第102話の4『俺の怖いもの』
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
仙人の悲鳴が耳に残る。あんなに強いヤチャと仙人の体が、一瞬で食い尽くされてしまった。その事実に現実感がなさすぎて、どう動いたらいいのか俺は戸惑ってしまった。
「この……みんなを返しなさい!」
ララさんが白い玉の化け物へと指先を向け、勢いよく炎の弾を発射する。部屋全体が赤く染まり、敵は炎の中で身を焦がしている。効いているのか?いや、化け物は黒く色を変え、大きく開いた口の奥に赤い目をのぞかせた。
「全然、効いてない!ど……どうして」
ララさんが俺の後ろに隠れ、今度はゼロさんが両腕を化け物へ向ける。腕の魔道具から白い衝撃波を放つが、それも全くダメージにはなっていないようだ。ヤチャと仙人の無惨なやられ方を見て近接戦闘は無謀と解っているからして、ゼロさんも俺の前には立っているが敵に近づくことはしない。
「みんな!に……逃げ……ッ!」
後ろにあったはずの階段はなくなっている。逃げ場も失い、前からは化け物が巨大化しながら近づいてくる。どこからか、ゴツンゴツンと、何かを叩く音が聞こえる。だが、それが何かを考える暇もなく、俺はゼロさんの前に歩み出た。
「テルヤ……」
「……」
前に出たからといって、俺にできることなんて何もない。いつもならば周囲にあるものを使って切り抜けるのだが、この部屋には力になりそうなものも見当たらない。ペンダントを振り回してみようか。俺は悪あがきにそなえる。
「……」
化け物がすぐ目の前まで来ている。長い舌をベロンとのばして、もう俺の何倍も大きさのある体を分裂させ、逃すまいとしてにじり寄ってくる。この絶望的な時間が、永遠に続くのではないかとすら感じられた。その時、俺は微妙な違和感の正体に気がついた。
「……?」
化け物は近づく動きこそを見せているが、俺の体に触ろうとはしてこない。じっと俺は、化け物をにらみつけている。どうしてか、化け物の目は震えている。何を怖がっている?考えろ……何かヒントはなかっただろうか。
『我、勇者の心を試す者』
「……ッ!」
試練の球に入る前、こんな声が聞こえてきた。とすると……これは……ああ!そういう事か!俺はヤチャと仙人が飲み込まれていった化け物の口を見て、俺の背後にいるゼロさんたちへと振り返った。
そもそも、ヤチャと仙人が、あんなに易々とやられるのすら不自然なのだ。それに、試練の球から出て以降、動かす体や体感に違和感がある。ララさんが炎を放っても、熱さは全く感じなかった。これは幻覚だ!とすると、俺は何を試されているのか。
「……」
俺が一番、怖いものはなんだ?死ぬことか?ヤチャや仙人、頼りになる仲間を失う事か?いや……違う。
「……俺、みんなみたいに力はないし、魔法も使えない……でも」
ヤチャが、仙人がやられた時に解った。みんなのために、何もできない。それが一番、俺は怖いのだ。だから、何も力にはなれないかもしれないけど、決して立ち止まっちゃいけない。その気持ちが、俺を動かす原動力だ!
「うあああああぁぁぁぁぁ!」
俺はペンダントを首にかけなおすと、おじけている化け物へ向けて走り出す。そして、か細い腕で、力いっぱいの拳で、化け物へと殴り掛かった。俺の拳の一振りで、目の前にいた化け物たちが、光を浴びた影のように消え去った。同時にガシャンと音がして、そちらへと俺は視線を上げる。
「……テルヤ。おかえりなさい」
「……ただいま」
試練の球のフタが開き、その中に俺はヒザを抱えて座っていた。フタの外にはゼロさんがいる。その後ろにはヤチャや仙人の姿もあった。で……球の近くにいるグロウは、刀を鞘ごと振りかざして何をしているのか。
「グロウ……どうした?」
「……いやよ。なかなか出てこねぇから、叩き割ってやろうと思ってなぁ。ぶっ叩いてたところだぜ」
俺ごと叩き割られる前に出て来れてよかった……。
第102話の5へ続く






