『後日談』の17
「……あれ?」
今日もエリザベス親衛隊に命を狙われるのか……などと不安を抱えながら自転車をこぎ、俺は遅刻しないように学校へ向かっている。なぜか不思議と、通学路に生徒の姿がない。結局、自転車をこいでいる内は他の生徒と会うこともなく、俺は校門前へと到着した。
「あ……照也」
「おお。来たか」
学校には巨大なブルーシートがかかっており、改装中の看板とカラーコーンなどにふさがれて、中に入れないようになっている。カンカンとかドッカンとか、重機のエンジン音なども聞こえてくる。照也も私服だ。ていうか俺、こいつの私服を初めて見た気がする。『Tシャツ』と文字のプリントされたTシャツを着ている。
「なに?え?今日、休み?」
「うん。明日、体育祭だろ?だから、作り替えてるんだと」
マジか……体育祭の為に学校を?冗談めいて聞いたつもりが、本当に休日だったらしい。体育祭は土曜だから、金曜を休みすれば帳尻があう話なのかもしれない。なにはともあれ、ちょっと得した気分。カラオケでも行きたいところだけど、明日の体育祭は絶対に負けるわけにはいかん。気を引き締めよう。
「……そうだ。照也。昨日のメールなんだけど」
「小和井さんが来たんだっけ?」
「で……体育祭に国の運命がかかってる、みたいなことを言ってたんだ」
思い当る節があるのかないのか、照也は工事中の看板を見つめながら返答をくれた。
「太郎に聞けば、きっと解るけど……ネタバレだぞ?」
「いいぞ」
「いや、お前はいいかもしれないが、主人公としてネタバレはダメだろ……」
……ああ、そっか。忘れかけてたけど、俺は主人公なんだった。体育祭で『こんなことがあって、あんなことがあって、こうなります』なんて先に聞いてしまったら、今日で物語を終了してもなんら問題ないわけだ。なにより、残酷な運命が待っていようなどと知らされでもしてしまったら、俺の心が折れかねない……やめよう。
「んじゃ、今日は俺の特訓につきあってくれ。また秘密ビルに行こう」
「そうだな」
「テルヤアアアアァァァァァ!」
俺が天高くのびる黒いビルを指さしたと同時、そちらからヤチャの叫びが聞こえてきた。空に浮かんでいた豆粒みたいなものが徐々に近づいてくる。あれは……オーラをまとったヤチャだ。ズドンと着地を成功させ、足元にヒビを発生させながら俺たちの前に降り立った。
「テルヤアアアアアァァァァァ!」
「ど……どうした。ヤチャ」
「ふははは……あぁぁぁぁぁぁぁぁそぉぉぉぉぉぉぉ……ぼおおおおおぉぉぉぉぉ!」
筋肉ムキムキ10等身のヤチャが照也に遊ぼうと言っている姿は、はために見ると殺し屋が殺しに来たようにすら見える。この2人、いつも一緒に何をしてるんだろうか。
「……そうだ。友世。道場に行ってみないか?」
「道場?」
「ヤチャ。いいよな?」
「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
照也の誘いにヤチャは意気込んでいる。ヤチャの通っている道場か……そこで特訓すれば、俺も魔法が使えるようになるのかな。魔法の初歩でも知っていれば、体育祭で有利に動けるのは間違いない。よし!やろう!
「ヤチャ!俺に魔法を教えてくれ?」
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!うけたまわったああああああぁぁぁぁぁ!」
ヤチャは俺と照也を抱えて飛び立ち、電信柱の上くらいの高さをビュンビュンと飛行していく。ほほを切る風の中で、照也が俺に話しかけてくる。
「ま……魔法なんて使えるのか?」
「俺は元魔王だぞ?魔法の使えない魔王なんているか?」
「……俺、元勇者だけど、使えないぞ」
そう聞いたら、なんだか自信がなくなってきた。まあ、なんにせよだ。やってみなければ始まらない。照也と会話をしている間にも眼下には山や森が広がり、山のてっぺんにある大きな屋敷へと降り立った。ここが道場か。山のふもとには村もあるが、人里離れた場所と言っていい。
「……」
どんな修行が待っているのか。俺は唾をのむ。
「……」
同時に、校門横に自転車を置いてきたことを思い出し、違法駐輪で撤去されないかと不安になって、ちょっと冷や汗も出た……。
『後日談』の18へ続く






