第122話の6『覚醒』
「……いたっ!」
砂嵐の外にいるヤチャの心配をしているそばから、ルルルの頭に目掛けて何かが飛んできた。ずごっという重たい衝撃音を残し、ぶつかってきたものは砂嵐へと戻っていった。敵の放った攻撃だろうか。
「ルルル……痛かったか?」
「うう……」
『ほら、また減点。泣いても何も解決しないのよ?泣き虫のルルル。ほら、好きなだけ泣きなさいよ。せいぜい泣きなさい』
よほど痛かったのか、敵のいやみが悔しかったのか、ルルルは声をおさえて泣き出してしまった。ルルルが動けない今、俺たちで砂嵐を突破しなければ……何か方法はないか。
「勇者……風をとめる……止めます」
「……?」
ゴウさんが地面に手をつけると、ふわりと足元から風が吹き出した。ゴウさんの作った風の流れは砂嵐とは逆回転だ。風と風をぶつけて、相殺させるつもりなのかもしれない。
「……ッ!ルルル!」
今度は低い角度から、黒い玉らしきものが飛び出してきた。対策を講じているゴウさんではなく、あちらは執拗にルルルを攻撃してくる。
「痛いよぉ……」
『ほら。あなたは、あと1点で退場。消えなさい』
もうルルルは残り1点しかないのか。高圧的な敵の声が頭に響くと、砂嵐の音もノイズのように大きくなった。未だ嵐をかき消すに至らず、風を起こしていたゴウさんが地面から手を離した。攻勢に転じられなかったのか仕方なさそうに、今度は防御の壁を魔法で作り始めた。
「ダメだ……です……魔力の質が違う」
「魔力の質?」
「あれは神の……神の力」
ルルルは霊界神様の力を受け継いだはずだけど、それを偽物である敵も使えるのか?ゴウさんは見慣れない魔力に手こずっているらしい。別の方法を考えよう。
「……ええと」
砂嵐は真上にも穴はないし、砂嵐には薄い場所もない。残り点数が少ないルルルも守らないと……それにしても、体がバリアの副作用でかゆい。考えろ……魔力に秀でたゴウさんでも壊せない砂嵐。他に……破る方法は。
「……あ」
なんで敵は、ルルルを率先して狙ってくるのか。あれはルルルのニセモノだが……本当に神の力までコピーできてしまうものなのだろうか。ここを打開するには、ルルルの魔力が肝心なんじゃないのか?とすれば、なんとかルルルを元気づけないと!
「る……ルルル!負けるな!がんばれ!」
「うう……」
「がんばれ!目をさますんだ!」
「……」
……背中を押したつもりが、混乱したマンガのキャラみたいに目をぐるぐる回し始めてしまった。応援している俺の背中を触って、ゼロさんが俺に注意をくれる。
「頑張っている時に頑張れと言われると、逆につらくなると博士が言っていたぞ」
「そういうものですか……ルルル。じゃあ……がんばらなくていいぞ!」
反対のことを叫んではみたが、それはそれで違うような気がしている。そもそも、ルルルには俺の声は聞こえていないようだ。
「あたち……あたちだって……」
うなされるように、小声で何か言っている。明らかに様子がおかしい。そこで俺はルルルの小さな体をかばう形で前に回り込む。そして、ルルルの目にハイライトがないのに気がついた。目に光がないということは、これは洗脳だ!フィクションの世界では、そう相場が決まっているのである。
「ルルル!俺だ!聞こえるか!?」
「……」
もっと大きな音……何かないか……ッ!
「……ッ!」
ルルルの髪留めには時計がついている。これは俺がプレゼントしたものだ。時計についているベルの装飾らしきものを指で押し込む。すると、リリンと細くて通る音が響いた。
「……!」
ルルルの体がビクリと動き、わずかに表情が変わった。すぐに俺は声をかけてみる。
「ルルル!聞こえるか!?」
「お……お兄ちゃん」
「見てくれ。あの砂嵐。あれが今の問題点だ……」
「……」
「ルルルなら、なんとかできるはずだ。頼む」
ルルルの大きな目が前を向いた。それだけで、吹きすさんでいる砂嵐が、やや弱まった気がする。やっぱり、あの風はルルルの魔力を利用して作り出していたらしい。すっかり目が覚めたといった様子で、ルルルは杖を真っ直ぐに正面へと向けた。
「……やる」
「よし!」
ルルルが目を閉じる。息を大きく飲み込む。ドンと音が鳴り、砂嵐の真ん中に穴が開いた。穴に近いゴウさんが駆け出し、ゴウさんが離れると俺のバリアも消えてしまった。すぐに俺も、ルルルの手を引いて外へと逃げ出す。
「消え……消えろ!」
『な……』
動けずにいる偽物のルルルの腹へ、ゴウさんが右腕を突きさした。偽物のルルルが黒いチリとなって消える。倒したのか?同時に、ルルルの声がした。
「お……お兄ちゃん」
「……?」
後ろの砂嵐は消えていない。そこから飛び出してきたのは、何か……黒い監視カメラみたいなものだ。ルルルが俺をかばって飛び出して。俺が身動きも取れない内に、ルルルは化け物に飲み込まれて、そして……一瞬で姿を消してしまった。
第122話の7へ続く






