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第112話の2『まずい』

 確かに俺たちは飯には夢中になっていたが、居酒屋のマスターが奥の席を指さして、さっきのお客さんを誘導したのは確かに見た。さきイカを食べていた別のお客さんはお酒に酔って、テーブルに突っ伏して眠っている。お話は聞けそうにないな。オーダーだけ残して、さっきの人は何処へ消えたのだろうか。


 「……」


 考えられる可能性としては、まずいグロテスク焼きをオーダーしたものの、それを食べる勇気が出なくて逃げ出したとか……でも、注文したお客さんの声に不安の色はなかった。ヤチャとグロウは飯の途中だし、師匠は満腹で少し苦しそうだ。カリーナさんは……豆を食べながら壁の方を向いている。何か見たのかな。


 「カリーナさん。さっきのお客さん……」

 「グロテスク焼き……ですわよね?」

 「……?」


 あれ……おじいさんの行方を見ていたわけじゃないのか。したら、なんで壁の方に視線を逃がしているのか。


 「あの料理……あれは……お姉ちゃん、ちょっと苦手なのよ。うふふ」

 「……ああ」


 グロテスク焼きは名前の通りの危険なブツらしく、それを目に入れたくない一心で顔を背けていたらしい。ルルルは大丈夫なのか?


 「ルルルって、気持ち悪いの苦手か?俺は苦手寄りの普通だけど」

 「あたちは、普通」

 「ワシは無理」


 唐揚げの衣を引きはがしつつ、ルルルは余裕の反応を示した。むしろ、師匠の方が気持ち悪いのダメらしい。ところが、オーダーは入っているはずなのに、店長はグロテスクなものを切ったり焼いたりしている素振りはない。


 「あの……また注文いいですか?」

 「あい」

 「グロテスク焼き……」

 「……いいの?」


 俺が注文を告げてみたところ、その真意を問われた。どんな危険な料理なんだよ。待て待て……俺たちは博士を探して、世界の破壊を防ぐ方法の相談をしないといけないのだ。見知らぬ食べ物で冒険している暇はないはずだ。


 「……う~ん」

 「おい、勇者」

 「……?」


 目の前の皿をカラにしたグロウが、それをつっつきながら俺ににらみをきかせている。なんですか?


 「グロテスク焼きじゃねぇだろ?」

 「……は?」

 「まずいグロテスク焼きだろうが!」

 

 そういえば……さっきのお客さんも、『まずいグロテスク焼き』って言ってたな。でもよ。でもさ。


 「まずくない方がいいじゃん」

 「まずいのがオススメかも知れねぇだろうが」

 「そんなオススメねぇだろ……」

 

 ……混乱してきた。しかし、カレー屋で『辛いカレー』って頼み方は……するか。ラーメン屋で言うところの、ネギ多めニンニク増しみたいなものなのか?すると、『まずいグロテスク焼き』も無し寄りのアリでしょうか。とはいっても、ここで出てきた料理は、どれも絶品であった。あえて、まずい飯を作ったら……作れるのか?でも、なんのために?


 「おっさん。まずいグロテスク焼きだぜ。それを頼む」

 「おお。間違いないね?」

 「行くのか?グロウ。まずいんだぞ?」

 「行くぜ」


 まずいグロテスク焼きのオーダーをグロウが強行し、食事を終えている師匠とカリーナさんが静かに退店する。まずいグロテスク焼き、それを見たくないのだろうか……俺も怖くなってきた。残された俺とグロウ、ルルルとヤチャは、店主のオジサンの手元をのぞいている。どんな材料なのか。どうやって作るのか。事前情報を仕入れて、なるべくショックを緩和させたい。


 「……んじゃあ。そこから行ってね」

 「……?」


 マスターはテーブル席とテーブル席、その間にある店の壁を指さし、そこへ行くよう促された。なんだろう……とりあえず俺は立ち上がり、壁の前に立ってみた。壁が揺れている。これは……なんだ?


 「うわっ……」


 壁に触る。壁板に指が吸い付き、まるで泥に飲み込まれるように体が引っ張り込まれる。まずい!このままじゃ……。


 「か……壁にくわれる!」



第112話の3へ続く

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