第106話の1『何が起きたのか』
《 前回までのあらすじ 》
俺は時命照也。バトルものの世界に割となじんできた恋愛アドベンチャーゲームの主人公だ。魔王四天王の最後の1人である師匠を倒すべく、大賢者様の元で修行に励んでいる。課題は……水の上に立つことだとか。俺にできるのだろうか。
「……」
修行終了のタイムリミットまでは、およそ3日と6時間程度。まだ時間はある。まだ時間はある。そう考えながら、自分に言い聞かせながら悠長にやっていたのだが……なんの進捗もないまま、もう丸2日が経ってしまった。残り時間は1日と少しばかり。さすがに焦ってきた……。
「うりゃ!」
俺は勢いをつけて湖へ飛び込む。チョポンと音を立て、俺の足は湖へと沈み込んだ。クツを脱いで、湖の底の感触を足の裏にこすらせる。泥が積もっているのか、ややヌルヌルザラザラとした質感が伝わってくる。このまま、立ったまま浮けばいいのだろうか。どうやって?体を軽くすればいいのか?
「テルヤァ!メシ……だぁ!」
「……俺、食べないで頑張ってみるよ。なるべく体を軽くする」
頭をなやませている俺には構わず、ヤチャは果実を丸のみにしている。あちらは余裕しゃくしゃくといった態度であるが、俺と同様に大賢者様の課題はクリアーするに至っていない。岩を破壊しないことを目標としているはずなのだが、俺が見るにはヤチャの攻撃は威力ばかりが上がっていて、いいのか悪いのか修行は逆方向に成果を上げている。
「もぐもぐ!もぐもぐ!」
ヤチャのやつ、飯を食いながらも手に魔力を集めている。器用だな……。
「そうだ……ヤチャ。俺、考えてたんだけど……」
「はああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぬぬっ?」
俺の声に気を取られて、ヤチャがよそ見をする。その直前に放った魔力の波動、それの軌道上に、なにやらタヌキみたいな動物が飛び出してきた。
「ヤチャ!前!」
「……ッ!ふうううううううぅぅぅぅぅ!」
ヤチャは開いていた手を閉じて、魔力を止めようと試みる。ダメだ。食事の片手間に放っているとはいえ、その勢いはすさまじい。止まらない!当たる!
「……ッ!」
バリバリという魔力の弾ける音が響き、魔力の光も閃くようにほとばしる。その発光が、徐々に収まっていく。
「……あれ?」
消えゆく光の中に小さな影が見えてくる。そこにはタヌキの……いや、タヌキは無事だ。ケガをしている様子もない。ただ、酷く驚いた様子で、勢いよく森へと帰っていった。
「……ヤチャ。今、何をした?」
「……?」
確かに攻撃はタヌキに当たった。岩にも当たったはずだ。でも、ヤチャの魔力は何も壊さず、一直線に森まで突き抜けていった。今までとは違う。何が起きた?
「……あれ。ヤチャ、もしかして……できたんじゃないか?」
「……ん?んん……おお!やったぞおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
偶然とはいえ、これは……成功したと言っていいのか?喜び勇んでヤチャは再び岩へと向けて魔力を放つ。景気よく岩は爆発した。
「むう……?」
「成功したのは偶然か……」
無意識にはできたものの、やろうと思ってやれるわけではないらしい。でも、先程の要領が理解できれば、岩を砕かずに魔力を貫通させられる。それが解ったのは1つ進歩だ。ヤチャの体からはギラギラした色は抜けていて、すっかり人間の肌色に戻っている。今の一件を通して、聖なる泉で付加されたラックが消費されたとも考えられる。
「……待てよ」
ヤチャの魔力は岩を突き抜け、そのまま貫通していった。そして、水の上という特殊な環境とはいえ、俺の修行は、ただ立っていること。なんで俺とヤチャだけが、この島へと修行の為に連れて来られたのか。霊界神様や、大賢者様の意図をくんでみる。
「……」
解ってきたかもしれない。師匠を倒す。その方法が。
第106話の2へ続く






