第100話の5『魔王様?』
現在、通話ボタンは押されたのに、こちらからは誰の声も聞こえてこない状態だ。それを魔王と名乗る誰かも不審に思ったのか、耳をすますようにして無言で待機している。スイッチの光は消えていないから、通話自体は途絶えていないと見られる。一旦、俺はゼロさんとララさんを部屋の外に連れ出した。
「魔王……?」
「魔王……?」
「魔王……?」
唐突に魔王とのコンタクトを得て、全員で同じセリフを吐いてしまった。できれば呼びかけてみたいが、魔王軍の飛行船にいるのが勇者だとバレれば、他の仲間に通達が回る恐れもある。どうしようか。俺が悩んでいると、ララさんが目の奥を光らせながら告げた。
「私、いい考えがあるわ!」
「え……大丈夫ですか?」
「任せなさい!」
『いい考えがあるという』というセリフが失敗フラグにしか聞こえず、俺の中では勝手に期待値が高くない。ただ、このままでは通話が切れてしまうのも時間の問題と見て、何やら策のあるらしいララさんに任せてみる。
「……ん……うん」
ララさんは操舵室の中へと戻り、うすい胸元をとんとんと叩いた後、しゃがれた声で魔王っぽい人へと呼びかけた。
「俺だよ!ブシャマシャだよ!」
『誰だ!お前!』
一瞬でバレた……いや、あんまり似てないどころの騒ぎではなかったので、バレたことに関しては無理もない。ララさんが強行したせいで踏ん切りもついてしまい、すかさず俺もフォローに入る。
「ああ!こいつ、ブシャマシャ様の真似なんかをして……新入りの魔物なんすよ。すみません」
『そんな女の子みたいな声の魔物いなくない?』
「え……そうですか?」
そういや、女の子の魔物って見た事ないな。魔王が軍の仲間をおよそ把握しているとすると、この言い訳はマズイ。ちょっと切り口を変えてみる。
「人間だったんですけど、魔王軍へ入りたいらしくて……お前も人間が憎いよな?」
「にくいよぉ」
『そうなのか。その子、かわいい?』
「……一部の層には人気がある感じです。幼くて」
『へぇ。じゃあ、いいや。魔王軍ごっこに飽きたら家に帰しといて』
魔王がロリコンでないと解り幸いであったが、女の子の興味がなくなったと同時に話題もなくなってしまった。これを機に聞きたい事は多くあるものの、あまりに魔王がフレンドリーなので、本当に魔王なのかも疑わしくなってきた。魔王って、もっとこう……大ベテランの声優さんみたいな渋い声だと思ってたのに、通話の相手は若手俳優みたいな声をしている。
『そうだ。あんたが誰か知らないけど、そこにブシャマシャいる?』
「あ……いないです」
『ちょっと聞きたかったんだが、予算の毒消し代、多すぎない?こんなにいる?』
「あとで伝えておきます」
『よろしくな!』
魔王らしき人が、経理の人みたいなことを言っている。間違えて大量に毒消しを発注したのか、必要だと思ったから用意したのか、今となっては聞ける相手は誰もいない。魔王からの通話が切れるより先に、俺は駆け込むようにして声をかけた。
「あの、魔王様」
『どうした?』
「恐縮なのですが……勇者について、最近どうです?」
『え?ああ……んー』
勇者という単語を聞き、急に通話先の相手は口ごもった。返答に悩み唸り続けた末、自信なさそうな小さい声で勇者の俺に告げる。
『……解んないや。適当にやっといて』
「……」
スイッチの光が消え、穴から聞こえてきていた声も途絶えた。魔王の声に憎しみとか、殺意とかが感じられたなら、まだ俺も納得だったのだが……緊迫の会話のあとには困惑だけが残ってしまった。あの……俺って、なに?
第100話の6へ続く






