第5話『終結(みんな、ごめん…)』
《 前回までのあらすじ 》
俺、時命照也は恋愛アドベンチャーゲームの主人公。でも、気づいたらバトル漫画風の世界に飛ばされていた。そして、修行友達だったらしいヤチャと、ヒロインかもしれない謎の人物を誘って、今はパワーアップの塔という場所へ向かっているところ。
「あの、お名前は?」
「……」
「……じゃあ、ご出身は?」
「……」
俺たちは洞窟を出る際にズブ濡れになってしまった為、焚火にあたりつつ服が乾くのを待っている。折角だから、全身にマントを被っている謎の人物へ質問などをしてみるのだが、素性どころか素顔すら見せてはくれない。逆にヤチャは全裸でもって、どこかしらも隠すつもりがない。
「……まあ、昨日今日に会ったばかりで、そこまでは聞けないですね。じゃあ、俺の話をしよう」
「ええ?ボク、テルヤのことなんて今更、聞く事ないぜ?」
「なら、ヤチャ。俺の全てを言ってみてくれ」
「テルヤは朝早くに目を覚まして、それから昼過ぎまで滝にうたれ続けていたんだ。それからごはんを食べて、技の練習をして、また夜まで滝にうたれて、『充実した一日だった』って言って寝る」
「変態じゃねーか……」
あまりにも寂しすぎる過去を退け、俺は真の俺を発表する。
「俺は運命の人を見つけるため、厳しい修行に耐えてきたんだ。もし、その人が見つかったら、最後まで信じぬく。そして、一緒に幸せになるのが夢なんだ」
ちょっとカッコよく言い過ぎた感はあるが、まあ恋愛アドベンチャーゲームの主人公としてウソは言っていない。でも、自分で言っていて顔が真っ赤になってしまうくらい恥ずかしいセリフだ。だが、ヤチャは茶化すでもなく感心した様子である
「テルヤ……お前って」
「な……なんだよ」
「滝にうたれてるだけかと思ったら、そんな凄い事を考えてたんだな!ボクもテルヤを信じて頑張るぞ!」
別に滝にうたれている内に芽生えた感情ではないが……恋愛ごとに関しては、バトルが勃発する世界の人たちには伝わりにくいニュアンスだったかもしれない。そんな俺たちをマントの人は一瞥するでもなく、乾いた服を持って岩陰に入ってしまった。
さすがに着替えを覗きに行く勇気はなかったから、その場で俺も服を着直しつつ彼女が戻ってくるのを待つ。ものの10秒ほどでマントの人は戻ってくるが、マントの下に何かを着ただけだから、見た目は変わらずマントと仮面の人である。
さて、もらった地図も火で乾かしたからパリパリだ。にじんでいる地図上の線や記号を指さし、どちらへ向かえばいいのかをマントの人に尋ねる。
「この、地図に穴を開けてくれた場所がパワーアップの塔だとして、ここからどの方角に向かえばいいんだろう」
そう言うと、マントの人は黙って歩き出した。寡黙な人だ。案内はしてくれるようだから、嫌われているわけではない……のだろう。マントの人が通る道はケモノ道であり、ヤブやツタにはばまれた場所や、木の根っこが露出している場所を乗り越えるようにして進む。もしかしたら、敵の目をかいくぐるため、あえて道なき道を歩いている……可能性もありうる。
しかし、こうして改めて見ると、この世界は魔訶不思議だ。森とは言っても平凡な木ばかりでなくて、中には人間ほどの大きさの葉がついたものもある。そこについている果実も美味しそうな赤色や、見るからに人を殺しそうな黄色と黒のストライプ模様のもの、模様が顔のように見えるというか、実際に舌なめずりをしている実すらもある。
「ん?」
ふと視線を地図へと戻す。したら、なにやら地図の中に何も書かれていない、空白の一帯があるのを見つけた。水に入った時に濡れて消えたのだろうか。一応、後ろを歩いているヤチャにも見せてみる。
