第113話の6『突き抜けろ』
よーし。なにはともあれ、現状把握だ。今までだって、どんな困難にも、そうして俺は立ち向かってきた。必ず答えはあるはずだ。
「……」
ええと……まず、宙に浮いていたレジスタの街は地面に落ちた。その原因は、消しゴムが作り出した無の境界だろう。今、俺たちはレジスタの街に閉じ込められたと考えていい。そして、ヤチャやグロウ、師匠は魔法が使えないはずだ。となれば、この状況を打開できるのは……。
「……俺かな」
運命のペンダントを握りしめ、やぶから棒でも出ろという気持ちで念を込めてみた。今のところ、マップは役に立たないし、選択肢も出ない。スキップするほど長いお話もないな。
「きゃっ!」
後ろでカリーナさんの悲鳴が聞こえ、服の擦れる音がする。今の俺に出来ることなんて、ちょっとしたハレンチ心で女の子を転ばせてしまうことくらいである。同時に、この問題を解決できるのは俺ではないという、やや虚しい答えが導き出された。
「ルルル。無の境界って、どうにかできないのか?」
「やったことないけど、穴は開けられる気はするのん」
魔王城へと続く昇竜の門は恐らく、空の彼方にある。それも、無の境界に囲まれた場所だ。合点がいった。ルルルが神の力を受け継ぐ試練に耐えたこと、それこそが魔力を奪われた世界で頼りになるのだ。ルルルは無の境界へ杖を向け、色を失った世界に命を与えるように、ぼやけた優しい光を放った。
「むむむ……」
レジスタを包んでいる灰色の壁へ、ゆっくりと光線が差し込まれていく。その場所から波紋が広がり、凍りついたものが溶けだすように、わずかに灰色の向こう側が透けて見えてくる。極めつけ、光の先が指のように分かれ、繊細な仕草で目の前の壁をこじ開けた。
「……開いたのん」
「……閉じていくぞ?」
無の境界に広がった穴。それはルルルが杖の光を弱めると、埋め合わせるように穴を閉じてしまった。辺りに散らばっている消しカス、これが穴に吸い込まれ、折角の脱出口をすぐにふさいでしまう。
ルルルが力を込めている間は、無の境界を通り抜ける穴は維持できるはずだ。ただ、それにあたっての精神集中、杖の指し位置をブレさせない努力は必要と見た。俺たちだけなら外へ出られそうだが、ルルルを置いてはいけないし……さて、どうしたものか。
「ふむ。ゴウ。できそうか?」
「……出ます。ここを」
ルルルの開通作業を見つめていた博士が、解決策に目途を立てたという口調で告げた。キメラのゴウさんは公園に立っている木に手をつけ、何を思ってか片腕で簡単に押し倒して見せる。
「テルヤ君。レジスタでやることがあるのでね。ここでお別れだ」
「乗れ……勇者」
街が落ちたという大事の最中なので、博士はレジスタに残留しなくてはならないようだ。ゴウさんは地面から抜き取った木を倒して、それにまたがるように俺たちへと指示する。木の長さ的には、俺たち全員が乗れるだけの長さはある。乗り込むにあたって、先頭はルルルと決められた
「ううん……テルヤ君。一番、力が強いのは誰かな?」
「師匠ですか?」
「ワシは片方のモミアゲ分の力しかない……すでにヤチャの方が強い」
木の先頭にまたがっているルルルの杖先を、その後ろに乗ったヤチャがガッシリと固定する。なんとなく、これから何が起こるのか俺にも想像がついてくる。とすれば、俺にできることは……。
「師匠……もしも落ちそうになったら、ちょっと頼りにしてもいいですか?」
「おお」
俺たちの乗った木の後ろで、ゴウさんが声も出さずに拳を引いている。振り落とされないようにしがみついている俺たちへ、カルマさんがオドオドと声をかけた。
「も……もう出発ですかぁ!何か言っておくこととか、あ……あります?」
レジスタにはミオさんがいたはずだし、精霊山での感謝を伝えてはおきたい。そう考え、カルマさんに伝言を頼もうとしたところ、階段を上がってくるミオさんの姿が見えた。
「あ……勇者さん!お久しぶりです!」
「あ……ミオさん。その節は……」
「ゴオオォォ!」
ルルルの放つ光が無の境界を突破し、向こうの世界が見えてきた。それと同時、ゴウさんの叫びが後方から聞こえ、的確に拳の一発が木を撃ちだした。ルルルのこじあけた穴を、俺たちの乗った木が通り抜ける。色のある世界が視界に飛び込んできた。そのまま、俺たちは青空の中を飛んでいく。
ミオさんへの感謝を告げられなかったものの、俺たちは閉ざされたレジスタからの脱出に成功した。ありがとう。博士。ゴウさん。俺たち、頑張るから……。
「脱出成功だ……勇者」
「そうですね……え?」
いつの間にか、木の後ろの方にゴウさんが乗っていた。すると……自分で撃ちだして、自分で乗ったのか。器用な人だな……。
第114話へ続く






