第114話の3『きぐるみ』
「あ……どうも。勇者です」
「……うす。魔物です」
それから先も度々、森の中で魔物には出くわすのだが、みんな無気力を極めて貫いているので戦いにはならなかった。ルルルは神通力で空が飛べるし、方角が解らなくなったら森の上から見てきてもらうこともできる。この調子なら迷う心配もなく、陽が暮れる前にはセントリアルへ到着するだろう。
「……?」
近くで、くさむらの揺れる音がする。また魔物か?念のために警戒は続けたまま、俺は隠れている相手へと呼びかけてみた。
「誰だ?そこにいるんだろ?」
「……」
逃げられないと知ってか、のそのそと草むらの向こうから人影が現れた。2人いる。片方は人型をしたイノシシの魔物だ。がっしりとした体格で鎧を着こんでおり、ベルトにはトゲバットのようなものをぶらさげている。もう1人は……。
「……?」
もう1人はネコ……犬?うさぎか?さまざまな生き物の特徴を体につけた、何か解らない生き物の……魔物……らしき人型の何かであった。異様に頭が大きく、体も太い。目に感情はなく、俺たちの方を向いてはいるが、こちらへ黒目は向いていない。なにこれ?
「てめぇ……やるってのか?誰だ?」
「敵……いや……いや。じゃ……じゃあ、貴様らが先に名乗れよ!」
「ああ?てめぇが名乗れ」
イノシシの魔物は俺たちが誰なのか解っていないらしく、おどおどと言い訳をするようにしてグロウとケンカを始めた。このまま武器を交えてもグロウが勝ちそうだけど、どうせならバトルは避けて終わった方が気は楽である。ここを穏便に済ませるべく、俺は2人の仲裁に入った。
「落ち着け……グロウ。俺は勇者のテルヤだ。あんたも魔法が使えなくなったんだろう?無理に戦う必要はないんじゃないか?」
「やはり……みんな、そうなのか。だが……俺は、うう」
イノシシの魔物は隣に立っている怪しい魔物の顔を見た。迷いを振り切るが如く目をつむると、自分に言い聞かせるようにして俺たちに言い放った。
「ここで逃げちゃあ、俺は……ただの豚だ!そうだろう?キグルミー!」
「ソウダゾ」
怪しい魔物が裏声みたいな声で喋った。でも、口は開きすらしていないし、名前からして正体に疑惑がつきまとう。イノシシの魔物はキグルミーの背中を1つ叩いて、武器を手にしつつ俺たちの前に歩み出た。
「……ッ!」
イノシシの魔物に集中しようとした俺だったのだが、ふとキグルミーの首元から白い……わたみたいなものが漏れ出しているのを見つけてしまった。いや、あれ絶対に魔物じゃないよ。なんなんだ……あれ。考えるだけ怖くなってきた。
「勇者!かくごおおぉぉぉ!」
トゲバットを持ち上げ、イノシシの魔物が駆けこむ。その前へと、ゆっくりとグロウが踏み出した。手には1本、ギラギラとした大きな刀だけを所持している。
「必殺剣技……」
「……ひぇ?」
「金蛮噛威!」
切った……というよりも、2つに分裂した刀が、左右から噛みついたように見えた。あの刀、本当は2つの刃が合体した形だったんだな。身につけていた鎧を破壊され、イノシシの魔物は弾き飛ばされた衝撃で近くの木へとぶつかった。
「ぐああああぁぁぁぁぁ!」
勝負は一瞬で終わった。イノシシの魔物は痛みに耐えつつも仰向けに寝転び、薄れゆく意識を繋ぎとめるかのようにして、キグルミーへと語り掛けた。
「お前の言う通り、最後まで戦ったぞ……キグルミー。見ていてくれた……か。ガクッ……」
魔物は死んだ……いや、寝息が聞こえる。気絶したのだろう。すると、俺たちの視線は自然と、残されたキグルミーという魔物っぽいものへと向いた。グロウが刀を持ち直し、どうしたいのかと高圧的に尋ねる。
「……次、てめぇがやるか?ああ?」
「ままま……待って待って。ちょ……待て。な?」
「……?」
あれ……なんか、聞き覚えのある声がする。キグルミーが頭部をねじって持ち上げる。すると、中から人間の顔らしきものがのぞいた。
「あちしよ。セガールよ。セガール。覚えてる?」
「あ……ああ!あ……んん?」
以前、セントリアルに行く途中で出会ったセガールさんだ。名前と声。それは記憶にある通りなのだが……着ぐるみから出て来た顔は汗で化粧が崩れている。その顔が失礼ながら完全に化け物のそれであり……ちょっと返答に困った。






