第91話の4『毒ガス地獄』
全員、背中を蹴っても謝れば許してくれそうな人たちなのだが……それはともかく、俺が個人的に蹴りたくない。でも、蹴らないという選択肢はない訳で、誰かしら蹴らないと死に直結する何かが起こると考えて間違いない。こまったな……。
「……」
女の子を蹴るのは俺の流儀に反するので、バンさんの優しさに甘えてしまおうか。いや、まずは論理的に考えよう。選択肢が出る前、何か金属質のものが動くような音がした。どこからした?ええと……音は上から聞こえたはずだ。上から音がして、選択肢のイベントが発生……この展開、どこかで見た気がするぞ。どこだったっけ……そうだ。精霊神殿だ!
精霊神殿でリリーさんが誘拐され、その犯人を俺とルルルで追いかけていた時にも、上から金属の音が聞こえてきたな。その時と同じような状況だとすれば、今から俺たちは上にいる敵に攻撃されると考えてられる。でも、そうなると俺に蹴られた人は前に飛び出すから助かるはずだが、俺を含めた人たちは攻撃を受ける形となる。それはそれで危険に思える……。
「……」
いや、違うな。防御力の低い俺とカルマさんが危険地帯に残ることになるのであれば、回避する選択肢が省かれている時点でおかしい。となれば、上から来るのは……攻撃ではない。多分、拘束だ。この中で1人だけ、自由に行動できる人を選ぶとすれば……難しい選択だが、ここは場数を踏んでいるであろうバンさんにお任せした方がいい。そうと考え、俺は決断した。
『3・バンを蹴る!』
「バンさん!許してください!」
「……え?」
時間が動き出す。すぐに上を見る。天井の闇からはオリらしきものが落ちてきていて、それを見た俺は力いっぱいバンさんの腰を蹴り飛ばした。驚きの声と共に、バンさんが前のめりに飛び出す。
「おおっと!」
上から落ちてきたオリは俺とカルマさん、ミオさん、ゼロさんを中に閉じ込め、同時に部屋の出入り口もシャッターで全て封鎖されてしまう。オリの外に蹴りだされたバンさんは受け身を取りつつ転がるも、すぐに俺たちが身動きをとれなくなった事実に気づいた。
「なななななん!なんですかこれ!もしかして、僕……捕らわれの身?危険?」
「今、助ける!待ってろ!」
まさにカルマさんの言う通りの状況なので、すぐに俺は脱出の手立てを模索し始めた。バンさんもオリの出入り口を探し始めてくれるが、俺たち内側にいる人間から見ても、どこにも開きそうな場所はない。すっぽりとオリに上から覆われたような形だ。バンさんが銃でガンガンとオリを叩いてみるも、どうにも丈夫で壊れる様子はない。
「下がってくれ。私がやってみる」
バンさんにオリから離れるよう告げ、ゼロさんが腕の魔道具を起動させる。ギュウウンと音を立てた後、ゼロさんは拳に魔力をまとわせ、パンチの動作で一撃を放った。それなりにオリは振動するが、衝撃を吸収して受け流してしまう。
「……ダメだ。壊れない」
「そう。クロル様のお造りになった、完璧なオリだ。なんぴとたりとも突破はできない。死ぬまでな!」
上から誰かの声がして、俺たちは目線を上げる。オリの上には何本もの腕をのばしている魔物が乗っていた。こいつは……精霊神殿で会ったキシンという魔物だ。こいつが上からオリを落として、俺たちを捕まえにかかったのだろう。そう俺が考えている最中、部屋の上側から緑色の煙が漂ってきた。その煙の正体を察して、バンさんが口元を覆いながら言う。
「毒ガスだ。みんな、口をふさげ!」
「無駄だ。この部屋より生きて出る術はない。死を待つのだ……ゴホッ!ゴホッ!」
「ハンカチあるっす。どうぞ」
バンさんはバッグの中にあった布で口元をおおい、その注意喚起を受けてミオさんもハンカチや布を俺たちに貸してくれた。毒ガスの吸い込みを最低限に抑えつつ、俺たちは脱出する術を探し始める。その間も、上でキシンは咳まじりに俺たちを挑発している。
「命が少し長らえたたところで、何も……ゴホッ!ホゴッ!ましてや、クロル様……ゴホッ!ゴホッ!」
「……お前も、喋らない方がいいんじゃないか?」
「うるさい!人間め……おま……ゴホッ!ゴホッ!ゴホホッ!」
バンさんの忠告も聞かず、キシンがオリの上でゴホゴホうるさい。このままだと、俺たちより先に死ぬのではないかと心配である。いや……むしろ、毒ガスをまくうえで、なぜ自分も部屋に入ったのか。それが俺は死ぬほど疑問だ……。
第91話の5へ続く






