第120話の6『王道の』
俺とゼロさんが普通に恋愛しようと思っても、定番通りにはいかないのだと解った。なぜかと言えば情けない話、俺が彼女に助けてもらう側になってしまっていて、かといってあちらも恋愛の心得がイマイチ解らない様子だからである。俺は着崩れているゼロさんの服を正して、お互いにケガがなかったかを確かめてみる。
「何もされなかったですか?」
「ああ……問題ない」
よかった。敵の思惑は解らないが、今のところは攻撃された様子はないようだ。そんな安心した気持ちのあとで、なんだか気恥ずかしさが込み上げてきた。ちょっと身を離して、みんなが近くにいないかと探してしまう。すると、どこからか小さく音が聞こえてきた。
「……?」
『おかしい……』
スッ……スッ……と、紙のすれるような音がする。同時に、呪いでもかけられそうな声が聞こえた。気づけば周囲の景色は真っ白になっていて、少し離れた場所に大きな本が浮かんでいる。どんどん本はページをめくって、その度に憤りが強くなっていく。
『おかしい……おかしい……おかしい……どうして?』
パンと音を立てて本が閉じられ、それは下に落ちた。あれが敵なのか?今、ここには俺とゼロさんしかいない。かばう形で俺が前に出る。再び本が開くと、中から波のように活字が溢れ始め、俺たちの足元まで流れ出してきた。ザリザリザリザリと紙が破れる音もする。
『私の方が解っているのに。全て魔王様の……望む通り。なのに……どうして』
本の中から白い手が伸び出し、すかさずゼロさんが蹴り落とした。手はバラバラの文字群となって砕け、足元に落ちている活字の中に消えていった。
『どうして、あなたの横には勇者がいて、魔王様は私に……ああ……きゃあああああああぁぁぁぁ!』
ここが魔王城だとすれば、あいつは魔王の為に戦っているはずだ。なのに、魔王に対して悲しさや恨みのようなセリフを吐く。まるでゼロさんを目の敵にしているように、俺たちの様子を監視している。
『選ばれなかった……会いに来てくれないの……どうして』
「……ッ!」
本の中から何か出てくる。その姿は、人の形こそしていて背は高い……でも、顔には大きな目が1つ。口は引き裂かれたほど大きくて、黒い舌がダランと出ていた。なにより異様なのは、目には『目』と文字が入っているし、舌には『舌』と書かれている。他の部分も同様であった。
『信じない……魔王様の望んだ体。恋の全て、書いてあるのに……私とあなた、何が違う……私が、醜いから……?』
あの姿が……魔王が望んだ姿なのか?それが本当であれば、あまりスタンダードな好みとは言い難い……しかし、会いに来ないとなれば、お望み通りではなかったと考えるのが通りである。あんな異形の化け物となれば、彼女にするには……。
「それは違う」
「……?」
ゼロさんは地面に流れる文字の群れを足で払い、本から出てきた敵の姿から視線を外さずに伝えた。
「私の方が、もっと醜かった。それでも、テルヤは、私を選んでくれた」
『……』
俺はゼロさんと出会った時、その姿すら詳しく知らなかったのだ。初めは勢いで声をかけたかもしれない。でも、この人と仲良くなりたい。仲良くしたいと直感が働いた。俺は後悔はしていない。
『私が悪いの?ねぇ……嘘……あああ……きゃあああああああああぁぁぁぁぁ!』
白い手、髪らしきもの、敵は体を鋭く尖らせ、俺たちへと突き出してくる。こんなのを喰らったら、俺たちに防御する術は……ッ!
「ゼロさん!」
「……ッ!」
こいつは、物語の定番、王道を信じて、それを曲げられたくなくて、俺たちに襲い掛かってきているんだ。それならば……そいつをぶちこわしてやる!俺はゼロさんの前に飛び出し、腰を屈めながらも立ち向かった。
「喰らえッ!これが……俺たちの答えだ!」
第120話の7へ続く






