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第108話の5『思い上がって』

 「ウライゴさん……この草って、なんですか?」

 「メンソール草だよ。気持ちが落ち着く」


 もっと変な名前の草かと思ったが、存外に普通だ……周囲の魔物たちは悪臭のせいで総倒れになっていて、あちらの統領である豚の魔物も立っているのがやっとである。ヤチャを相手にすると分が悪いと見てか、咳をしながらも豚の魔物は難癖をつけてきた。


 「こ……こっちは1人で行こうってのに……ぶはぶはッ……そっち3人とは卑怯ブヒ!1人出ろブヒ!ぶっ……ぶはぶはッ!」

 「オレサマが……」

 「お前は息が臭いからダメだブヒ!黒服のやつ!前にやられたお返しをしてやるブヒ!」

 「えっ……俺?」


 ヤチャの臭いのは息だけじゃなくて全身なのだが、聖なる泉に浸かってからは幾らかマシになった気がする。俺は豚の魔物を倒したことがあるから、あちらの弱点は既に知り得ている。やろうと思えば、1人でもいけるかもしれない。


 「……でも、いいのか?俺、知ってるぞ。お前の心臓、ケツじゃん」

 「ブッ……ブヒ!もう、以前のミーツ様ではない!見ろ!」

 

 俺たちの後ろにある、城の口がガコンと大きく開いた。雲のかかった青空へと向けて、豚の魔物は棍棒を大きく振り下ろす。


 「ぶはああぁ!」


 悪臭をまとった衝撃波が俺たちの近くを通り過ぎて、遥か彼方まで飛び去る。その後、遠くにそびえる山のてっぺんが攻撃を受けて爆発した。


 「見ろブヒ!オレサマの新たな力!このヒゲを手に入れ、オレサマは生まれかわったブヒ!」

 「……ヒゲ?」


 確かに……前に戦った時にはなかったヒゲが、豚の化け物のアゴにドッシリと生えている。失礼ながら、あまり似合ってはいない。


 「ぶひひ。勇者たちを逃したあと、オレサマも村の近くを探したブヒ!その時、このヒゲが落ちていた!これを体につけたら、体に魔力があふれ出たブヒ!」

 「なるほど……」


 話を聞く限り、あれが師匠のモミアゲと見て間違いないだろう。身につけるだけで普通の魔物が山を割れるようになるのだから、そこに詰まった魔力の膨大さは計り知れない。豚の化け物を倒さないと、もみあげは取り返せそうにないな。それが解ったところで続けて、豚の魔物は自分の野望を語り出した。


 「この力でオレサマは……ワルダー様……いいや!ワルダーなどより何倍も強くなったはずブヒ!魔王などに世界をやる筋合いもない!オレサマが……オレサマが新たな魔王!最強の王者だブヒ!」


 身の丈に合わない強い力を手に入れてしまい、自分が世界最強になったと勘違いしてしまったのだろうか……しかし、俺の目測でもヤチャより強いとは感じないし、世界の強者を見てきた今ではたかが知れているように思える。今なら引き返せる。かわいそうだが、俺は諦めるよう説得を始めた。


 「や……やめておけよ。上には上がいるぞ」

 「オレサマの力に、おじけたかブヒ!降参して勇者の力を差し出すなら、世界の片隅くらいはお前にやってもいい」

 

 ダメそうである……かける言葉も見当たらず立ちすくんでいる俺の横を、銀色の弓矢が飛びぬけていった。


 「ぶ……ぶひいいいい!」

 「……?」


 俺が振り向く。ウライゴさんは構えた弓を下ろしており、すでに矢を放ったあとである。豚の化け物のヒゲは根元から弓矢に引き裂かれ、ドサリと重そうに床へと落ちた。


 「それ、父さんのだろう?返してもらうぞ」

 「こ……このぉ。ぶひい」


 よろけた豚の化け物が、落ちたヒゲをひろおうと前のめりになる。その時には俺もヤチャも走り出していて、俺はスライディングながらに床のモミアゲを回収、ヤチャは掌底で豚の鼻を押し込んだ。


 「ぶっ……!」


 ズパンと衝撃音が響き、豚の化け物は奥の壁へと叩きつけられた。盛大に鼻血が出ている。呼吸はしているが、壁に半身を埋め込んだまま気絶している。魔王を目指した自称・最強の魔物との戦いは、これにて呆気なく終了した……。


                                第108話の6へ続く

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