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第117話の6『落とし物』

 「では、上に行くぞ。わしが案内する」


 孤独ながらも、仙人は無の境界の中を歩き回ったらしい。コケや水、溶岩の放つ自然由来の光、それらを頼りにして俺たちは土や岩を登っていく。地形は複雑怪奇で、登るためには降りなければいけなかったり、さっきまで歩いていた場所が遠目にみると壁だったり、もはや地上での常識が通用しない世界であった。


 「……」

 

 ルルルの顔色が悪い。悪い魔力にでもあてられたのかと思い、横を歩きながら声をかけてみた。


 「どうした?」

 「……風景に酔った」

 「吐きたくなったら、いつでも吐いていいぞ」

 「絶対にヤなんよ……女の子だもん」


 いっそ『吐いてもいいや』と思った方が楽になると思い助言してみたが、確かに……女の子が気軽に吐くのも視聴者目線としてはいかがなものか。やっぱり吐かないでおいていただこう。


 「……」

 「グロウ。どうした?」

 「いや……」


 グロウも具合が悪そうだ。いつも目まぐるしく飛び回っているカラスが、これしきの景色で酔うとは思えないが……。

 

 「さっきのミミズ、腹の中で動いてやがる……」

 「やめろ……俺も吐きそうになってきた」


 ちゃんと噛まないから……いや、カラスだから噛まないのか。にしても、これから最終決戦という場面で、あまり緊張感のない会話をしている。ここには敵もいない。敵というか、生き物も全くいない。あまりに静かで、この先に待っているものについて恐怖が増すような、本当に戦いなんて待っているものなのか、やや気の持ちように困る環境だ。


 「……」


 地形も複雑なため、歩くのに疲れて来た……どこまで続くのか。やや疲労で前かがみになっている仙人の背中へ、昇竜の門のありかを尋ねる。


 「どこまで行くんですか?」

 「もっと上だ」


 仙人が指さした先には何も門らしきものは見えず、それは目的地が非常に遠いともとれる。こうも道が複雑だとヤチャやグロウのように飛んでいく訳にもいかないし、魔王城へ入る前なのに既に体力を消耗しそうである。


 「……オレサマ、行く!」

 「……え?」

 「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」


 久々に魔力を得たヤチャが、腕試しとばかりに上へと飛んでいった。地形を乱暴に破壊していて、確かに直線に進む分には合理的なのだが……ん?


 『がああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!』


 ヤチャの声ではない。何かの吠えるような声が近くで聞こえる。同時に、大きな振動が体を襲った。


 「みんな!気をつけろ!」

 「……」


 ……あれ?大変な事態のはずなのに、みんなイヤに冷ややかな視線で俺を見ている。足元の落ち着かない状態の中、ゼロさんが俺に教えてくれる。


 「テルヤ……揺れているぞ」

 「で……ですね」


 揺れている。確かに。いや、待てよ……俺は揺れているのか?よく見ると、みんなはたじろぐ様子もない。


 「テルヤ……揺れているが」

 「……」

 

 ゼロさんから二度目の宣告を受け、そこで俺は自分の置かれた状況に気がついた。なるほど!揺れてるのは……俺だけか。


 「あっ!オーブが!」


 俺のポケットからオーブが飛び出す。すると、不思議と俺の体の揺れも収まった。すぐにオーブを拾おうとするが、コロコロと俺の手を逃れるようにして転がっていく。


 「……」


 ドボンとオーブは溶岩の中へ落ちていった。全員、一瞬だけ呆然とした後、いち早くルルルが口を開く。条件反射的に、俺も言い訳を始めようとする。


 「ええ……何してるのん」

 「いや、でも……?」


 オーブの落ちたあたり、溶岩が膨らんでいく。それは見る見るうちに大きくなり、大きな竜の頭のような形に変わった。

 

 『がああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!』

 「うわああああぁぁぁぁぁぁ!」


 ば……化け物だ!追いかけてくる!すぐに俺はゼロさんとルルルの手を引いて逃げ出した。


第118話へ続く

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