「ここ、消えてるように見えるが……」
「……ああ。多分、無の境界だよ」
地図を読めないヤチャが事の概要を知っていたのに驚きつつも、妙に不安になる単語について言及してみる。
「それって?」
「そこで大陸がブッツリと途切れてて、底の見えない大きな溝が開いてるって師匠に聞いた」
「その先に行く方法はあるのか?」
「長い橋がかけられてるから、そこを通るはずだよ」
「橋があるのか。だったら安心だ」
そんな話をしている内、マントの人が立ち止まる。どこかへ到着したのかと思い、俺は丈夫そうな太い木の幹に抱き着きつつも、その先に何かがあるのかと覗き見た。
「……うわ」
しがみついている大樹の幹……そこから一歩先には地面がなく、見渡す限りの真っ暗な谷が広がっている。これが話題の『無の境界』か、と頭では理解しつつも、あまりの底知れなさに俺は目がくらんで尻もちをついた。
「本当に底が見えなかった……」
「ボクも初めて見たなあ。どこに橋があるんだろう」
すると、マントの人は穴の淵を歩くようにして、また草を踏みしめていく。少し行ったところで、やや開けた場所に出た。そこには橋……いや、人が一人だけ通れるくらいの細い吊り橋がかけてある。
「……待ってくれ。あの橋……いや、縄を編んだもの。風に大きく煽られているんだが」
「なんだ、テルヤ。怖いのかあ?」
いや、吊り橋みたいな場所で女の子を支えるのは王道シチュエーションだし、高い所には免疫をつけてきた訳だが……これ、バトルものだろう?バトルものでボロボロの橋が登場。これ、絶対に途中で切って落とされるやつだ。いかんいかん。他の手を考えねば。
「こんな敵の目に晒されそうなところ、あえて渡るってのはリスキーなんじゃないか?もっと他に向こうへ行く方法はないのかな?」
「それはそうだけど、どうなの?マントの人」
「……」
……俺とヤチャの質問に返答はなく、つまり他に手立てはないらしい。仕方ない。俺は近くに落ちていた良い太さの枝を片手に持ち、前かがみになりつつも率先して橋へと足をかけた。一応、手すりらしき軟弱な縄はついているのだが、それを持つことで逆に体幹バランスを崩しそうで怖くて触れない。
なるべく速足で橋を進んでいき、もう振り返って見ても橋の入り口は近くにない。周囲には敵の姿も見えないし、橋落ちのオチは俺の杞憂だったのだろうか。引き続き、俺はグラつく橋を中腰で進む。
「テルヤは心配性だなあ。こんなところに敵なんてくるはずないよ」
「それはどうかな!」
というヤチャのセリフがフラグとなり、穴の奥底から巨大なカラスが登場した!ほら、いわんこっちゃないぜ!巨大カラスは爪をキラキラさせながら、橋へキックをお見舞いしようとしている!
「橋をおとしてやる!お前たちは終わりだ!」
「させるものか!くらえ!」
俺は武器の代わりに拾っておいた枝を持ち直し、カラスへと投げつける姿勢をとった!その時、世界は時間を止めた。
『カラスの化け物が襲いかかってきた』
選択肢の能力が発動した!これはピンチの時に気まぐれで現れて、生き延びる方法を示してくれる特殊能力だ。ただし、ひとつ選択を間違えれば、生きるか死ぬかも解らない。俺は期待と不安が半々の心持ち、選択肢が現れるのを待った。
『1.木の枝を投げる 2.ヤチャを投げる 3.走る 4.敵に飛びつく 5.マントの人に魔法を頼む』
選択肢の出現については歓迎なのだが……今回、多くねえか?前の時は二択だったのに。まあ、とにかく……この中の一つないし二つは正解なんだろう。冷静になれ!俺!
