第113話の3『大行進』
「師匠。戻りました……」
「むう。勇者テルヤよ。どうだった?グロテスク焼きは?」
「青かったのかしら。それとも緑だった?」
居酒屋の暖簾前にて、グロテスク焼きから退避した師匠とカリーナさんと合流。どうだったかと師匠に聞かれるも、誰も見ていないので首を横に振る他ない。カリーナさんからの質問に至っては、想像力がかきたてられて逆に恐怖心をあおられた。グロテスクな青いものや、グロテスクな緑のもの、どちらも目にするのはイヤである。
「それがですね。かくかくしかじかで」
「なに?グロテスク焼きは、あいことばだったと?会議室は隠し通路?よくぞ見破ったぞ。勇者テルヤよ」
「おにいちゃん……隠し通路に引っ込まれた時、1人でキョドってたんよ」
「まだまだ修行が足りんな。勇者テルヤよ」
ルルルにバラされ師匠に一瞬で手のひら返されつつも、気を取り直して居酒屋の中へ。そこには、体中をヌルヌルにされながら、壁にケツを突っ込んでいるヤチャの姿が。
「うおおおおおおぉぉぉぉ!」
「おう。兄ちゃん。あと少しで引っ張り出せそうだ。心配するな」
俺が見た時は顔だけハマった状態だったはずだが、どこをどうすればケツだけ壁にハマった姿勢に移行するのか、考えても考えても大いに謎である。そして、それを意に介さず食事に集中している他のお客さんたち。案外、会議に参加していた人たちも、よくハマっているのではないかと可能性を生んだ。
「悪いがヤチャ……俺たち、先に行ってるぞ」
「おおおおおおおぉぉぉぉ!」
ヤチャの件は居酒屋のマスターに任せるとして、俺たちは無の境界を見に行くために居酒屋を出た。なお、グロウはグロテスク焼きを食べていきたいとのことなので、ここで離脱。
「博士。どこからなら無の境界が見えるんですか?」
「てっぺん」
てっぺんとすると……レジスタの一番上にある公園みたいな場所だろう。以前ならばエレベーターで街を登っていけたのだが、博士が街の正規ルートを的確に進んでいく。そうか。魔力がないから、エレベーターは使えないのか。
「おおい!勇者様!」
「あ、はい」
「これ食え。勇者」
「あ、ありがとうございます」
街の人たちは建物の修理や道の舗装、地面にできた亀裂の埋め立てに大忙しである。そんな中でも、みんなは俺の姿を見つけると声をかけてくれた。レジスタに来るのも、これで何度目だもの。俺の認知度も高くなっているのだろうと考える。
「相変わらずヒョロっちいな。勇者」
「死ぬんじゃないよ。勇者」
「ああ……はい」
会う人の全員が、なんらかのお気持ちをくれる。芸能人にでもなったような心地であり、恥ずかしくも少し嬉しい。子どもたちが俺たちの後ろをずっとついてきていて、可愛らしくてほほえましく見える。ただ……ちょっと人数が多くないか?
「このままでは大騒ぎになるかもね。急ごうか」
そう言って博士が小走りを始め、俺も横並びに駆け足を始めた。ついてきている子供たちも急いで走ってくる。その後ろを大人たちもついてきていて、雨音にも似た足音が地面を揺らしている。これは芸能人というか……その、ボクシング映画のワンシーンを想起させる。あれだな。有名なあれ。あれだよ。でも、あれ……こんなに人数は多くなかった気がする。
「勇者。がんばれー!」
「勇者、まけるなー!」
「がんばえー!がんばえー!」
すごい大声援を背に受けている。なにか反応を返した方がいいのだろうか。でも、振り向いたら人の多さにビビッて腰が抜けてしまいかねない。とりあえず、俺は右手の拳を上に掲げてみた。
「おおおおおおおぉぉぉ!」
なにやら、後ろではエキサイトしている。これでいいのか?いいのかな……。
「よし。テルヤ君。ここだ。あれだ」
「……?」
約15分ほどで公園へと到達し、博士が空へ目掛けて人さし指を向ける。すると、後ろにいた人たち……ゆうに300人はいそうだ。その人たちも一緒になって指をかかげており、なにやら凄い一体感を感じる。俺もやった方がいいのか?
「……」
怖々と指をかかげてみた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
なんか解らないが、物凄く盛り上がった後、観客の方々は満足した様子で解散していった。謎の祭りが終了したところで一息つくと、俺は博士の指先を見据えた。空の高いところの一部分が、わずかに灰色に染まっている。
「博士……あれですか?」
「あれ」
レジスタ自体が謎の浮力で浮いているのに、そのてっぺんから見上げて更に遥かな高みに目的地がある。かなり遠いな。しかし、目に見える場所だ。あとは、飛んでいけば解決のはず。
「すると、あそこまで飛んでいけば、ついに魔王城か……」
「お兄ちゃん……どうやって飛ぶのん?」
ルルルに尋ねられ、俺は口をつぐんだ。どうやって?
「魔力もないのに、どうやって飛ぶのん?」
「……あ」
第113話の4へ続く






