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『後日談』の16

 「では、おやすみなさい……」

 「ちょちょ……待って」


 走り去る夢子さんを呼び止めようとするのだが、こういう時に限って自転車にけつまづく始末。自転車を立て直して追いかけるも、道の曲がり角の先にはすでに夢子さんの姿はなかった。さっきの夢子さんの言葉……体育祭で負けたら、この国はどうなるんだ?とにかく、自転車をしまって家の中に入り、すぐに俺は携帯電話でメールを飛ばした。


 「……来た」


 こういう困ったときは、照也に相談だ。夢子さんが家に来た旨をメールで伝え、およそ3分で返信がきた。


 『負けなきゃ問題ないから大丈夫』

 

 あいつ……自然に主人公ムーブをかましてくるよな。だてに死線をくぐってはきていない。あちらの言っていることに間違いはないんだけど、俺はコンビニに買い物に行くくらいの気持ちで体育祭に参加しようとしていた訳で……国のなんちゃらとか言われたら心構えが解らなくなってしまったのだ。あと俺が頼りにできるのは……太郎だ。あちらにも聞いてみよう。


 「……おお。来た」


 太郎からのメールは30秒もたたずに戻り、その文もまた簡単であった。


 『僕は友世を信じてるぞ』


 ……その信頼は嬉しいのだけど、信頼に応えられるだけの情報が俺には不足している。明日、学校に行ったら話をしてみよう。玄関先で携帯電話をぽちぽちやってる俺に気づき、母さんがリビングの方から声をかける。


 「あんた、なにしてんの?」

 「あ……いや、別に」

 「ごはんできてるわよ。着替えてきなさい」


 カレーのにおいがする。動揺していた気持ちが少し落ち着いた。2階の自分の部屋で学生服から適当な部屋着に着替えて、夕飯を食べに1階へと降りる。母さんが使っている小さな器と、大きなお皿が置かれていて、それらにカレーを盛りつけられている。

 

 「サラダは自分で好きに取って食べて」

 「ああ、うん」


 レタスやトマトの入ったサラダはガラスのボウルに入れられており、食べる分だけ自分の小皿に取る。ドレッシングは、しそ風味に限る。


 「いただきます」


 うちのカレーは小麦粉が多く入っているからか、やや黄色味が強くて味も甘い。具材はオーソドックスなものに加えて、鳥肉が煮込まれている。家庭の味だ。俺が魔王になってしまった時は、もう食べることも敵わないかと思ったが、こうして元の生活が戻ってきたのは……なんというか、よかったとしか言いようがない。感謝。


 「……あの人、どうしてるのかしら」


 テレビに映るニュース番組が、海外の政治や経済事情を語っている。それを見て、母さんが海外に出張している父さんのことを思い出している。たまに電話で連絡こそ取っているけど、顔は数カ月ほども見ていない。タフな人だから体調に問題はないだろうが、俺のしている心配といえば……。


 「次は、変なおみやげじゃなければいいな……」

 「前はエジプトで買った太鼓だったものね。使ってる?」

 「使ってない……どういう気持ちで使えばいいのかも知らない」


 エジプトの太鼓は高価そうな見た目だから、インテリアの一種として部屋に置いてある。まあ、学園祭のイベントでバンドでもやることになったら、あれを持って参戦する可能性は……絶対ねぇな。


 ビルでおこなったレベル上げで意外と体力を消耗したのか、俺はカレーを2杯半ほども飲むように食った。お腹いっぱいになると、お皿を洗って自分の部屋へと戻って休んだ。


 「……」


 体育祭……本当に勝てるんだろうか。そんなことをベッドに入って考えている。もし俺1人が頑張っても、他の競技の参加者や走者が不調だったら勝負にすらならない。なにより、俺も足の速さは中の上といったところだ。エリザベス先輩の方が……。


 「……」


 エリザベス先輩は胸が重量級だから、実は走るのは得意じゃないかもしれない。などと楽観的に考えている内、今日の特訓で本当に能力がアップしたのかも気になってきた。部屋にある中で最も難しい本、コミック三国志を手に取る。近所の兄ちゃんにもらったんだけど、あんまり歴史に興味が強くないから、いまだに最後まで読めた試しがない。


 「……よし!」


 意気込んでマンガのページをめくる。これが精神力アップした俺の力か。集中力が増している。内容が、ちゃんと頭に入ってくるぞ。


 「……」


 目を開く。気づいたら、朝になっていた。本は……5ページ目までは進んだようだな。


『後日談』の17へ続く

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