第121話の2『試合開始』
すでに体育館の右奥にはバレーボールに使うネットが張ってあり、敵は宣戦布告と共に試合準備に向けて移動を開始した。バレーボールと言われても、こちらでルールを知ってるのは俺だけだ。それに、俺だって詳しいルールまでは把握していないし、そもそも7人でやる競技だったっけ?
「ちょちょ……ちょっと。いいですか?」
『なに?』
コートで待機している鎧の人に呼び掛ける。何から聞こう……ひとまず人数だ。
「な……7人でいいんですか?」
『それは好きとする』
いいのか……まあ、9人いないとできない訳じゃないし、6人じゃないといけない訳でもなし。それに……この面子でやるとなれば、絶対に普通のバレーボールの試合にはならない。細かいことを考えても仕方ないだろう。あとは……。
「この勝負、負けたらどうなる?」
『見てな!』
そう言いながら黒スーツ姿の敵がボールをトスし、手前にいる別の黒スーツがジャンプながらに相手のコートへと叩き込んだ。ボールの打ちつけられるバンという音と共に、体育館の天井には小さな穴が開いた。
「……?」
天井の穴からは、黒ずんだ空と、荒廃した大地が見える。あれは……。
『敗北せば、すなわち強制送還!魔王城を去るといい!』
ヨロイの人が、天井に見える小さな世界を指さしている。あれが、今まで俺たちの旅してきた世界なのか?世界の形こそ保っているけど、今にも消えてしまいそうな……荒廃した風景しか見えない。それに、今の俺たちにはオーブがない。戻されてしまったら、魔王城へ来る手段もないかもしれない。
『1ポイント!』
黒スーツの男の甲高い声と共に、コート脇の10と書いてある幕がめくれて、9に書き変わった。え……今の、1点に入るのか?
「もう始まってるのかよ……みんな、あの四角の線の中に入ってくれ!」
「勇者、案ずるな。すぐにカタをつける!」
仙人が勢いよく駆け出し、追ってヤチャも体育館の床を蹴った。そうか。敵の姿は見えているんだ。別にバレーボールの勝負を真面目に受ける必要はない。主人公側としては卑怯なことは褒められたものではないが……ここで遊んでいる時間もない。やっつけてしまえば解決だ。
「……!」
バレーのネットを突き破って黒スーツへ殴り掛かろうとした2人の体が、壁にでもぶつかったようにして制止した。強い風に吹かれる形で、仙人とヤチャの体は押し戻されてしまった。あのネット、そんなに丈夫なのか?いや……。
「……なんだこれ?」
ネットが問題じゃない。コートの中央を境にして、見えない壁らしきものがある。もはや、逃げられない状況に陥っている。ここは相手のルールにのっとって勝負するしかない。俺はコートの自陣へと走り出した。
『イエェイ!アタックゥ!』
気づけばボールは相手チームの手に戻っており、すでに黒スーツが次のアタックを仕掛けている。そのボールの勢いは近くで見たら、目で負うこともできない光の如くだ。まったく見えない上に、巻き立つ風に押されて、ボールへ近づけているのかすら解らない。受け止められるか?いいや!どこでもいい!体に当たれ!
「……ッ!」
俺の目の前で、ゴウンと鉄球でも落ちたみたいな音がした。俺は爆風で吹き飛ばされつつ、すぐに立ち上がってボールを探した。体育館の蛍光灯の光の中に、小さな丸がある。俺の前にいるのは……足を振り上げたゼロさんだ。
「こ……これでよかったか?」
「あ……はい」
「俺に任せろ!」
ゼロさんの蹴り上げてくれたトスに応じ、グロウが刀を持って頭上のボールへと向けて飛び上がる。アタックチャンスだ!
「よしっ!グロウ!頼む!」
「……刀魔法・四重斬連!上昇鬼竜!」
グロウが刀を振る。円をえがくように風が吹き、ボールが消えた。ボールが割れた音はしなかった。でも、ボールが相手コートに叩きつけられた音もしない。えっと……どこいった?
「……」
パサッという軽い音が聞こえた。ボールは相手側の……バスケットのゴールに入った。
「よっしゃあぁ!」
ナイスシュートだが……そっちじゃない。
第121話の3へ続く






