第120話の5『第1話』
「早く乾かさないと……テルヤ。これを」
ゼロさんがホースを手に持った途端、ホースの中から水が出た件。濡れてしまった俺を見て、ゼロさんは上着を脱ぎ始めた。いや、でも女の子から服を借りて体を拭くなんて、いや俺は紳士だからできない。ましてや1枚はグロウにも渡そうとするからして、それはなるべく回避したい気持ちである。
「ダメです。着てください」
「しかし……」
「おい。俺、水飛ばしてくっから、こっち見んなよ」
グロウも服は受け取らず、そそくさと草陰に身を隠した。バババババと羽ばたくような音がした後、元のふっくらとした姿に戻ったグロウが姿を現した。彼の吸水性はもとより、撥水性もいいようである。
「テルヤ……」
「いえ……俺は大丈夫ですから」
服が濡れたのはささいな事なのだけど……正直な話、ゼロさんの服のにおいとか本当はかぎたいし、上着を脱いだ姿も色っぽいし、そういった諸々に関しての誘惑はあるにはある。でも、魔王城まで来て、女の子の服に顔をうずめている勇者というのは、周りに示しがつくものだろうか。無論だ。小さい女の子も見ているんですよ。ダメだと思う。
それに、敵の目的はなんだ?花壇でゼロさんに水をまかせて、俺をビショビショにして……恋愛ものの出会いのシーンではありそうなシチュエーションだけど、そんなことをあえてさせる理由も解らない。ここでこうしているだけでも、危険は刻一刻と近づいているに違いない。
「あっ……」
庭園の門が開いている。このままではゼロさんの服のにおいを堪能して変な気持ちになってしまいかねないので、俺は逃げるようにして門へと走り出した。
「俺、魔王を倒さないとだから、行きますね」
「あ……待って」
これでよかったのだろうか。敵のペースに乗せられているような気がしないでもないが、門が開いたということは、あれでよかったのだろう。そう敵と己を信じて、真っ白な門の先へと抜け出した。
「……?」
門を抜けた先には街並みの家々やブロック塀が見えてきた。街並みや空は相変わらず白く、音さえ聞こえてこない。すぐ前にある角を進んだところで、俺は誰かと勢いよくぶつかった。
「……いってぇ」
「……あっ」
体に当たった感触は硬くはなく、車にひかれた訳じゃないらしい。一瞬、聞き覚えのある声もした。これは……。
「あ……」
事故の相手はゼロさんであった。道端でばったりぶつかった構図だが、転んだのは俺の方だけであり、あちらは俺を突き飛ばしたような姿勢で、思考が停止したように固まっていた。
「テルヤ……私は、追いかけていたはずなのだが」
「いえ……ケガはないですか?」
「私は問題ないが……」
ゼロさんが俺に手を差し伸べてくれる。それに捕まろうとした直前、また謎の声が聞こえてきた。
『そっちじゃない……』
……確かに、男の子と女の子がぶつかったとなれば、気持ちとして助け起こしてあげたいのは男の子の方である。俺は声に従って自分で立ち上がった。
「おおい!勇者よ。どうした?」
俺が来た道の方から、仙人の声が聞こえてくる。みんなも庭園は抜けられたようだな。しかし、庭で水をまいて濡れさせたり、曲がり角でぶつかったり、こんな恋愛ものの1話でやるようなことを魔王城でやらされるとは一体、どういった思惑があるのだろう。
「……?」
気づくと住宅街らしき街並みはなくなっていて、俺は学校の裏庭のような場所に立っていた。今度は俺1人だ。ゼロさんは……。
「あ……」
少し離れた場所にゼロさんの姿を見つける。しかし、制服を着た男……みたいなものが彼女を取り囲んでおり、今にも手を上げようと迫っていた。学校裏……ヒロインが襲われていて……これも、出会いのシーンには多いシチュエーションだ。
「あ……テルヤ」
ゼロさんに突き飛ばされ、制服を着た男たちは消えていった。俺が助けるまでもなく事件は解決した……。
「ゼロさん……大丈夫でしたか」
「いや……特に」
「怖くなかったですか?」
「……別に」
そうか。女の人の方が強すぎると、男性向け恋愛ものの作品はなかなか話が始まらないんだな……などと、創作上の都合を実感した……。
第120話の6話へ続く






