第103話の6『必死の呼びかけ』
「ごはっ!ごはっ!うええ!ちっきしょ!」
未だかつてないマッハ飛行を披露したグロウが、吐くか生きるか死ぬかといった激しい呼吸をしている。みんなの息が落ち着くまで、もうちょっと休んでいった方がいいかもしれない。まあ、師匠の方から挑戦的なメッセージを叩きつけておいて、ここまで俺たちが来ていると知っての先制攻撃もしてはこないだろう。
「えっと……仙人は」
俺は息を整えつつも立ち上がり、閉まり切ってビタと開かない黒い扉へと触れてみた。質感はゴツゴツとしていて岩のようだが、鉄みたいにツヤツヤもしている。かなり硬そうだ。これが閉まっている限り、ここへ仙人が入ってくるのは無理かもしれない。俺は視線を通路の先の階段へと向けた。
「ヤチャ。この上に師匠がいるはずなんだよな?」
「いる……いるぞおおおおおおぉぉぉぉ!」
このまま階段を上がって師匠と戦いになったとして、最初に死ぬ可能性が高いのは誰か。それは確実に、俺である。また、戦う相手の情報が今回は極端に少ない。俺は師匠との戦いに不安を抱き、師匠の第一人者といっても過言ではないヤチャから、引き出せる限りの限りを尽くし尽くそうと試みた。
「ヤチャ……俺、師匠に勝ちたい。そして、助け出したい」
「テルヤァ……」
「だから、教えてくれ。師匠は……弱点とかある?」
「……」
あまりにも直球な質問を受けて、ヤチャは口を開いたまま硬直した。俺はなんと思われてもいい。勝ちたいのだ。なるべく無事に。
「テルヤァ……」
「……?」
「テルヤァなら……勝てるぞおおおおおぉぉぉぉぉ!」
怖気ているのだとヤチャは勘違いしたのか、なんだか応援を返されてしまった。勝てると思い込んで勝てるならば俺は勝てるのだ。思うだけでは勝てないからヒントが欲しいのだ。ちょっと言い回しを変えて、俺はヤチャに質問し直すことにした。
「……くっ!あ……頭ァ!」
「……どうした!テルヤアアアアアァァァ!」
俺は両手で頭を抱え、なるべく痛そうな顔を心がけながらうずくまる。もちろん演技なのだが、耳元でヤチャに叫ばれたら本当に耳が痛くなった。頭痛が収まるのを待って、俺は静かにヤチャへと語り掛ける。
「今まで黙ってたけど、俺……記憶喪失みたいなんだ。旅立つ前の記憶が、ほぼないと言っていい」
「な……なんだとおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
記憶喪失……のくだり以外は本当のことなので、十中八九は嘘ではない。ここで、本題に入る。
「だから、教えて欲しい。師匠を簡単に倒す方法とかないかな?」
「……いや、ないぞおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
回りくどくヤチャに訴えてみたが、やっぱり弱点はないらしい。残念である。そんな会話をしている俺たちの頭の中へ、誰かの声がテレパシーのように聞こえてくる。
『勇者……よくぞ。試練を突破した』
「……?」
「お……おししょうさまあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰の声なのかと俺が疑問を浮かべていると、ヤチャが声の主に気づいて名前を呼んだ。これが、師匠の声なのか?
『この上にいるのは魔王様……くっ……いや、魔王に操られ、意思を失ったワシの抜け殻。そして、この試練は……勇者がワシと戦って無駄死にせぬよう、その力をはかるべくして作り出した関門じゃ』
つまり、この試練は師匠が消えかけの自我と魔力で作り出した、勇者のレベルをはかるためのハードルといっていいのだろう。ほぼ仲間がクリアしてくれた次第なので俺の試練になったかは不明だが、俺を心配しているであろう師匠の気持ちは伝わってくる。
『よいか……勇者よ。ワシの』
『おおうい!無事か!勇者よ!』
……ん?なぜか、声が2重に聞こえて来たぞ?
『ワシの意識も、もう』
『さきは失態を見せてしまい』
『途切れそうじゃ。最後に』
『中には入れんようじゃが』
『勇者へ』
『わしは無事だ』
……この声。あ……ああっ!仙人のテレパシーか!師匠の念話にまじって、なんてタイミングの悪い。なお、互いには聞こえていないのか、通常運転で2人のテレパシーは続く。口調まで微妙に似ているせいで、どっちが何を言っているのかまるで解らない……。
『ワシは強い』
『わしはダメじゃ』
『こころしてかかれ』
『だからこそじゃ』
『世界を救え!』
『負けてはならぬ!』
『勇者よ』
『勇者よ!』
『つまりは』
『そうじゃ!』
聞いている内に頭が痛くなってきたが、ここで一呼吸が入る。そして、両者ともに強く言い切った。
『『必ず勝つのだ!』』
どっちが何を言っていたかは解らなかったものの、仙人と師匠の結論だけはシンクロした……。
第104話へ続く






