第95話の4『入浴中』
筋肉なんて嫌いだ……などと鍛えていない自分の体に八つ当たりしながらも、タオルで腰回りを隠して俺たちは脱衣所の先へと進んだ。脱衣所の戸の先は野外であり、露天風呂のような岩場になっている。でも、岩場には水やお湯らしきものが全く入っていない。高い壁の上には霊界神様が乗っており、まばゆいキラキラを体に集約させている。
「神の力により、泉を再生させます。しばし、お待ちを」
霊界神様が両手を左右に伸ばす。すると、なにやらゴゴゴゴゴゴと地響きが鳴り始めた。泉の水が出てくるのだろうか。そう期待して俺たちが地面へと視線を落としていると……壁の上からチョロチョロと水が落ちてきた。
「……?」
霊界神様の右の袖から、一般的な蛇口と同じくらいの量で水が流れ出てくる。その水は虹色に光っていて、湯気をのぼらせながら岩場のくぼみへと溜まっていく。同じく、左の袖からも水が出ているようで、そちらは壁の向こう側へと落ちているのが音で解った。
「なあ、神様。俺たち、どうしてたらいい?何か手伝おうか?」
「中で、おくつろぎを」
「……んじゃあ、失礼して」
神様に断りを入れてから、バンさんは岩場に溜まった水へと足をつけた。このまま待っていても寒くはないのだが、お湯が溜まるのを立ったまま待っていると、なんだか神様を急かしているみたいで悪い気もする。俺はバンさんの横に座る形で、お湯の足りない岩場へと入ってみた。
「温かい……」
まだまだ量が少ないから、温かいというよりかは、ぬるいという方が表現としては適切かもしれない。光や色からして普通の水ではないようなので、ひとまず岩場に溜まっているものについては神様水と名づけておいた。神様水は現在、座り込んだ俺のくるぶし辺りまで溜まっている。霊界神様が乗っている壁の向こう側からは、なにやらキャッキャとした声が聞こえてきた。
「ほら!私が一番、ナイスバディでしょ!」
「それはないんよ……」
「ないですぞ!」
「なんでよ!くびれと、少し胸もあるでしょ!」
「ないですぞ!」
精霊様たちが、体つきの話をしていらっしゃる。誰が一番、ナイスバディかといったら……間違いなくララさんではないし、レーレさんの豊かな胸元を思い出してしまう。でも……それより、ゼロさんが精霊様に手をやいていないものかと心配である。誰かがゼロさんの話をしないものかと、俺は壁の向こうへ聞き耳を立てている。
「オー……ルールルル!フトッタ?ファッツ?」
「ふ……ふふ……太ってないんよ!セクシーになったんよ!」
「それはないですぞ!」
「私が一番、セクシーでしょ!」
「それもないですぞ!」
ルルルのお腹とか、ララさんの無い胸の話はどうでもいいのだ。今、ゼロさんは何してるのか。そうでなければ……せめて一番セクシーなレーレさんの体の話をしてくれると嬉しい。などと邪に考えていたところ、横にいるバンさんが俺の顔をのぞきこんだ。
「勇者さん。顔が赤いようだが……熱いか?」
「え?いや……適温ですよ」
バンさんの声を聞き、俺は我に返った。いかん。俺、女の子のことばかり考えていた。いや、考えていたからといっていかんことはないのだが、それを他の人に知られると非常に恥ずかしい。目線を変えてヤチャの方を見てみる。水に浸かりたい一心で、ヤチャは寝そべった姿勢をとっている。
「せっかくだし、少しお話をしようか?」
「……?」
壁越しに聞こえる精霊様たちの他愛ない声を耳にしつつも、アマラさんは俺とバンさんを流すように見て、軽い口調で雑談を持ち掛けた。少しだけ壁の方をながめてから、まずアマラさんはバンさんに告げた。
「精霊様がさらわれた時、バン大佐が……助けに行くなんて言うと思わなかったんだよね」
「その節は……すみません」
「いや、いいよ。おかげで大惨事はまぬがれた」
そういや俺も……バンさんが真っ先に助けに行くと言った時、なぜなのかと少し疑問に思ったのだ。冷静に考えて勝算があったのか、単純に正義感だったのか……俺も本人に疑問をぶつけてみる。
「あの時、どうしてルルルを助けに行くって言ってくれたんですか?実のところ」
「……第一に、今回の作戦にはアマラさんとカリーナさんがいた。2人は俺なんかより、よっぽど頼りになるし、2人がいれば被害は確実に抑えられる。だが……俺が言い出さなければ、きっと勇者さんからは協力を頼みにくいんじゃないかと思った」
まあ、精霊山の任務に関して、俺たちは付き添いの立場であったし、セントリアルにていざこざもあったばかりだった。任務の最中、精霊山の調査という名目以上の戦いが想定された以上、俺の口から一緒に行きましょうとは言えなかっただろう。
「そしてだ。四天王の存在が明らかとなった。すなわち勇者さん達は、遅かれ早かれ四天王を倒しに行かなければならなかったはずだ。ヤチャさんは原因不明の病欠である現状、勇者さん達が弱いとは思わないが……勇者さん達だけでは、かなり厳しい戦いになると判断した。そこで、今回の作戦に乗じて、四天王と戦う助けになれないかと考えた」
「なるほど……」
ルルルの奪還を目的と口にしてはいたが、最初から四天王の打倒が想定されていたんだな。そして、アマラさんとカリーナさんが一緒に来てくれていなければ、霊界神様が猛威をふるい続け、俺たちもろとも大陸全体が破壊されたかもしれない。ひとまず結果としては、運よく全て上手く行った次第である。
そして、アマラさん達を四天王の元へと誘っただけあって、どのシーンでもバンさんは率先して戦ってくれていた。でも、当のバンさんも魔法が使えない人であるからして、それなりにアマラさんを頼りにしていたであろうことは想像できた。いや、という事は……。
「バンさん。精霊山でアマラさんとはぐれた時……」
「……いやあ、こうして無事に帰還できるとはな。俺も死ぬかと思ったぜ」
ですね……俺も同じ気持ちです。
第95話の5へ続く






