第116話の5『出発前夜』
「グロウ。魔王城、行くか?」
「それで、てめぇの用事も終わんだろ?さっさと行って済ませようぜ」
「たぶん、これを着ないと寒くて死ぬんだけど……」
「……は?」
ウサギさんスーツを取り出して見せたところ、グロウから威圧の声を頂いた。しかし、『じゃあ、行かない』とか、『馬鹿にすんな』とか否定のコメントはなく、あちらは黙って食事を再開している。よかった……着てくれそうだ。そこへ、最後の料理を持ってブレイドさんがやってきた。
「勇者様方のお話は承りました。魔王城への道のりは、姫様が確保いたします故、この一時は、どうぞご自由にお部屋でおくつろぎくださいませ」
「でも、俺たちにできることがあれば……」
「なりません……勇者様のお体に障っては、ワタクシこそ言い訳もたちません」
まあ……シエルさんは明日までになんとかすると言っていたし、明日には出発できるよう用意はしておこう。あとは体調を万全にしておくためにも、今日は全力で……睡眠をとる。
「では、お言葉に甘えて……お部屋をお借りできますか?」
「はい。ぜひに」
「やあ。防寒着は見つかったね?」
今度はアマラさんが食堂にやってきて、俺たちの近くのテーブル席へと座った。もう会議は終わったのかな?
「もう会議はいいんですか?」
「この街に基本的に会議はないよ。私たちは、姫様の演説を聞くだけだからね」
なるほど……姫様はガンコだから、自分から心変わりしない限りは、説得しても意味がないんだな。つまり、話し合いにはならないと納得した。続けて、アマラさんから残念なお知らせを頂く。
「そうした都合もあり……申し訳ないが、セントリアル防衛隊は魔王討伐に同行できない。こちらも全力で敵を排除せねば、街の存亡にかかわるからね。外で付け狙っている化け物の対処にあたる」
「そうでしたか……」
「防衛隊の任務が成功すれば、結界の範囲を広げられる。他の街や村の安全を確保できるだろう」
アマラさんたちには精霊山でお世話になった訳で、今回も同行していただければ助かるとは思ったけど……逆に考えれば、この人たちがいれば地上は今のところ安全だ。俺たちは魔王を倒して、根本的な問題を解決する方に集中すればいい。
「アマラ様。お食事はいかがなさいますか?」
「テルヤ君たちと同じものでいいよ。まだあるかな?」
アマラさんからのオーダーを受け、ブレイドさんは米や肉に火を通したものを運んできた。俺たちが食べていたものと同じものに見えるが、アマラさんは苦い顔もせずに口へと入れている。あれ……美味しいのか?食レポをお願いしてみる。
「ええと……アマラさん。味はいかがで?」
「うん。お米は甘い。肉も油がのっていて、おいしいけど」
「……俺たちが食べてる物と同じなんですかね」
「……ああ。魔力を込めれば、味がするようになるんだ」
そうか。アマラさんは神の力が少し使えるから、それを込めれば食材も元の味を取り戻せるのか。俺たちの中にも1人、まだ魔法の使える人がいるのだが……。
「……ルルル。1人だけ、うまい飯を食ったのか?」
「だって、何度も何度も、1個ずつに魔法をかけるんよ?疲れるからイヤなのん」
ルルルがやりたがらないからして、アマラさんからご好意で魔力を分けてもらった。ああ……やっぱり、これだ。鉛でも食っていたかのような舌が完全に復活した。うまいご飯を食べると、やっぱり気持ちが違ってくるものだと実感する。
「ああ、ブレイド君。勇者様方のご案内を願いできるかな?」
「はい。お部屋へご案内いたします。アマラ様は安心して、事務仕事へお戻りください」
それなりに仕事が溜まっているらしいので、アマラさんとは別れて俺たちは寝室へ向かった。ここは以前、ヤチャが入院していた部屋の近くだな。廊下には均等な間隔でドアが並んでいる。1人1部屋ずつ使っても足りそうだけど、ベッドは1部屋に4つあるな。俺はヤチャと同じ部屋でいいか。
「それではワタクシは、失礼いたします。御用の際は、お部屋の鐘をどうぞ」
「ありがとうございました」
ブレイドさんが立ち去り、俺は感謝を告げてからドアを開いた。そんな俺の肩に誰かが触れる。振り向いてみると、そこにはゼロさんが立っていた。
「テルヤ……同じ部屋でいいか?」
「……え?」
「……」
ゼロさんと同じ部屋……いいのかな。いや、あちらがいいというのだから、いいんだろうけど……いいのかな?ふと、セガールさんの顔をうかがう。
「あだたたちは、あちしと同じ部屋でいいわね?」
「オレサマもテルヤと!」
「ほら、おねぇさんが優しくしてあげるから、あっちよ。あっち」
「テルヤァ!オレサマも!」
ヤチャがセガールさんとルルルにつれていかれる。2人の気づかいを無視するわけにもいかない……なので、今日はゼロさんと同室で休むことにした。すまんな。ヤチャ。
第116話の6へ続く






