第117話の5『空腹』
「わしじゃよ」
仙人だ。灰色の毛並みは荒れ放題の乱れ放題で、少し痩せたように見える。犬耳も元気なく垂れている。と……とりあえず、近くに敵がいる気配もないし、あぐらをかいて腰を落ち着けた仙人を囲って、俺たちも軽く座り込んだ。
「みんなよ。久しゅう。ところで、水……泥水や塩水ではない……飲料水、持っていないか?」
「えっと……誰か、飲み水って持ってきてる?」
昇竜の門を通って、あとは魔王城へ潜入。対決して終わり……という、あまり長丁場でない戦いを想定してきて飛び込んできたので、昼食タイムまでは予定になかった。今いるメンツをグルリと見回してみたところ、グロウが着物のたもとに手を入れた。なにかあるのか?
「……」
グロウがつまみだしたものは……なんかフライドポテトみたいなものであった。よく見ると、微妙に動いている。それは……。
「み……ミミズ。食用」
惜しいけど、水じゃねーじゃねーか。見た目は美味しそうなのに、ミミズと名前がついただけで台無しである。しかし、仙人はお腹も空いているようで、食用ミミズの1本を手にもらって口に入れる。くちゃくちゃと咀嚼した後、ちょっと元気が出たといった顔で仙人は感想を言う。
「塩味があって美味い……が、口の中で動く」
「美味しいんですか……」
フライドポテトっぽい見た目の通り、塩味がついていて美味しいらしい。だからといって食べたいとは思わないが……いや、待てよ。味がするのか?
「仙人。それ、味がするんですか?」
「するが?」
「ヤチャ。もしかして……魔法、出せるんじゃないか?」
「おお……おおおおおぉぉぉ!」
ヤチャの体から白い光が上がる。やっぱり、ここには魔力があるんだ。見える風景も地上のような秩序がなく、水も空も大地もゴチャゴチャしていて、ここが特殊な場所であることは明らかである。とすれば、ここから続く魔王城にも魔力がある可能性は高い。それが判明したところで、仙人は申し訳なさそうに手を上げた。
「あの……やはり水はないか?」
この場所の左の方に垂直の状態で溜まっている水は……塩水みたいだな。改めて飲める水はと聞かれて、今度はルルルがスカートをたくしあげた。
「ん~……確か、ここに……」
「おお。くれ」
スカートの中から、金属のツツが取り出された。それを受け取ると、仙人はフタを開けて中身を飲み干す。ガバガバと飲み込んで数秒後、むせかえるようにして口をおさえた。
「酢ッ!」
「ハカセからもらったのん」
いつぞや見た、レモン汁みたいなのが入ったボトルである。それでも、乾きを潤すことはできたらしい。口なおしに食用ミミズをもう1本だけもらいつつ、仙人は立ち上がった。
「……んで、どうして勇者は、ここに?」
「あ……オーブがそろったので、魔王城へ行こうかと」
「ぬう?そろったの?わしの知らぬ間に」
そういや、師匠との戦いを前にして別れて以来、仙人とは一度もコンタクトをとっていないのであった。とするとだ……他にも色々と情報が足りていないはずだ。
「仙人、地上から魔力が消えたこと……」
「おお?なにぃ?それは大変じゃな」
「魔物じゃない黒い化け物が、地上で暴れてること……」
「なに?大変じゃな……」
やっぱり、なにも知らないらしい。そうだよな。そこまで情報の共有ができたところで、俺たちは行く先を見据えた。今度は逆に、どうして仙人が昇竜の門の近くにいるのか。それを移動ながらに聞いてみる。
「むしろ……なんで仙人、ここにいるんですか?」
「ぬ?勇者たちが四天王最後の1人の元へ向かった後、ものすごい爆発が起こってな。わしも光にさらわれ、気づいたらここに」
そうか。無の境界は神の力でないと突破できない。よって、霊界神様の力で助けてもらいがてらに吹き飛ばされた結果、仙人は知らず知らずの内に無の境界を突破したのか。それからは外に出られず、ここに閉じ込められていた。そう考えると合点がいく。だとしたら……昇竜の門についても知っているかもしれない。
「魔王城へ行くには、昇竜の門という場所にオーブをそなえないといけないらしいんですけど……そんな感じの見ました?」
「あ、上にあったぞ」
「え……あるんですか?」
「行く?」
あるんだ……あまりにも簡単に見つかって拍子抜けした。
第117話の6へ続く