まず、『木の枝を投げる』。うまく当たれば、ダメージを与えられるだろう。枝の太さ的に見て、羽に当たれば飛行を妨害もできうる。2の『ヤチャを投げる』……はなんだろう。投げて当たる気がしない。
3の『走る』は真っ当な手段に見えるが、まだ橋の終わりも見えないし、橋の入り口も既に遠い。橋を落とされたら意味がないんじゃないだろうか。『敵に飛びつく』も、やろうと思えばやれるが、やつが元気に飛び回っている今はチャンスではない。
5の『マントの人に魔法を頼む』は頼んだとして、どんな魔法を使ってくれるのかも解らない。それに、この前のように魔法で俺まで眠ってしまったら危険だ。
現実的に見ても、枝を投げるのが妥当か。それにしても、さっき拾った枝は太さも適度で、しかし投げたくなる形だ。いこう!このまま、投げつけてやる!
『1.木の枝を投げる!』
俺が行動を決定すると、数秒後に世界全体が動き出した。俺は勢いに任せて振りかぶり、鳥の化け物へ目掛けて枝を投げつけた!
「うぐう!」
よし!羽に当たった!そのまま巣に帰れ!
「よくもやったな!食ってやる!」
「うわっ!きた!」
木の枝を投げられ怒り狂った鳥が、くちばしを突き出しながら向かってきた!空から襲ってくる敵と、風にあおられて揺れる吊り橋の中で、俺は橋の縄を掴んだまま頭を低くした。すると、何かの爆発する音が聞こえ、俺は伏し目がちに空を見た。
燃えている!鳥の化け物が手羽先を焦がして、それを消そうと必死で羽ばたいている!そこへ、マントの人が更に火球を放ち、鳥は焼き鳥も寸前。やったか!
「死なばもろとも!うおぉー!」
くっ!燃えた体でカラスが橋に乗りかかってきた!敵ながら、なかなかのガッツがあって困る!しかし、ここでやられる訳にはいかん!俺は全身全力、橋の上に乗りかかって来た焼き鳥カラスを蹴って押し出し始めた!もし、俺に必殺技でもあればカッコよく敵を追い出すのだが、それがないゆえに巨大なカラスを必死で蹴り続けている姿たるや、絵面的には暴力的で子どもたちに見せられたものではない。
「こら、落ちろカラス!こら!」
「燃えろ燃えろ!うおぉー!」
のたうち回るカラスを橋から落とそうと躍起になるあまり、ふとした拍子にカラスの羽で足をはらわれた。あっ……やばい!そう思って手すりのロープにしがみつくも、そのまま上半身の重みで引っ繰り返り……。
「おっ……わっ……」
「おいっ!テルヤ!」
拠り所を失った体が、完全に宙へ投げ出される。高所から落ちるという体験に現実感がないからか、今のところ怖いとか絶望とかは感じない。風の中へと体が落ちていく。橋が遠のき、仲間たちの姿が見えなくなる。次第に自分のが理解できてくる。
たぶん、普通の人なら地面に叩きつけられる前に気絶するんだろうが、へたに高所を克服しているせいか、俺の意識はハッキリしている。それにしても、こんな見え見えの敵の待ち伏せ展開でしくじるとは、物語の結末としては最悪だ。旅に誘った矢先で俺が真っ先に脱落してしまい、マントの人にも非常に申し訳ない。せめて、マントの人とヤチャだけでも助かってくれればいいが……。
にしてもだ。この谷……どこまで続いているんだろう。まだまだ俺の体は落ち続けている。高い所から落ちたやつが実は生きてるっていう展開は、漫画なら頻繁にあるが……落ちた先が川とか森とかだったらの話である。周りに木や水などの柔らかなものは見えないし、奈落は更に見えない。助かる見込みは、まるでない。
地面とか、岩に叩きつけられたら痛いのかな……それとも、痛みが来る前に死ぬのかな。いっその事、叫び声でも出した方が様になるかな。
死んだら、どうなるんだろう。なかなか落ち着かない。このまま、どこまでも落ち続けるのかな。目を開いていると、気圧で目が飛び出そうだ。目を閉じる。耳には既に何も音が入ってこない。寒い。息もできない。暗闇。その時、ゴッという重い音が、割れるように体内から響いた。
第6話へ続く