第92話の1『勘ぐってみて』
{前回までのあらすじ}
俺は時命照也。恋愛アドベチャーゲームの主人公なのだが、なぜかバトル漫画みたいな世界に飛ばされた。ルルルを助け出すべく四天王クロルの待つ精霊山へ侵入し、霊界神様が敵に操られていることを知る。アマラさんが霊界神様をおさえてくれている間に、俺たちはクロルを倒しに向かうが……その途中で、毒ガスの蔓延する部屋へと閉じ込められてしまった。
キラキラとした光を体から放ちながら、キシンの体はヨロイや武器ごと消えていく。バンさんは足を引きずり、なんとか俺たちの入っているオリに手をかけた。
「あとは、ここから出るだけだな……」
「俺も考えてるんですが、どこにも仕掛けはなさそうですね……ゴホッ」
バンさんがキシンを倒してくれたことには一安心なのだが、まだ毒ガス部屋から脱出する方法が解っていない。俺も目元がかすんできた……息苦しい。俺が小さく呼吸をするのを見つつも、バンさんはオリの中の皆を集めて小声で告げた。
「苦しいだろうが……俺の言った通りにしてみてくれないか?」
「なんっすか?」
「今から限界まで、息を止める。音も出さないようにしてほしい」
「……?」
「吸って……はい。止めてくれ」
よく解らないまま、俺たちはバンさんの合図で息を止めた。マリナ姫の魔法で水中の呼吸は大丈夫だったが、空気のある場所では適応されないらしい。そろそろ1分くらい経っただろうか。かなり苦しい。でも、まだバンさんから呼吸をしていいというサインは送られていない。
「……ッ」
「……ッ!」
みんなの呼吸もヤバそうである。でも、カルマさんの顔が一番ヤバい。止める前に吸った息のタイミングを間違えたのか、すでに黒目は上向きになっていて、白目も間近だ。このままだとカルマさんが脱落する!そう考えた瞬間、俺がカルマさんの口を、バンさんがオリ越しに手を伸ばして鼻をふさいだ。
「……?」
息を止めてから2分ほどだろうか。突然、オリはガシャンと音を立てて、扉のように一部が開いた。漂っていた濃厚な毒ガスも薄くなり始めていて、部屋が換気されているのが解る。部屋の出入り口についているシャッターが開く。それを見たバンさんが、俺たちに脱出をすすめる。
「……ここまで来れば、もういいだろう。息、しても大丈夫だ……はぁ」
「あのバンさん……なんで出られたんですか?」
毒ガス部屋から出て、俺たちは小走りに通路へと出る。それから、俺たちはバンさんの合図を待って口を開き、酸欠間際の肺に大きく息を吸いこんだ。でも、どうして脱出できたのだろうか。俺の質問に対して、バンさんは順を追って説明する。
「キシンは脱出のすべがないと信じていたようだが、俺にはそうは思えなかった。でだ。どうしてクロルはキシンを部屋に入れたのか。それを考えたんだ」
「……ああ。なるほど」
「どういうことだ?」
バンさんが疲れた様子で座り込んだため、今度は俺がゼロさんに解説をする。
「確実に侵入者を殺せる部屋なのであれば、キシンを部屋に入れる必要はないんですよ。逆に言えば、キシンが存在している限り、俺たちが工夫をしても出られない仕組みがある。そこで、キシンを倒したうえで、物音や呼吸をひそめてみたわけで……」
「じゃあ、呼吸や音を感知する機械が、部屋に仕込まれていたのか」
「……詳しい仕様までは俺にも解らないですが、そうなんだと思います。キシンも、だまされていることに気づいてくれれば、あんな最期にはならなかったかもしれない」
結局、キシンは最後までクロルにだまされていた訳で、トラップを使う為の捨て駒にすらされていたのが解ってしまった。もし部屋から脱出できたところで、むくわれはしなかったのだろうな……などと考えていたところ、俺はゼロさんの視線を感じて疑問を向けた。
「……どうしました?」
「だが、私だって。勇者が言うなら、最後まで信じただろう」
「……あ……あの。俺、割と嘘つきですよ。疑ってください……」
「ゼロさん……距離感っすよ。距離感」
「……ああ」
ミオさんに言われて、ゼロさんが俺から何歩か距離をとった。物理的な距離の話ではない気もするが、このくらいの方が俺も女の子の体温を感じて緊張しなくていいので助かる……。
「待たせたな。行くか」
バンさんが壁に手をつきながら膝立ちになり、そろそろ進もうという旨の発言をする。でも、バンさんの足は服の上から見てもケガが酷く、走る以前に歩くことすら辛そうに思える。本当に大丈夫なのかと、ケガの状況を見て俺は尋ねた。
「大丈夫なんですか?足」
「足は動かないな……」
「じゃあ……」
「でも手があるし」
「え……」
バンさんは慣れたように両腕で立ち上がり、逆立ちの状態で歩き始めた。しかも速い。
「行こう」
「ええ……」
第92話の2へ続く






