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第114話の5『跳ぶ』

 「勇者様。もう間もなく、森を抜けますわ」


 森の出口が近いことをカリーナさんは教えてくれるのだが……まだ森の闇は深くて、うっすらとも明るみは見えてこない。森の中にあるものといえば木や木や木、木オブザ木であって、目印になるものなんて1つもうかがいしれない。


 「この辺り、知ってるんですか?」 

 「この付近は、山菜や薬草の採集ルートでございます。あちらの樹木が目印でしてよ」

 「……?」


 食材は街での仕入れの他に、自分で採りにも出ているらしい。しかし、目印……として示されたものは何の変哲もない木で、森の素人である俺には他の木との違いは解らない。


 「あれが……目印になってるんですか?」

 「あちらの木、かわいらしくありません?どことなくですが」


 木に花は……咲いていない。マークがつけてあるとか、切り株になってるとか、そういうのでもない。しいて言えば、しなっていて、丸っこいような気もしないでもない。カリーナさんの目には木や山、川とかが可愛く見えている可能性もあるのだろうか。それもまた、観察力の成せる技であろう。


 「あら。勇者様……服に、ほころびが。お城へ到着しましたら、お裁縫いたしますね」

 「あ……すみません」

 「皆さまは……ううん。お着替えの方が早いですわね」


 カリーナさんに服のほころびを指摘された。言われてみれば……学生服の上着の裾、腰元の右あたりから糸が出ている。下ろした手が位置する部分だから、知らず知らずのうちに触っていたのかな。ルルルが修理に出してくれた服なので、大切に着ているつもりではあったけど、それなりに冒険しているので汚れや擦り切れがあるのは否めない。


 「……」


 みんなの姿を改めて見てみる。俺の服は損傷も少ないが……ヤチャや師匠は服の袖がなかったり、もはや半裸だったりなので、確かに……街に行ったら見繕った方がよさそうだな。ルルルのドレスは霊界神様の加護があるのか、それなりに服装はキレイである。セガールさんはキグルミを着直しているのだが、やや頭部の被っている向きが曲がっているせいで、その姿は薄闇に紛れて実に不気味だ。


 「……お兄ちゃん」

 「……どうした?」

 

 ルルルがムッとした顔で俺を見ている。おなかでもすいたのか?


 「髪、飛び跳ねてるんよ」

 「……あ、うん」


 確かに寝癖がついている。急にどうしたのかと思ったが、そうか……カリーナさんの言動に触発されて、気づかいの心に芽生えたのかもしれない。そんなルルルに次いで、グロウが俺を指さして言った。


 「勇者……てめぇ」

 「……?」

 「……虫、ついてるぞ?」

 「……あ、うん。ありがとう」


 そう言いつつ、グロウは俺の背中についている虫を取ってくれる。親切心かと思ったのだが、後ろから咀嚼音が聞こえてきたせいで、顔を見て感謝は告げられなかった……。


 「勇者テルヤよ」

 「はい」

 「出口だ」


 師匠の指さした方には光があり、森の出口に辿り着いたのだと解った。セントリアルの周辺は見晴らしのいい草原になっているし、ここまで来れば一安心……なはずなのだが、俺は森を抜けた先にたたずむ城と、その周囲の暗闇を見て立ち止まった。


 「あの……カリーナさん。セントリアルって、こんな場所にありましたっけ?」

 「……いいえ」


 森を抜けた先に見える巨大な城。それの周りを深いガケが包囲しており、崖の下には果てしない闇が広がっていた。地面が崩壊しているらしい。空を飛べるのはルルルとグロウだが……。


 「ルルル。街まで飛んで行って、俺たちのことを誰かに伝えてくれないか?」

 「うん」

 「俺も行くぜ」


 ルルルに言伝を頼むと、グロウも自分から行くと言い出してくれた。


 「いいのか?」

 「ああ。腹も減ったしな」


 いつの間にか、グロテスク焼きの入った弁当も空になっている。この人ってば、食欲には正直だな。


 「オレサマも行く……ぞぉ」

 「ワシもだ」

 「……え?」


 魔力が消失した今、ヤチャと師匠は空を飛べないはずだが……どうやって行くというのか。2人は仲良く並んでクラウチングスタートを決めた後、十分に助走をつけて地面を強く蹴った。そのまま、2人は大きな崖を飛び越え、セントリアル城へ向けて消えていった。


 「跳んだ……」



第114話の6へ続く

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