第95話の5『聞けてよかった』
バンさんの内情が理解できたところで、改めて……。
「バンさん。お世話になりました……」
「いやいや。最後は勇者さんが倒してくれたんで……ありがとうございました」
……互いに健闘をたたえあった後、俺とバンさんとアマラさんは溜息をついた。神様水は俺の腰くらいまで溜まってきていて、もうかなり温かさは伝わってきている。一息ついてから、バンさんはルルルを助けに向かうと決めた理由について続けた。
「……俺のところ。今度、子どもが産まれるんだ」
「……そうなんですか?おめでとうございます」
「へぇ、おめでとう」
「でさ。うちの嫁さんは、魔法が使える」
お子さんがお腹にいて、お嫁さんは魔法が使える人……ああ、なるほど。
「うちの嫁さん。カルマ隊員の妹さんと同じで、どうも体調が悪そうだったんだ。で、このまま黒い雲を放っておいたら、出産に響くんじゃないかって思ってさ。だから、かなり私情をはさんだ」
「それ、ここで聞けてよかったです……」
「ええ……なんで?」
「あ……いえ。深い意味はないですけど」
『俺、この戦いが終わったら…』とか『家に残してきた嫁が…』とか、これ……バトルものでは完全に死亡フラグなセリフ故、同じセリフを精霊山の中で聞いていたら、バンさんだけ生きて帰れなかったかもしれない。そう言った俺に勘違いされていると考えたからか、バンさんはルルルについても言及する。
「精霊ちゃんもレジスタの防衛隊に遊びに来てたことがあったし、顔見知りだったからな。心配だったのは本当だ。でも、俺にも戦う理由があった。つきあってもらったのは、むしろ俺の方だ」
「そちらの方よ。ご家族に、聖なる泉の水を持ち帰りなさい。飲用をおすすめします」
「……あ、ありがとうございます」
神様水を生成しつつも、霊界神様が気をつかってくれた。これを飲めば、バンさんの奥さんも元気になるだろうが……神様の腋から湧き出たことを話すと飲みにくくなるかも解らん。バンさんの事情を知ったところで、次に俺はアマラさんの素性について尋ねてみた。
「アマラさんは、どうしてセントリアルにいるんですか?」
「私か?私はね……まあ、居心地がよかったからかな」
「神様を止めるくらい力がある方なので、もっとこう……偉い身分になれたり、色々とできるんじゃないかと思いまして」
「色々とできる……とは思うんだ。でも、やりたいことがなかったんだよ」
「……?」
アマラさんがセントリアルに在籍し、ブレイドさんの面倒を見ながら仕事している事に関して、特に理由はないらしい。すると、あと語る部分もないとばかり、気楽な声でアマラさんが答えをくれる。
「生まれてこのかた、不自由なくなんでもできたし、やりたいこともなかった……が、悪いことに力を利用されるのはイヤだった。今の居場所が一番いいんだ」
「そうなんですか」
「……君たちが頑張ってるのを見てたからね。私も、今までで一番、力が出せたよ」
霊界神様と戦った際に『生まれて初めて、死ぬかと思った』とは言ってたが、アマラさんならば逃げようと思えば、どこまでも逃げられたはずである。それでもなお、戦ってくれた。アマラさんもまた、俺たちを仲間として信用してくれていたのだろうと思う。
「それよりも、テルヤ君。帰ったら姫様に、何かされるんじゃないかな?」
「……え?そうなんですか?」
唐突にアマラさんから話題を返された。姫様に何かされる……何をされるのか。よくは解らないが……きっと嬉しい事ではないよう予感である。
「私の目から見て、まだ姫様は勇者の独占を諦めていないからね。セントリアルと連携で四天王を倒した実績に関して、なんらかの証拠を残そうと動くはず」
「具体的に言いますと……」
「間違いなく、型をとられて銅像は作られる」
「勇者さんの銅像か。俺も毎日、拝みに行かないとなぁ」
「バンさん……それはやめてください」
アマラさんとバンさんが冗談交じりに言い、俺も実際のところ銅像を造られるのはイヤなのだが、体も温まってきたし話題も平和なせいで笑みも出る。その一方、俺の横から暗いオーラが漂ってきているのを知る。そちらを見ると、ヤチャが岩場に顔を向けて深く落ち込んでいた。
「オレサマ……いなくてもテルヤ、四天王を倒した……」
「ヤチャ……」
「いらない子……オレサマ……いらない子……」
俺たちの戦いの話を耳にして、ヤチャが思い詰めてしまった。どうしたものか……そう考えつつ、俺はひとまず慰めの言葉をかけようと口を開いた。
「そんなことな……」
「ふふふ……テルヤァ……オレサマ、頑張るぞ……ばんがるぞおおおおおおぉぉぉぉ!」
立ち直るのも早い……さすがだな。
第95話の6へ続く






