しかし……お兄さんは王子だし、取り巻いている人々はお魚人間だし、どんな世界の人々なのか想像もつかない。それに、満里奈さんは見た目が小学生と大差ないから、高校生の俺が横に並ぶと兄妹感がとてつもない。手を出し辛いっちゃ辛い。
「お待たせ」
「ちゃんと買えたか、太郎。いや……お前、少しやせた?」
食べ物を買いに行ったはずなのだけど、他の生徒にもみくちゃにされたせいか、少し体が薄くなった気配がする。そんな彼の手にはプラスチック製の容器が1つ。中身はなんだろう。
「何を買ってきたんだ?」
「ユートピアライス……」
「あやしい……食って大丈夫なのか?それ」
「購買で売ってたものだし……これしか残ってなかったけど」
他のものを売り切れてしまい、これしか残っていなかったという。ただ、見た目は存外に美味しそうであって、俺の弁当のおかずと交換で、一口だけもらってみた。うん。普通に美味い。そういや、太郎って普段は弁当なはずだけど、なんで今日は売店に行ったのか。
「今日、弁当は?」
「朝からパンを仕込んでいて、作るのが面倒になった」
自分で弁当も作っているのか……さすがだな。たくさんパンを作って昼飯にするという方法も考えついたが、それはそれで作った分はパン食い競争の場で食べないと不正になる可能性。身と食事を削って勝ち取った一勝である。
「ちょっと!体、透明にして歩くのやめなさいよ!ぶつかるでしょ!」
俺と太郎の後ろで、赤い服を着た女の子が騒ぎ始めた。他に黄色や緑の服を着た女の子も一緒にいるのだけど、赤い子は誰もいない場所に向かって怒鳴っている。
「だだだ……だって……応援に来たのバレたら、お兄ちゃんに茶化されるんよ」
「見えなかったら応援にならないでしょ!」
「そうです!ルールルル!ガンバッテください!」
どこかで聞いたような声はする。俺には見えていないケ尾、あそこには透明な女の子がいるらしい。そんな誰かをはげましている緑の女の子の裾を引いて、黄色い服の女の子がぼそぼそとつぶやいた。
「リリー……いない」
「あ……ホントです。リリーがいません!」
「またリリーいなくなったの?もう!ほら、探しに行くわよ!」
赤い女の子が見えない何かの手を引いて、観客席から駆け降りて行った。他の女の子たちも、そのあとを追って走っていく。
「……」
いろんな人が来てるんだな……この体育祭。かくいう俺も元魔王だから、その点ではいえば変な人の筆頭とも思えなくもない……。
『後日談』の32へ続く






