『後日談』の8
「俺……夢子さんと2回しか話したことないぞ」
「2回、話したなら友達だ。ギャルゲー主人公って、そういうもんだから……」
照也がヒロインと呼ぶ女の子は、学園に数人いる。この世界で俺が学園生活を再開してからというもの、各ヒロインとの出会いのイベントが順番に発生した。図書室の夢子さんもヒロインの1人であり、本を借りに来た時に偶然、彼女のしおりを拾って渡したおぼえがある。
「照也君……お手本が、欲しいです」
「お手本って……ヤチャ。どうぞ」
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
話しかける最初の一言すら考えつかない体たらく。照也に先に行ってみてほしいと持ち掛けたところ、なぜかヤチャが先に図書室へ入っていった。胴着を着た筋肉ムキムキの人間が、重たげな足音を響かせてカウンターに向かっていく。あまりにも姿が場違いなので、読書中の人たちも驚きの視線を向けている。
「……」
受付カウンターの前にヤチャが仁王立ちし、イスに座ったまま夢子さんも厳しい眼力を持ち上げる。ど……どんな会話が始まるんだ?静まり返った図書室。俺は入り口のドア付近から耳をすませていた。
「……きん」
ヤチャが口を開いた。
「……筋肉」
「階段を上がってすぐだけど」
「……ふははは……はははははは!」
本……筋肉の場所を訪ね、豪快に笑いながらヤチャが図書室内の階段を上がっていく。筋肉ってなんだよ……筋力トレーニングの本か?ボディビルダーの写真集か?いや……でも、あれでも会話になるんなら、俺にだって優しく対応してくれるはず。そう考えたら、なんだか解らない勇気を得た。
「い……行くぞ」
幸いながら、みんなの視線はヤチャに向いている。カウンターに並んでいる人もいない。今なら声をかける難易度が非常に低い。俺は勇気を振りしぼって足を動かし、夢子さんの前に立った。
友世「こんにちわ」
夢子「あ……うん。心野君。こんにちは」
友世「……」
夢子「……運動会の話?」
友世「はい」
夢子「……リレー?」
友世「はい」
夢子「いいよ。よろしくね」
図書室を出て、照也とゼロさんの元へと戻ってきた。
「友世……OKだったか?」
「……夢子さん。好き」
「夢子さんのストーリールート入ると……ヤンデレだぞ」
あまりの優しさに惚れてしまいそうになったが……照也に言われてみて気がついた。なんで俺がリレーの選手で、一緒に走る人を探してる事まで知ってるのか。もしかして、いつも見られてたのか?急に怖くなってきた……夜道に気をつけよ。
「テルヤァ……」
ヤチャが戻ってきた。何か本を借りたらしく、手には辞典のような分厚い本が握られている。タイトルは……。
『筋肉を信じろ』
どんな本だ……表紙には上腕二頭筋がデカデカと描かれている。まあ、いいや。それはいいとして、俺は図書室の一件で勇気を得た。
「この調子で仲間を集めるぞ!照也!他のヒロインの子たちにも会いに行こうぜ」
「お、そうだな。行くか」
残りのヒロインの子は……ミオさんは会ったし、エリザベス先輩は対決する相手だ。水泳部にも1人いた気がする。あと2年の和服の女の子と、それと……生徒会長の玲さん。さすがにエリザベス先輩のストーリールート入ってしまった手前、仲良くしてた生徒会長と会うのは気が引け……。
「心野友世君。読書とは感心ね」
「……あ。ども」
「……最近、どう?ん?」
ひえ……生徒会長。なんでこんなところに。
『後日談』の9へ続く






