第102話の6『スピード』
「えっと……その……何?」
「おお、勇者は見えていないのだな。巨大な三角が上に浮いておって、その山肌が迷路のように入り組んでおる。その中を……鍵みたいなのが逃げ回っておるのだ」
「そういえば仙人……風景が見えるんですか?」
「精霊様が近くにいれば、多少は見える」
試しに俺もララさんと手をつないでみたが、そもそも素質がないのか全く視界に影響はない。ともあれ、仙人の言葉に想像をふくらませ、やっと俺にも状況が理解できた。
速さを試す試練って、そのまんまの意味で足の速さを試すってことなのか。だとしたら、仙人やヤチャ、グロウは得意かもしれない。一方、俺にはカギすら見えないので、追いかけようにも探すことすらできない。
「鬼ごっこかよ。さっさと終らせてきてやらぁ」
スッと身をかがめたグロウが、ひそめた呼吸と同時に姿を消した。どこに行ったのか。俺は空へと目を細める。そこに、ハイスピードで移動する黒い影を見つけた。カラスの姿と人間の姿を瞬時に入れ替えて、曲がり角っぽい場所を蹴りながら高速で移動している。グロウ、あんなこともできるのか。
「わしも行くぞ!おおおおおおおぉぉぉ……四足駆動走法!」
仙人が身をかがめ、手を足と同じ高さにつけてケモノの立ち姿をとる。クラウチングスタートの要領で空を蹴り出し、仙人は手足を使って走り出した。その速さたるや、草食動物を追いかけるチーターのごとくである。しかし、魔力の壁の影響は受けるようで、あちこちの壁に激突したりはしていた。
「ふっふっふ……待たせたわね!やっと私が役に立つわよ!」
「ララさん……」
グロウと仙人の速さを見て尚も走りには自信があるのか、ララさんは強気なようで自虐のようなセリフを放っている。今まで、役に立った描写は確かにあんまりなかったが、やる気は伝わっていたから気に病む必要はないと俺は思う。
「炎の精霊の真骨頂よ!爆速!火の車!」
「おお」
ララさんのカカトから炎が噴射され、スケボーにでも乗ったかのように爆速で滑り出す。経済的に厳しそうな技名はともかくとして、その速度は曲がり角でも落ちず、目で負えないほどの速さを誇った。
「オレサマも行くぞおおぉぉぉぉぉ!」
ヤチャが俺の体をゼロさんに手渡して、おいかけっこへと加勢に向かう。ヤチャは魔力の光をギンギンに体から放っていて、光の軌跡が線となって残るほどの速さで飛び立った。みんな、すごいな。この調子なら、この試練は簡単に終わりそう……いや、この展開は逆に……あれだな。
「……ちっくしょ。なんだ、あれ」
「わし、よく見えんから捕まえるのも無理だ……」
「私……もう疲れた……」
「追いつけないぞおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
グロウ、仙人、ララさん、ヤチャが息を荒げて戻ってきた。あんまり見えてない仙人はともかく、あれだけの速さを誇る人たちですら全滅とは。となると、普通に追いかけてもダメなのだろう。ここは1つ、作戦を立ててみる必要があるかもしれない。
「どうしたらいいかな……」
「テルヤ」
「……なんですか?」
俺を背中に背負いつつ、ゼロさんが俺の名前を呼んだ。そして、なにやら提案を口にする。
「いまこそ、使う時じゃないのか?」
「……なにを?」
「ジェットドライブ走法」
「使えません……」
それはヤチャの回想の中で垣間見えた、俺の持ち技らしい謎の走法である。ルルルといいゼロさんといい何かと言及してくるわけで、なんか解らんが人気の走法である。しかし……それがなんなのかをまだ、俺は知らない。
第103話へ続く






