第114話の2『戦う理由と戦わない理由』
魔物たちは戦意も見せず、だらりとしたポーズで降参の気持ちを示しながら、じっと俺たちを見つめている。ここにいる魔物とは初対面ではあるけども、あれだけ積極的に俺の命を取りに来ていた魔物たちが、今度は戦うことも逃げることもやめて降参している。
「んじゃあ、俺たちは行くけど……本当に、いいんだな?」
「いいぜ。魔王にも見捨てられた。もう忠義も、戦う理由もない」
この二足歩行のクマみたいな魔物が、きっとチームのリーダーなのだろう。他の魔物たちもクマに従って、俺たちに道を開けてくれている。攻撃の姿勢は崩さないながらも、俺たちは森の先へと足を進めた。
「……」
待てよ。こんなにすんなり通してくれるってことは……この先に罠が仕掛けてあるんじゃないか?森の上を飛んでいこうにも、グロウだって、これだけの人数を乗せては飛べないだろうし、ヤチャや師匠も魔法を使えない状態だ。何かあっては、対処する術がない。
「……ちょっといい?」
「……ああ?」
俺は皆の列から外れて足を戻し、座り込んでいるクマの魔物に声をかけた。俺たちを陥れようという思惑があるのなら、ここで質問を受ければ動揺が見えるはずだ。俺の隣にはヤチャも来てくれている。もし戦いになったとしても、あっけなく殺される結果とはならないだろう。
「あの……こう言っちゃなんなんだけど、どうして戦おうとしないんだ?」
「そんなに殺し合いたいのか?なぜ?」
「そうじゃないけど……戦わない理由が気になりました」
にらみはきかせているものの、魔物には目を泳がせたり、動揺したりといった素振りはない。さっきも魔王に見捨てられたなどと言っていたし、仲間割れでもあったのかもしれない。それはそれで理由が知りたくなり、俺は魔物に1つ質問してみた。
「もしかしてだけど……あんたたち」
「……」
「魔法が使えないのか?」
「……ふん」
クマの魔物は何も言わなかったけど、周囲の魔物はザワザワとどよめきを見せた。やっぱり、魔法が使えなくなったのは俺たちの方だけじゃなくて、魔物たちも同じらしい。魔法の件がバレていると知り、クマの魔物は愚痴るようにして胸の内を明かした。
「魔物といっても、色々いるんだ。魔王の意志を受けて誕生したやつら。俺たちみたいに魔力を与えられ、強さを手に入れたやつもいる。全ては、少しでも強くなりたかったから。その代わりに魔王の敵である勇者を始末する。利害の一致ってやつだ」
「……」
「その関係が崩れた。ただ、それだけの事」
グロウは元から魔力のある鳥だけど、更に強い力を魔王に授けてもらったのだろう。そして今、世界から何者かの手によって魔力が取り払われた状態だ。これはすなわち、もらった武器を取り上げられたに等しい。そして、こんなことをわざわざ神様がするわけもなく、となれば……犯人は1人。魔物たちも、魔王が魔力を消し去ったことを察したのだろう。
「俺たちは今まで、魔力で好き勝手できた。その力を知って、もう生身の強さじゃあ満足できない。戦う気にもならない。戦わない理由に、裏なんてない。もういいだろ?」
「……解った。ありがとう」
魔物たちは無気力な目をしてはいたけれど、じっとグロウの方を見ていた気がする。もちろん、グロウが魔物で、魔法が使用できない状態なのを知ってのことだろう。それでもなお、俺の近くにいる。不思議だったのかもしれない。俺は別れを告げ、セントリアルへと足を向けた。
森の中は静かで、他に魔物の気配もない。先程の魔物たちが言っていた通り、森の中には行く手を阻むものも特になかった。やや高いところに登れば、セントリアル城の頭くらいはうかがえる。迷うこともないだろう。
「……」
あの魔物が明かした理由もあって、もう魔物たちが勇者を狙う理由はないのだろう。暗く湿った森の中を歩きつつ、俺は探り探りの口調でグロウに尋ねた。
「ああ言ってたし、俺と戦う理由も、もうなくないか?」
「ああ?なに言ってんだ?」
「え……」
「俺はよ。おめぇに二度、負けてんだぜ?」
やや身を引いた俺に対して、グロウは刀の鞘をポンポンと肩に当てながら、歩みもたゆまずに言葉を続けた。
「魔法も使って、全力でケンカするに決まってんだろ。そのためにも、さっさと魔王を倒すぞ」
「……ああ。うん」
殺し合いじゃなくて、ケンカか。それなら、いいかな……なんて思ってしまったりする。俺は止めていた足を動かし、みんなのあとを追いかけた。
第114話の3へ続く






