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第116話の6『なにもなかった夜』

 「……」


 窓から陽が差している。そろそろ朝なのだろう。部屋の反対側にあるベッドの布団には、ゼロさんが眠っている。俺も、さっきまで眠っていた。部屋にいるのは俺と、ゼロさんの2人だけである。しかし、驚くべきことに、この一晩でイベントらしきものは、何一つとしてなかったのである。


 「……んん」


 ゼロさんの声が聞こえる。夜、寝る前までは、あちらからゼロさんは俺をずっと見ていたのだ。俺も嬉しくて、恥ずかしさを隠しながら目をあわせて、顔の紅潮が限界に達したら、顔をそむけて……それを何度も何度も繰り返していたのだ。


 心臓は破裂するのではないかと思うほどにドキドキしていたし、あちらに間違いなく伝わっていたであろう位に動揺していた。ただ、ものすごく疲れていたのだ。それだけが、俺の思考を鈍らせた。


 『口ではイヤと言っても体は正直』と誰か偉い人が格言を残したように思うが、その通りであって異存ない。恋愛のドキドキや不純な考え事などなど、それらをかき消すほどの眠気。けだるさに体をゆだねた今、すでに俺は窓から差し込む光を見ている。


 「……?」


 なんだろう。心ポッカリとした虚無感の中、遠くから低い笛の音……ほら貝を吹いた音といった方が、しっくりくるだろうか。そんな音が聞こえてきた。その音を聞くと、ゼロさんが仰向けに姿勢を変えて、ゆっくり目を開いた。音がしたのは俺の気のせいではないらしい。


 「これで、5回目の音だ」

 「……ゼロさん。起きてたんですか?」

 「ああ。先程の音は、夜明け前から鳴っていた」

 「ねぇ。開けていい?開けていい?開けるわよ?」

 

 今度はドアをノックする音が聞こえ、テンション高めなセガールさんの呼びかけがドア越しに届いた。もう完全に恋愛トークしたくて来た人の感じバリバリなのだが……残念ながら何も成果はないのだ。とりあえず、ご期待にはそえないが部屋に入って頂く。


 「どうぞ」

 「ちゃんと服は着てる?こっちには、小さい女の子がいるのよ?」

 「ちゃんと着てます……」

 

 ちゃんと服を着ているか聞いてきたセガールさんの方が寝巻きであって、ルルルも昨日と同じドレスである。きっとルルルは昨日から着替えていない。


 「それで、なにしてたの?2人で」

 「いえ、なにもしてないですけど……」

 「照れてるの?正直に……あら?あらら。このにおいは……この子、なにもしてないわ!信じられない!」


 照れ隠しではなく、本当に何もしていないことがにおいでバレた……この人、何者なのだろうか。せめて愛の告白などできれば違ったのだろうが、魔王城へ最後の戦いへ行く前夜に、あまりロマンチックなセリフを言ってしまうと、俺かゼロさんのどちらかが死ぬフラグが立ちそうな気がする。それゆえに、何も言えなかった……。


 「勇者よ。おるか?」


 今度はノックもなく、シエル王子が部屋に飛び込んできた。このままセガールさんに詮索されても辛いので、そちらへ話題を繋いで逃げ出した。


 「どうしました?」

 「おお。そろそろ、やつが来るだろうと思ってな。呼びに来た次第だ」

 「……?」

 

 王子は救援を呼んだのだろうか。何が来るのかも教えてもらえぬまま、俺は背の低いシエルさんに手を引かれて部屋を出た。


 「この辺りに、ベランダはあるかな?」

 「この先にあったはずですけど……」

 

 遠くまで見晴らしのきくベランダへ出ると、空の明るみと共に化け物の集合体である黒い雲も復活しつつあった。その奥の空から、やけにキラキラした巨大なものが飛んでくる。


 「来たぞ。あれだ」

 「あれは……」


 黄金色の体をした飛行船……じゃない。羽の生えた……金色のクジラだ!もしかして……あれって。


 「大人になったクジラ丸くんだ」

 「ええ?」


 ちょっと見ない間に、金色の空飛ぶクジラにランクアップしたクジラ丸さん。輝かしい……。


第117話へ続く

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